②③
「もうお腹いっぱいになってしまって……」
「それだけしか食べてないのに?」
アンリエッタは不思議そうに眉を寄せた。
ヴァネッサが食べたのは一枚のクッキーだけだ。そう思うのも仕方ないだろう。
「本当ならお皿いっぱいに食べたいけれど……今はまだ難しいみたいなの」
「……!」
ヴァネッサがそう言うと、アンリエッタはこちらをじっと見た後、申し訳なさそうにマドレーヌを自分の皿へと下げた。
言葉ではツンとしているが、アンリエッタの表情はわかりやすい。
「でもね最近はパン一個とスープ、サラダも食べられるようになったのよ! すぐにマドレーヌとクッキーもたくさん食べられるようになるはずっ」
「……!」
「この世界にもきっと甘くて美味しいものがたくさんあるんでしょうね……! 全部、食べ尽くしたいわ!」
好きなものを好きなだけ食べられるとはどんな気持ちなのだろうか。
少し考えただけでも幸せそうである。
「ふふっ、ヴァネッサったらおもしろいわ」
「そうかしら?」
妄想を膨らませて幸せに浸るヴァネッサにアンリエッタは口元を押さえて微笑んでいる。
それからヴァネッサは紅茶のカップを持ち上げるアンリエッタの美しい所作に見惚れてしまう。
「素敵……」
自然と声が漏れ出てしまうくらいだ。
ヴァネッサがうっとりとしていると、アンリエッタはこちらを見て首を傾げながら紅茶が入っているカップとヴァネッサを交互に見ている。
どうやらヴァネッサがカップを見て感動していると思ったようだ。
ヴァネッサはアンリエッタの美しい所作に感動したことを話していくと彼女の頬が一気に真っ赤になっていくのがわかった。
「あ、当たり前でしょう? わたくしはシュリーズ公爵家の令嬢として相応しいように毎日頑張っているんだからっ」
「さすがだわ! アンリエッタの動きはとっても綺麗なんだもの」
「~~~~っ!」
アンリエッタの頬はますます赤みが増していく。
それにアンリエッタは〝シュリーズ公爵家の令嬢として相応しいように〟と言っていた。
(つまり、わたしもシュリーズ公爵夫人として相応しくなるためには……)
アンリエッタが照れつつホワイトゴールドの髪を忙しなく撫でている。
ヴァネッサはいいことを思いついたためその場で立ち上がり、前にいる彼女の手を取った。
「アンリエッタ、わたしにも教えてくれないかしら」
「…………え?」
「わたしもシュリーズ公爵家に相応しくなれるように頑張りたいの! まずは形から入らないと」
ヴァネッサは立ち上がり気合い十分でそう伝えると、アンリエッタは驚きつつこちらを見る。
あまりにもアンリエッタの所作が綺麗だったので、そう言ってしまったのだが、よくよく考えたら彼女はまだ七歳だ。
(こんなこと……アンリエッタだって引くわよね。普通のことではないだろうし)
ヴァネッサが落ち込んでしまう。
まずは自分で学ばなければと思っていた時だった。
「もちろんいいわよ! わたくしがヴァネッサに色々と教えてあげるわ!」
「本当!?」
「わたくしは厳しいから覚悟なさい!」
アンリエッタは任せてと言わんばかりに片手で胸を押さえているではないか。
ヴァネッサはアンリエッタと毎日、マナーについて教わる約束をした。
風が次第に強くなっていく。
体が冷えてきたのかヴァネッサは咳き込んでしまう。
明日もアンリエッタと会う約束をしてヴァネッサは部屋に戻った。
(明日から頑張りましょう……!)
アンリエッタと仲良くなるチャンスだと前向きに考えていたヴァネッサはクッキーの素晴らしさを思い出しつつ、部屋に戻ったのだった。