②②
「ヴァネッサの分も紅茶を用意してちょうだい!」
アンリエッタがヴァネッサと呼んだことでセリーナの眉がピクリと動く。
「アンリエッタお嬢様、ヴァネッサ様は……」
「待って、セリーナ」
「ぁ……!」
アンリエッタもセリーナが何を言いたいか気がついたようだ。
彼女は口元を押さえて申し訳なさそうにしている。
しかしそれに気がついたヴァネッサがセリーナを制するように首を横に振る。
今のヴァネッサを無理に母親だとは呼ばせたくはない。
というよりは、こんな状況で母親扱いされてもヴァネッサも困ってしまう。
今まで使用人扱いされていたのだ。
こうして公爵夫人としての対応にも慣れてきたのに、次々と新しいことが増えても困ってしまう。
それよりは友人として距離を近づいていく方がいいだろう。
「ヴァネッサでいいわ。アンリエッタ、わたしと友だちになってくれる?」
「……いいの?」
「もちろんよ!」
ヴァネッサは大きく頷いた。
それから侍女たちが用意してくれた紅茶がヴァネッサの前に置かれる。
アンリエッタはとても嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
ソワソワしているアンリエッタを見ていると、彼女は唇を尖らせて「何よ……!」と言った。
少し離れた場所でセリーナやレイ、アンリエッタ付き侍女たちが二人を見守っている。
「ヴァネッサ、もう回復したの?」
「えぇ、だけどギルベルト様はもう少しだって止められてしまうの」
「そう……お父様が……」
ギルベルトの話題が出ると少しだけアンリエッタの声が低くなる。
これ以上は言わない方がいいかもしれない。
他に話題を探そうとしたヴァネッサの視界にクッキーやマドレーヌが目に入る。
(お、美味しそう……!)
病院暮らしで滅多に食べられなかった甘いもの。
もちろん今まで虐げられたヴァネッサにもこのようなお菓子を食べた経験はない。
「わたくしのおやつだけどどんどん食べなさい!」
「いいのかしら」
「えぇ、あなたなら、特別に食べさせてあげなくもなくってよ!」
アンリエッタはツンとした言い方だが内容はとても優しい。
手を合わせつつヴァネッサは美しく並んでいるクッキーを眺めていた。
それからチョコチップが練り込まれたクッキーを手に取ると、空に掲げるようにして見つめた。
夢にまで見たクッキーである。
一口、口に含むとねっとりとした生地とチョコレートの甘さに感動してしまう。
「ん~~~っ!」
口内が甘い幸せに満たされていくではないか。
ヴァネッサはクッキーを持っている反対側の手で頬を押さえた。
クッキーを幸せそうに食べているヴァネッサを見て、アンリエッタは驚きつつもヴァネッサと同じクッキーを口にする。
それから不思議そうな顔でクッキーとヴァネッサを交互に見ていた。
恐らくクッキーを食べただけで大喜びするヴァネッサが不思議なのだろう。
「そんなにこのクッキーが美味しいのかしら」
「こんなに美味しいものを食べれるなんて幸せすぎて……」
また一口、クッキーを口にするとお腹がいっぱいになる感覚。
ヴァネッサは小さな頃から満足な食事をしたことがないため、すぐにお腹が膨れてしまう。
これ以上食べてしまえば、胃もたれや吐き気をおぼえてしてしまいそうだ。
(甘くて幸せだけど、食べ過ぎは危険ね……! 気をつけないと)
胃にほんのりと痛みを感じつつ、ヴァネッサは紅茶を飲み込む。
暫く幸せに浸っていたが、アンリエッタが「マドレーヌはどう?」と、クッキーと同じようにチョコレートが練り込まれたマドレーヌをすすめてくれた。
けれど、ヴァネッサはもう大丈夫だと意味を込めて首を横に振る。