②
『エディット、行きましょう。こんな汚らしいところにいたくないわ』
『はい、お母様!』
『エディットは私たちに愛されているんだ。コイツと違ってな』
『わかっているわ、お父様。わたくしは特別だもの』
二人に囲まれて幸せそうに笑うエディットを見て、ヴァネッサの自尊心は粉々に砕け散った。
だけど同時に希望が芽生える。
病気が治ったら自分もエディットのように愛されるのかもしれない。
そう思わなければ、ヴァネッサの心は完全に自分が壊れてしまうとわかっていた。
(愛されたい。わたくしを見てほしいだけなのに……)
その一心だった。ヴァネッサは小屋から端の部屋に移された。
埃まみれでまるで物置きのようだ。
窓すらなく、天井は蜘蛛の巣だらけで真っ暗でジメジメしていた。
少しだけ肌の痒みがマシになったがほとんど変わらない。
義母はこの肌を見ると『醜い』『化け物』だと言って嬉しそうに笑う。
今思えば、ただ体裁を気にした行動だったが、ヴァネッサは両親から愛されるチャンスをもらえたのだと思った。
送られてくる講師たちに殴られても蹴られても懸命に耐えて学び続けた。
ヴァネッサの狭い世界ではそれが当たり前だったからだ。
咳で毎晩苦しみ、高熱に魘されながら生死を彷徨う。
『うるさくするな!』
そう言われていたため、毎日咳を抑えるのに必死だった。
口元は押さえすぎて跡ができるほどに……。
ある日、義母が連れてきた医師から子を産むことを諦めろと言われたことで、さらに白い目で見られることになる。
それでも体調が少しでもよければ講師から指導を受け、侍女たちに使われて仕事をこなす。
両親とすれ違うたびにヴァネッサは懸命に働いていることをアピールする。
少しでも自分を見てほしい……その思いだけだった。
成長しても状況は変わらない。
十年経ち、ヴァネッサは十七歳になった。
だけど屋敷の中ではヴァネッサが一番下。
もう何も感じなくなっていたけれど、特に辛いことがあった。
それがエディットと侍女たちの嫌がらせだった。
『あんたみたいな役立たず伯爵家には必要ないわ』
『まだ生きていたの? 咳き込んでうるっさいったらないわね』
『肌も汚くって見ていられない』
『ウフフ、いくら頑張ったって意味ないのよ!』
エディットは綺麗なドレスを着て両親に愛されているのにヴァネッサを執拗に虐げる。
ヴァネッサには美しくてなんだって持っているエディットが羨ましいと思っていたのに。
ヴァネッサとエディットは姉妹には見えなかった。
惨めな自分を悲観しても、エディットと比べてみても現状は何も変わらない。
(ただ愛されたかっただけだったのに……)
この先もこんな地獄が続くのならいっそのこと……
そう思っていた矢先のことだった。
大きく体調を崩して部屋の床で寝ていたヴァネッサの元に髭を撫でながら父がやってきた。
彼の唇は大きく歪んでいた。
『お父様……? ゴホッ』
『やっとお前が役立つ時が来たっ』
『…………え?』
『お前を嫁がせれば、大金が貰えるんだ……!』
最初は何を言われているか意味がわからなかった。
けれど自分がここではないどこかに行くのだということが理解できた。
そのことを聞いてまずは恐怖が襲う。
ここから出たことがないヴァネッサは外の世界も、そこに住む人たちのことも知らない。
考える時間はなく体調が悪い中、無理やり引きずられていく。
その日は雨が降っていた。激しい雨だ。
侍女たちに身なりを整えてもらうという初めての経験に体を硬直させていた。
水をかけられて体を洗われたのだが、その時に肌を容赦なく擦られてしまう。
痛くて声を上げてもやめてはくれない。結局、肌は真っ赤に腫れてしまう。
それでも声を上げないのは抵抗すれば、もっと長引くことを知っているからだ。