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人間嫌いのAさんのお話

作者: 白斎


 私の知り合いに、人間嫌いを自称しているAさんという人がいるんです。


 人間嫌いといえば意図的に人を嫌って遠ざけている人だと思いますが、私は何となくしか解っていませんでした。


 Aさんとはそれほど親しくありませんでしたが、小説を書くにあたり、もう少し人間嫌いというものを理解したいと思ったので、Aさんに奢るから話を聞かせてくれないかと声をかけました。

 Aさんは人間嫌いを自称しているだけあって最初は嫌がっていましたが、小説に書いてネットに掲載したいとお願いすると、思うところがあったようで、話を聞かせてくれることになりました。


 Aさんは、人間嫌いと言っても仕事で接している分には、そこそこ優秀な普通の人でした。

 プライベートな誘いには乗ってこないというだけで、話していても特におかしなところはありません。普通に人と笑顔で接しています。

 なので面倒な人付き合いを避けるために自称しているだけで、そこまで本気で嫌っているわけではないと思っていました。

 それでも少しでも小説のネタになれば良いと考えていました。


 場所はAさんの自宅近くの個室のある居酒屋になりました。

 もっと高い場所でも良いと言ったのですが、人間嫌いですから、親しくない人と遠出したりしたくないのでしょう。


 店でAさんと向かい合い、飲み物とおつまみを注文したあと、世間話をしたがる人ではないので、早速話を聞きました。


「Aさん、今日はありがとうございます。早速人間嫌いについて教えてください。自由に語ってもらってかまわないですが、それだけだと話しづらいようなら、まずは人間嫌いになった理由あたりから教えていただければと思います。もちろん言いたくないことは無理に言わなくて結構です。」

「うん。分かったよ。そうだね・・・ まず、人間嫌いの人は、自分の意思で人間嫌いになったと思うかい?」 Aさんが聞いてきました。

「そうだと思いますが、違うんですか?」

 自らの意思で人を遠ざけているのではないのでしょうか?

「例えば嫌いな食べ物ってあるだろう?」

「はい。」 私は梅干しが嫌いです。

「嫌いな食べ物っていうのは、自分の意思で嫌いになりたくて嫌いになっているわけじゃないよね? 過去に嫌な思い出があったり、何となくだったり、嫌いになった明確な理由が有るか無いかは人それぞれだけど、自分の意思とは関係なく食べると不味いと感じてしまう物だろう。」

「はい。そうですね。」

 確かに私も梅干しを嫌いになりたくてなったわけじゃありません。不味いと感じるから嫌いなだけです。

「人間嫌いもそれと同じなんだ。自分の意思で人間嫌いになったわけじゃない。過去の経験などから自分の意思とは関係なく嫌いになってしまうものなんだ。僕も人間嫌いになんてなりたくなかった。」

 Aさんの目は真剣です。真実を言っているのでしょう。

「・・・そうなんですね。」 私は頷くことしかできませんでした。


「僕が人間嫌いになった理由だけど、明確な理由があってある日突然なったわけじゃない。親友に裏切られたり、親が離婚したり、他にも色々な人間関係の嫌な出来事が積み重なって、いつの間にか人間嫌いになっていた。そして若い頃は自分が人間嫌いであることに自分で気づいていなかった。」

「・・・」 私は無言でAさんの話を聞いた。

「10代後半くらいからかな、誰かと遊びに行ってもいまいち楽しめなくなった。遊びをまったく楽しめないわけではなかったけど、誰かと接することが何となく苦痛に感じていて、人と遊んでも楽しめなかった。一人で漫画や小説を読んだり、ゲームをしたりは楽しめていたから、そこまで深刻には考えていなかったけど、このままじゃ良くないから自分を変えたいと思って努力したりしていた。」

 Aさんは飲み物とおつまみを軽く口に入れ、一息ついてから話を続けました。


「そして大人になってふと気づいたんだ。僕って人間嫌いなんじゃないかってね。」

 Aさんは少し寂し気に笑いました。


「自分が人間嫌いだと気づくと色々なことに納得がいった。多分人間嫌いにも色々種類があると思う。僕は厳密には、人と会話することと人に触れられることが嫌いなんだ。人間を見ることは別に嫌いじゃない。ドラマ、映画、ネット動画とかは楽しめる。人と会話したり触れられたりすると、嫌な相手じゃなくても、好きな人であっても、自分の意志とは関係なく、嫌な思い、苦い思いが胸に広がる感じだ。」


「でもそんな状態じゃ人生楽しめない。結婚して幸せになるのも難しいだろう。僕は自分が人間嫌いだと気づく前以上に、自分を変える努力をした。できるだけ人からの誘いは断らないようにしたし、積極的に人付き合いをした。飲み会はもちろん、仲間を作って色々な人と旅行に行ったり、スポーツをしたり、色々やった。」


