①⑨ ギルベルトside2
頭を抱えて謝罪を繰り返すヴァネッサの姿が今でも鮮明に思い出せる。
体調が戻りつつある彼女にティンナール伯爵家のことを聞けば、また取り乱してしまうかもしれない。
それに、あのような行動を取ったのもギルベルトへの恐怖心からだろう。
(何を言われたかは知らないが、ろくなことではないだろうな)
ヴァネッサの妹であるエディットはあまりいい噂を聞かない。
甘やかされた令嬢の典型的な例だ。
ヴァネッサは前妻との子ども。
つまり異母姉妹なのだが、これだけの格差を見せつけられたら何があったか明白だ。
このままではあまりにもヴァネッサが可哀想ではないか。
ギルベルトが動かなければ、どうなっていたか考えたくもない。
よく悪夢でうなされていると聞いて、様子を見に行くのだがギルベルトがいると心底安心した表情を見せる。
嬉しそうに手のひらに縋りつく彼女はなんだか放ってはおけない。
それにギルベルトも自分の噂をどうにかしなければと思っていた。
妻だった女性が二人も短期間で亡くなってしまったことであらぬ噂を立てられているのは知っていた。
それに自分が兄を殺してシュリーズ公爵家を手に入れたのではないということも……。
ギルベルトがあまり社交界に出ないということも要因だった。
どうしても医師だった自分を捨てきれずに、時間があれば領民のために時間を使ってしまう、
今まではわかってくれる人が周りにいてくれたらいい。
そう思っていたが、最近は娘のアンリエッタのことが気がかりだった。
七歳になるアンリエッタは急に大人びたような気がした。
一人目の妻、リリアンが命をかけて産んだ娘だ。
彼女はアンリエッタを産んで亡くなった。
どうにか救いたかったが、だめだった。
彼女が満足そうに笑っていた理由が今でも理解できないでいる。
そんなリリアンにますます最近、アンリエッタが似てきたことで罪悪感を覚えるようになった。
アンリエッタはギルベルトの態度が変わったことに気がついたのだろうか。
最近、話しかけてもツンとして一言二言話してどこかに行ってしまう。
次第にアンリエッタにどう話しかけていいかわからなくなってしまった。
このままで良くないことだけはわかる。
二週間前もヴァネッサの部屋に入り込んだアンリエッタを怒鳴りつけてしまった。
ヴァネッサが危険な状態だったのもあるが、アンリエッタに何かあるかと思うと心配でもあった。
(普段は約束を守るのにどうして……何か理由があったのだろうか)
それも自分が怒鳴ってしまったため聞けないままだ。
(ヴァネッサとどんな会話をしたのだろうか)
それからアンリエッタは約束を守り、ヴァネッサの元に近づくことはない。
だけどアンリエッタに対する態度を反省している。
体調が落ち着いたのはよかったが、ヴァネッサは今度は違う意味でギルベルトを困らせることになる。
なんと屋敷の仕事を手伝いたいと言い出したのだ。
ティンナール伯爵家でも令嬢としてではなく、彼女を使用人として扱っていたらしい。
(あんな体の状態で働かせるなど……ありえない)
激しい怒りが込み上げてくる。
ヴァネッサと結婚した以上、ギルベルトは彼女の気持ちを優先しつつ責任をとるつもりだった。
刷り込みのように働こうとするヴァネッサを止めるために、公爵夫人で妻であることを説明する。
するとヴァネッサは意外にも何も知識がないことを気にしているようだった。
だが、ヴァネッサに必要なのは知識などではなく時間と休息だ。
そのことをヴァネッサはわかってくれたのだろう。
あんなにギルベルトを拒絶していたように見えたヴァネッサだったが、意外にも結婚にも前向きのように思えた。
セリーナもヴァネッサがギルベルトのことを知りたがったり、アンリエッタの心配をしてくれていたと言っていた。
何かが変わっていく……ギルベルトはそんな予感を覚えた。