①⑤
「……わかったわ。急にごめんなさい」
「いえ、とんでもないです……! もう少しヴァネッサ様の気持ちが落ち着いたら話させていただきますから」
「落ち着いたら?」
「えぇ、今は少しでも体力を回復いたしましょう!」
セリーナは慎重に言葉を選んでくれているようだ。
彼女の前向きな言葉を聞いたヴァネッサの気分も上向きだ。
「ふふ、ありがとう。早く元気になりたいわ」
「まずは食べる量を増やすところから始めましょう」
「そうね……ゴホッ、ゴホ」
話しすぎたためかヴァネッサは咳き込んでしまう。
セリーナは慣れた様子でウォーターポットからコップに水を注いで、ヴァネッサに渡した。
背を摩る優しい手に安心感を覚えながら呼吸を整えて、ゆっくりと水を飲む。
ホッと息を吐き出すと、あんなにも呼吸をすることが息苦しいと感じていたのに落ち着いている。
それからヴァネッサは少し冷めたスープをスプーンですくう。
とろみがあるスープは咳き込まずに飲み込みやすい。
野菜の甘みは優しくて、胃が痛くても違和感なく入っていく。
(なんだかティンナール伯爵家にいた時とは全然違う感じがする。呼吸が楽だし、肌の痒みもこんな短期間で落ち着いてきた……これもギルベルト様のおかげかしら)
今日はあっという間にスープを飲みきることができた。
「ヴァネッサ様、すべてスープを飲みきったのですね。すごいですわ」
セリーナは自分のことのように喜んでくれる。
スープを飲みきったことで部屋に戻ってきたレイも驚いていた。
セリーナは笑顔でレイにすぐに食器を下げるように指示を出す。
(また喉にスプーンを突き刺すのではと疑われているのかしら)
恐らくそうなのだろう。
セリーナはレイを見つめるヴァネッサの気を逸らすように「体を拭きましょう」と、声をかけた。
どうやら再び肌にクリームを塗るようだ。
滲みはしなかったが、痒みとひりつきは感じてしまう。
皮膚が引っ張られるような感覚に耐えつつも全身、クリームを塗り終えてホッと息を吐き出す。
強張っていた体の力を抜いていくが、クリームのおかげで皮膚が引っ張られる感覚がなくなり楽になったような気がした。
セリーナによく休むように言われたヴァネッサは素直に横になる。
すると先ほどまでベッドに顔を出してくれていたアンリエッタのことを考えてしまう。
先ほどまでアンリエッタが座っていた場所を見つめる。
彼女がヴァネッサに会いに来た理由が気になっていた。
ヴァネッサはスープで体が温まり、うとうとしつつも無意識に呟いた。
「アンリエッタは大丈夫かしら……」
「……!」
ずっと小児病棟で暮らしていたため、小さな子どもの面倒を見るのは得意だった。
ギルベルトにダメだと言われたけれど、アンリエッタはヴァネッサに会いに来た。
それには何か理由があるはずだ。
(どうしてかしら……心配、とは少し違うような気がするけれど)
考えている間にもヴァネッサの瞼が次第に重たくなっていく。
「奥様になら旦那様とアンリエッタお嬢様を……」
「セリーナ……何か、言った?」
「いいえ、ゆっくりと休んでください」
──ヴァネッサがシュリーズ公爵邸に来て一週間が経とうとしていた。
もちろん人体実験などはまったくされていない。
エディットの言っていたことは全部嘘だったのだとわかった瞬間だった。
ギルベルトは相変わらず淡々としていて、質疑応答を繰り返す。
レイやセリーナに食事量や肌の様子を聞きながら紙に書き込んでいく。
用事を済ませたらさっさと部屋を出て行ってしまう。
そして新しく薬の調合を変えてはヴァネッサに「飲んでみてくれ」と言った。