「でもダメだった。嫌いな食べ物は努力すれば我慢して食べられるようにはなるけど、心から好きになるのは自分の意思では難しい。昔嫌いだった食べ物が好きになることもあるから、努力すれば可能性はあると思ったけど無理だった。表面上は楽しくやれるようになったけど、内心ではしんどかった。さすがに深く付き合えば内心は見抜かれるから結婚も無理だ。僕も誰かと一緒に住むとかは耐えられそうもない。10年以上努力したけど・・・」

 Aさんは飲み物を飲んで一息いれてから寂しそうに言いました。


「僕は人を好きになることを諦めた。」


 Aさんの話を聞いてなんて言えばよいか分からなくなり無言になってしまった私に、少しほほ笑んでAさんは続けました。

「嫌いな食べ物を毎日無理やり口に詰め込む生活が嫌になったんだ。一切食べない生活は無理だけど、好きになるのは諦めて、できるだけ食べる量を減らすことした。」

 嫌いな食べ物とは、人との会話や接触のことでしょう。人との会話や接触をゼロにして生きることはできません。


 真剣な態度から気楽な感じに切り替えてAさんは話を続けました。

「よく物語に、山奥に住む人間嫌いのおじいさんっているだろう? 僕も昔は何でそんなことをするのか理解できなかったけど、今ならわかる。彼も僕と同じだ。人を好きになることを諦めたんだろう。自分の意志とは関係なく人間嫌いになってしまい、努力しても人を好きになることができず、諦めて、人に会って嫌な思いをしなくて済むように山奥に住むことにしたんだろうね。僕は山奥に住む能力なんてないから普通に働いているけど、仕事ではトラブルを起こさないよう愛想よく振る舞って、プライベートでは嫌な思いを減らすために人を避けているよ。お金があれば僕も誰にも会わずに山奥で暮らすんだけどね。」

 空気を変えるように、Aさんは少し冗談っぽく言いました。


「生きていても幸せになれそうもない。生きがいになるような趣味もない。僕はいつ死んでもいいような状態だよ。周りに迷惑をかけたくないから自殺したりはしないけど、迷惑をかけずに、できれば誰かのためになる良い死に方があったら教えてくれないかい。小説を書くなら色々と知っているんだろう。」

 Aさんは冗談とも本気ともとれない態度で聞いてきました。

「すみません。私も良い死に方は分かりません。」

 私は誰かのためになる良い死に方なんて考えたことはなかったので、うまく答えることはできませんでした。

「そうかい。残念だ。僕も色々調べたけど、日本は豊かな国なんだけど、良い死に方はできない国みたいだからね。たいがいの人は事故や病気で突然死するか病院で苦しみながら死んでいくみたいだ。あとは自殺くらいだ。僕が聞いた話では、一番マシな自殺方法は真冬の北国の町中とかすぐ発見される場所で凍死するのがいいらしい。死体が一番マシな状態で迷惑が少ないからだそうだ。まあ北国の人には大迷惑だろうけどね。」

「あはは・・・」 私は愛想笑いをするだけで精一杯でした。

「僕が話せるのはこんなところかな。小説をネットにのせたら教えてくれよ。あと良い死に方がわかったらそっちもね。」

「はい。今日はありがとうございました。」

「いや僕も人にこんなに詳しく話したのは初めてだったから良い経験になったよ。」


 私は今の話を聞いて、このままAさんと談笑するのも迷惑だと思ったので、Aさんのための追加注文と清算だけして店を出ました。Aさんも笑顔で見送ってくれました。


 私は聞いた話を整理するために喫茶店に入りノートを広げました。

 整理を終え、道行く人を眺めると浮かない顔の人が多いことに気づきました。

 もしかしたら、人には話さないだけで、Aさんの様に人間嫌いの人は結構多いのかもしれません。

 過去に出会った人達にも思い当たる人が何人かいます。


 Aさんは平気そうな顔で話してくれましたが、なんとなく深刻な状態なのではないかと感じました。


 精神科医やカウンセラーなら何とかすることができるのでしょうか。

 しかし精神科医やカウンセラーが、嫌いな食べ物を好きな食べ物に変えることができるようには思えません。

 催眠術の方がまだ可能性がありそうです。

 でも嫌いな食べ物を好きな食べ物に変えるくらいならいいですが、催眠術で嫌いな人を好きな人に変えるのは問題がある気がします。

 まして結婚するのであれば、関係者の同意が必要でしょう。催眠術が解ければ嫌いになってしまうわけですから。

 それに催眠術で嫌いな人を好きな人に変えるというのは、本当の自分と言えるのか、人道的な行為といえるのか、というような哲学や倫理の問題も大きい気がします。


 とりとめのないことを考えながら私は家路につきました。


 私も浮かない顔で歩いていることに気づき、ふと顔を上げると、夕暮れの町が私の心を慰めるように美しく光り輝いていました。




 Aさんはいずれ自殺してしまうかもしれませんが、私には何もできません。




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