②⓪
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ヴァネッサは散歩の許可をもらい、レイとセリーナと外に出ていた。
それだけで一気に気分が明るくなった。
太陽の光が眩しいと同時に気持ちがいい。
(なんて気持ちいのかしら……外に出られるのなんて体調がすごくいい日以外は絶対にだめだったから)
レイがヴァネッサに日傘をさしてくれていた。
中庭には花がたくさん咲いていて、花の甘い匂いに深呼吸を繰り返す。
ヴァネッサは色とりどりの花、青い空、流れる白い雲をずっと眺めていた。
外に出ると咳が出るかと思いきやまったく平気だった。
ティンナール伯爵家では常に咳が出ていたのに信じられない気分だった。
(あんなに呼吸が苦しかったのに嘘みたい。肌もこんなに早くよくなるなんて)
今までの息苦しさが嘘のようだ。
ギルベルトの薬やレイやセリーナの献身的な世話のおかげでもあるが、まさかヴァネッサ自身もこんなに早く回復するとは思わなかった。
つい先日、ギルベルトにどんな病気か聞いたヴァネッサだったが返ってきたのは意外な言葉だった。
『わたしはどんな病気でしょうか?』
ギルベルトはヴァネッサの質問に薄い唇を開いて閉じてしまう。
彼には言いづらいことなのだろうか。
険しい表情にドキドキする心臓を抑えていると、返ってきたのは信じられない言葉だった。
『まず……ひどい病気ではない。ここで過ごせば咳も肌の赤みも落ち着くだろう』
ギルベルトの言葉を聞いて、ヴァネッサはホッと息を吐き出した。
治らない、ずっとこのままだと言われたらどうしようと思ったからだ。
『恐らく、環境やストレス、気温の寒暖差やアレルギーなどが原因で出ていたのかもしれない』
『……!』
『もちろん栄養不足も大きな要因ではあるが、短期間でよくなったところを見るに間違いないだろう』
ヴァネッサはギルベルトの言葉に納得していた。
記憶にあるヴァネッサが住んでいた場所は劣悪だった。
お世辞にもいい環境とはいえず、ヴァネッサの扱いは幼い頃から最悪だったことがわかる。
途中から医師に診せられなかったこともあり、ヴァネッサがどうなろうとどうでもよかったのだろう。
(わたしがこうなっていたのは全部あの人たちとよくない環境のせいだったのね……)
出続ける咳と肌の赤みなどは埃や不衛生な環境のせいだという。
適切な環境で治療を受けていれば、ここまでひどくはならなかったそうだ。
症状が軽くなってからは何でも食べてもいい、むしろ食べられるならいくらでも食べていいと告げられた。
ヴァネッサも日に日に体が軽くなるのを感じていた。
もうすぐ普通に暮らせるようになるだろうと聞いて嬉しくてたまらなくなった。
今まで焦がれていた〝普通の生活〟が手に入る。
それはヴァネッサにとっても、前世での自分にとっても喉から手が出るほどに欲しかったものだからだ。
まるで夢でも見ているようだ。
普通のことをするたびに嬉しさから自然と涙が溢れでる。
こちらを見るギルベルトは複雑そうな表情だ。
これ以上、心配をかけてはいけないとヴァネッサは乱暴に涙を拭って笑顔を作った。
それからヴァネッサを地獄に突き落とした人たち。
ティンナール伯爵たちやギルベルトを悪く言っていたエディットに対する激しい怒りが込み上げてくる。
(……あの人たち、本当に許せない)
ヴァネッサはティンナール伯爵家の行いを心の底から軽蔑していた。
だけど今は幸運にも前世の記憶を思い出すことができた。
だからこそ、ただ怯えるだけなんて絶対にしたくない。
(元気になって、いつか必ず見返してやるわ……!)