①
──わたしはいらない存在だった。
ティンナール伯爵家に長女として生まれたヴァネッサは悲劇の道筋を辿る。
父と母は政略結婚でそこには愛はなかった。
ヴァネッサを産んで母は運悪く亡くなってしまう。
父は母の葬儀を終えてすぐに義母を連れてきたらしい。
彼女のお腹はすでに膨らんでいて、妹のエディットを身籠もっていたそうだ。
二人は愛し合って結婚したのだと乳母が成長したヴァネッサにそう教えてくれた。
その時からだ。ヴァネッサの屋敷での居場所はなくなっていく。
父も義母もヴァネッサを疎んでいたと思う。
ヴァネッサはただでさえ病弱で体が弱く、ほとんど部屋で過ごしていた。
それに肌も弱く痒くて眠れないほどだった。
病弱で咳が止まらずに高熱で起き上がれない日々を繰り返す。
医師はヴァネッサを診て『これは治ることはない』と言った。
ヴァネッサは咳が落ち着く時もあるし、肌もクリームを塗れば痒みは治ると主張するも首を横に振る。
何故、自分の言葉を聞いてくれないのか、幼いヴァネッサにはどうにもできなかった。
ヴァネッサを診ていた医師たちの背後には、義母が唇を大きく歪めているのが見えた。
(……どうして? わたしの病気は本当に治らないの?)
父はヴァネッサに会いに来ることはほとんどなかった。
義母はヴァネッサの顔を見ることも嫌だと毛嫌いしていた。
徐々にヴァネッサの人生はどん底へと向かっていたのだ。
屋敷の左端、今にも壊れそうな小屋の中。
それがヴァネッサが唯一、存在することを許された場所。
ここに追いやられた理由は咳の音がうるさいから、だった。
ヴァネッサを嫌っていた義母の指示だ。
隙間風が吹いて病は治るどころか悪化の一途を辿る。
幼いヴァネッサにも自分は見捨てられたのだと理解できるほどぞんざいな扱いを受けてきた。
食事は一日に一回、パンとスープ、野菜の切れ端。
どうせ食べないから、そんな理由だったと思う。
体中に発疹や赤みが出て痒くて仕方ない。
(わたくしは愛されない。必要とされていない。いらない子なんだわ……)
ヴァネッサが七歳になると貴族の令嬢ではなく使用人として働くようになる。
誰も起きていない早朝から屋敷の掃除を命じられていた。
そうやってヴァネッサのつらい一日は始まるのだ。
ヴァネッサに手を差し伸べる者は誰もいない。
そしてまた具合が悪くなってしまい動けなくなる、その繰り返しだった。
肌の赤みも増して、どんどんと醜くなっていくような気がした。
そんな生活が続いた時、久しぶりに父と義母が現れた。
『まぁ……汚い。それにしてもしぶといわね。病弱というわりには生きているのね』
『本当だな。化け物め』
『お父、様……お義母様……?』
二人の後ろには可愛らしいドレスを着た少女が一人。
義母によく似たライトゴールドの髪、ブルーの瞳。
皮膚が爛れてガリガリで布を一枚被ったような服を着ている自分とはまったく違う。
ごわっとしたベージュの髪は土で汚れたよう。
唯一好きだったライトブルーの瞳も彼女の輝く瞳や幸せそうな姿を見ていると嫌いになりそうだ。
『あなたの妹のエディットよ』
『ゴホッ……エディット?』
ヴァネッサが呟くように言うと、エディットはこちらを汚いものでも見るように表情を歪めた。
『これが、わたくしのお姉様なの?』
『エディット、この子は姉だとは思わなくていいわ』
『どうして?』
『いずれいなくなるゴミだからよ』
義母の言葉はヴァネッサのすべてを否定するには十分だった。
(わたしはゴミ……? 必要ない存在ということ?)
ヴァネッサはショックを受けたまま呆然としていた。
『コイツは使えない奴だがいつかは役立つかもしれない。最低限の知識だけは学ばせておけ。金を積んで口止めはしておけよ』
父は後ろにいる執事と侍女にそう言った。