①③
しかしアンリエッタが言い終わる前にギルベルトは「アンリエッタ!」と咎めるように名前を呼んだ。
アンリエッタは俯いた後にドレスの裾をギュッと握り、ギルベルトを思いきり睨みつける。
「もうっ……お父様なんて知らない!」
「アンリエッタお嬢様、お待ちください……!」
レイが部屋から勢いよく出ていくアンリエッタを追いかけていく。
ギルベルトはため息を吐いているのが見えた。
ヴァネッサからはアンリエッタの震える手が見えていた。
(この時から二人の仲はあまりよくなかったのかしら……)
ギルベルトは先ほどまでアンリエッタが座っていた椅子に腰掛けて額を押さえる。
「アンリエッタがすまない」
「……いえ」
「何か……言われたか?」
ギルベルトの言葉にヴァネッサは首を横に振る。
何かを言われたと言うよりはヴァネッサの方がアンリエッタを『天使』と一方的に言っていただけではないのだろうか。
むしろアンリエッタを庇えずに申し訳ないことをしたと思っていた時だった。
「……最近、まったく言うことを聞かなくなってしまった」
「…………」
「何故だかさっぱりわからない」
ポツリと溢れたギルベルトの言葉を聞いて、ヴァネッサはアンリエッタが出ていった扉に視線を向ける。
彼女は七歳で、ちょうど年頃ではないだろうか。
『患者なんかじゃないわ。わたくしの……新しい、その……』
その先、何を言おうとしていたのかヴァネッサには想像できないが悪い意味ではないはずだ。
だからこそアンリエッタが何を言おうとしたのか気になってしまう。
ギルベルトは気分を切り替えたのか、ヴァネッサに淡々と質問をし始めた。
薬を飲んでみて、咳や呼吸はどうなのか。
クリームを塗ってみて肌の調子はどうかなど細かく聞いた後に紙を見て考え込んでいく。
(まるで医師の診察ね……診察?)
昨日はパニックになって気が付かなかったが、昨日からギルベルトは間違いなくヴァネッサを診察している。
たっぷり眠って記憶も整理されたからか、はっきりとそのことがわかった。
つまり人体実験だのなんだの言われていたが、ギルベルトは医者として動いていただけなのではないだろうか。
ヴァネッサが感じていたギルベルトへの恐怖心が一気に消えていく。
「ギルベルト様はお医者様なのですか?」
「ああ、元な」
「……元?」
ギルベルトはヴァネッサに視線を向けることなく、ずっと何かを書き続けている。
「今はシュリーズ公爵として領地の発展や領民たちのために……いやこんなことを話している場合ではない」
「……え?」
「食事はとれそうか?」
ギルベルトの真っ赤な瞳と目が合う。
ヴァネッサは片手を自分の腹部へと当てる。
お腹が空いているかと言われたら、まったくといっていいほど空いていない。
首を横に振ると、眉を寄せてますます恐ろしくなるギルベルトの顔。
彼からの圧に肩をすくめていると聞こえるため息。
ティンナール伯爵家でヴァネッサの食べる量が常に少なすぎたことが原因ではないか。
昨日もスープを半分ほどしか飲めなかったことを思い出す。
(……可哀想に。たくさんご飯を食べたいけれど、今までの食事量が少なすぎて受け付けないのよね)
その気持ちは痛いほど理解できた。
前世でも薬の副作用や具合が悪く、周囲の心配もわかるのだが胃がまったく受け付けないのだ。
ヴァネッサが戸惑っていることがわかったのだろうか。
セリーナがスープをサイドテーブルに置いた。
優しいいい香りが漂ってくる。
「まずはスープを一日に五回は飲んでもらう」
「…………スープを?」