②①
きっと彼らはヴァネッサがさっさと死ぬと思っていただろう。
そうでなければあんな状態で放り出したりはできない。
ギルベルトから大金をもらい、ヴァネッサを売ったのだ。
彼らにとって最後までヴァネッサはいらない子だった。
それが悔しくて悲しくてたまらないのだ。
(誰にも愛されなかった分、わたしが〝ヴァネッサ〟を愛してあげなくちゃ……!)
それにあの場所から救い出してくれたギルベルトのために、ヴァネッサができることなら何でもしたいと思った。
(ギルベルト様に恩返ししたい……そのためには侍女として働くよりも公爵夫人としてきちんとできるようになった方がいい、ということよね?)
次の目標が定まったため、気分も上向きだ。
前世では両親に恩返しすることができなかった。
元気な姿を見せてあげられずに、悲しませてばかりいたと思う。
『丈夫に産んであげられなくてごめんね』
『苦しみを代わってあげたいよ……!』
だからヴァネッサに生まれ変わった今、今度は自分が元気になって、誰かを幸せにしたいという強い思いがあった。
(今度はわたしが頑張ってギルベルト様とアンリエッタを幸せにするわ……!)
そのためにはまず知識をつけなければと考えながら歩いていた時だった。
中庭にある真っ白なガゼボ。
そこに見えたのはアンリエッタの姿だった。
こちら側からは背中しか見えないのだが、彼女の後ろ姿はどこか悲しげに見えるのは気のせいだろうか。
ヴァネッサはアンリエッタが部屋に来てくれた時に、何かを言おうとしてくれていた。
そのことが気になり彼女に声を掛ける。
「アンリエッタ……?」
「……ッ!?」
アンリエッタは声こそ出さなかったものの大きく肩を揺らして振り返る。
(最初は寝ぼけていたけれど、あまり馴れ馴れしくしてはダメよね……!)
それからヴァネッサの姿を見て、立ち上がるとガゼボから出てこちらに駆け寄ってくる。
「大丈夫……? もう体はいいの?」
「散歩ができるまで回復しましたわ。ギルベルト様のおかげです」
「そ、そう! よかったわね」
ヴァネッサがそう言って微笑むと、アンリエッタは嬉しそうにしている。
しかしすぐに表情を取り繕うと、ホワイトゴールドの長い髪を手で払った後にこちらを見上げた。
「ふーん、確かに顔色はいいじゃない」
「ふふっ、ありがとうございます」
「よ、よかったら一緒にお菓子を食べてあげてもいいわよ!」
ガゼボのテーブルにはカップケーキやクッキー、紅茶などが並べられている。
ヴァネッサがパッと顔を輝かせた。
(あんなにも美味しそうなお菓子が……! 食べてみたいわ)
よだれが垂れそうになるのをなんとか耐えつつ、ヴァネッサが「もちろん!」と、言う前にセリーナが前に出る。
「アンリエッタお嬢様、ヴァネッサ様はまだ体調が万全ではないのです」
「…………そう」
明らかにしょんぼりとしてしまったアンリエッタを見て、ヴァネッサは声を上げる。
「今日はとても調子がいいの。セリーナ、レイ、少しだけダメかしら……?」
ヴァネッサの問いかけにセリーナは気持ちを理解してくれたのだろうか。
困ったように「少しだけですよ」と言われて、ヴァネッサは大きく頷いた。
そしてアンリエッタの元へと向かう。
アンリエッタは驚きながらもヴァネッサを見ていたが、ヴァネッサはお菓子に目を奪われて気がつくことはなかった。
その後、すぐにヴァネッサの分の紅茶を用意するようにそばにいた侍女が動き出す。
こう見るとティンナール伯爵家の侍女たちは皆、まったくやる気がなかったように見える。
それはヴァネッサに仕事を押し付ければよかったからだろうか。
シュリーズ公爵家の侍女たちの動きは無駄がなく行動が早い。