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(今、わたしにできることはギルベルト様の実験の役に立つこと! これで恩を返しましょう)
深く考えても仕方ないと前向きな気持ちでいられたのは前世の記憶があるからだろうか。
体がポカポカと温かくなりうとうとしていると、レイとセリーナがヴァネッサの前へ。
「奥様、入浴を……」
「あの……奥様ではなく名前で呼んでくださいませんか?」
「……!」
ギルベルトに言われたことが頭に過ぎる。
奥様と呼ばれるたびにそのことを思い出してしまうので、名前で呼ぶように頼む。
二人は顔を合わせて頷いた。
「わかりましたわ。ヴァネッサ様、行きましょう」
「はい」
彼女たちはヴァネッサに優しく声をかけてくれた。
ティンナール伯爵家の侍女とは真逆な扱い。
痛みがないようにと優しく触れてくれた。
ガリガリの体は見ていると、こちらまで痛々しく思えた。
皮膚は擦られて爛れていたので、お湯が沁みるのを必死に耐えていたが、あまりの痛みに自然と涙がこぼれでる。
レイとセリーナはヴァネッサを気遣いながら丁寧にこびりついた血を洗い流してくれた。
髪を艶やかに見せるためか、ベッタリと塗られた香油も花の香りがする石鹸で丁寧に洗ってくれた。
体が綺麗になる感覚は気持ちいいが、二人の顔はどんどんと歪んでいく。
入浴が終わりギルベルトに言われた通りに全身に薬を塗りこんでいくと、なんだか痒みが落ち着いているような気がした。
部屋に戻ると、ドロリとしたスープを飲んでからベッドに横になるように促される。
ヴァネッサは言われるがままベッドに横になると自然と涙が溢れてくる。
咳が出そうになってしまい、ヴァネッサは慌てて枕に顔を埋めた。
咳が出ないように抑えているが、二人は気にしなくていいと言ってくれる。
けれどヴァネッサは常に『うるさい』と言われ続けていた。
首を横に振っていると、二人は顔を見合わせつつ彼女たちは深々と頭を下げてから去っていく。
(こんなに安らぐ気持ちは久しぶりだわ。これからどうなるのかわからないけど、わたしは……なるべく生き延びて……)
そのままヴァネッサは寝てしまう。
ヴァネッサが眠っていると扉が少しだけ開いて光が漏れる。
キィ、と音と共に扉が全開に開いた。
「……眠ったか?」
「はい、ヴァネッサ様の咳も落ち着いたようですね」
「やはり旦那様の見立ては正しいのではないでしょうか」
「ああ」
レイとセリーナと共にギルベルトは部屋に入った。
顔色も悪く、かなり痩せ細っている。
ずっと出続ける咳、肌の赤みは気になるが何より精神状態の方が心配だった。
「ヴァネッサ・ティンナール……彼女を救い出せてよかった」
ギルベルトはホッと息を吐き出しながら、彼女の手首に触れて脈を確認する。
首に巻かれている包帯は痛々しい。
それからレイとセリーナにヴァネッサの様子を聞いた。
「まさか屋敷に着いた瞬間に自害しようとするとは……。彼らに何を聞かされてきたのやら」
「旦那様がもう少し社交界に出れば誤解されずに済むのですわ!」
「そうですわ。あんな馬鹿らしい噂を信じる貴族たちが信じられませんっ」
「口下手すぎるのです! もう少し愛想よくしてくださいませ」
レイとセリーナは不満を露わにしている。
確かにいい噂は流れていない。
だが、自分は元々貴族としては向いていない。
言いたい奴には言わせておけばいい、そう思っていた。
「他に報告はあるか?」
「そうですわね。スープも半分ほどでお腹がいっぱいとおっしゃっていて……」
「体も骨張っていて、皮膚も相当痛かったでしょうに声を出さないように必死に耐えていました」
「咳も音が漏れないように口を抑えていらして……! 私は泣きそうになってしまいましたわ」
悲惨な状況は今まででも同じだったが、ヴァネッサの場合はひどすぎるという。
(ティンナール伯爵はあまりいい噂は聞かないが、どうしてここまで……)
ギルベルトは額を押さえてため息を吐いたのだった。