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12_魔王城大広間にて:幼女突入前


 バタバタと、まるで翼竜のような頭部の人型の魔人が城内を走っていた。さほど背も高くも無く、全体的に丸っこいその姿は、起き上がりこぼしを気持スマートにしただけのようだ。


 その身に着けている上等な服装から、上位の魔人であると思われる。


 いや、その短い脚で必死に走る魔人だけではなく、城内ではたらいている魔人たちがみな慌ただしく動いていた。半ばパニックを起こしているといってもいい。


 やがてその魔人は一際立派な扉をノックをすると同時に飛び込んだ。


「魔王様!!」


 開口一番そう叫ぶものの、いくばくかの書類の積まれた執務机が佇むその部屋には、その部屋の主たる魔王の姿はなかった。


 あわてて執務室を出、謁見室へとまわる。が、そこにも魔王はいない。


 そして大広間へと向かう。


 式典の際に使われる大広間。そこにある玉座に、魔王はひとりだらしなく座っていた。


「魔王様! こちらにおいででしたか」

「騒がしいぞ、宰相。もっとどっしりと構えていろ」

「ですが、襲撃ですぞ。すでに四天王が……地のソルが破れています!」

「わかっている。だから我はここにいるのだ。ふふ、存外早かったではないか。勇者が生まれたことは知っていたが……ここにくるまで、あと10年はかかると思っていたのだがな」

「いえ、勇者ではないようです」


 宰相の言葉に、魔王は眉根を寄せた。


「どういうことだ?」

「報告では、現在勇者は、年相応の子供として生活しているようです。最新の報告では、木の枝の先に犬の糞を突き刺し、同年代の女子を追いかけ回しているとか」


 魔王は盛大にため息をついた。


「いずれ、私を脅かす存在となる男がそれとは、……いまの年齢は幾つだったか?」

「6歳ですな」

「ならば致し方なしというところか? いや、貴族だろうが平民だろうが、6歳にもなれば教育なり家の手伝いなりを始めている頃だろう?」

「そんなものそっちのけで遊び倒しているようですな。主に、悪戯という形で周囲に迷惑を掛けることが殆どのようです」


 魔王は肩を竦めた。


「将来、我を殺しに来る者が、いまはそれというのはなんとも。一憂している自身を嘆くきべきか、その勇者の様を嘆くべきか。悩むものだな。

 それはさておいて、侵入者が勇者ではないというのなら、何者なのだ?」

「不明です。ですが、幸い四天王が揃っていますからな。それぞれが対応に向かっています」

「……兵どもでは止められんか」


 魔王が嘆いたそのとき、広間の扉が開き兵が飛び込んできた。


「ご注進! 水のロゼ様、敗北!」

「敗けた!? ロゼまでもが!? この短時間でふたりも敗北したと!?」

「ふむ。興味がでてきたな。どこからともなく降って湧いて出たイレギュラーが、さも勇者の如く力をふるっている。何者だ?」

「ソルとロゼの遺体が僅かでも残っているのなら回収しなさい。即時蘇生し、情報を――」

「いえ、ソル様、ロゼ様、共に健在。現在は侵入者と共に行動しています」


 兵士の言葉に、魔王は片眉をピクリと上げ、宰相は怒り表情を浮かべた。


「裏切りか!?」

「いえ、裏切りと云いますか――」


 半ば困惑したように、兵はさらに状況を報告した。


「は? 延々と説教をされてる?」

「……どういう状況だ?」

「わかりません。ですが、ソル様、ロゼ様、共に戦士として、指揮官としてのレクチャーを延々とされているようです」


 魔王と宰相は顔を見合わせた。


「どういうことだ?」

「さすがに……私にもさっぱり。より詳細な報告はないのか?」

「それが……状況確認に向かった者たちもそのレクチャーに感じ入るものがあるらしく、送り込んだ者が全員、先の報告を最後に次々と連絡を断っています」


 再度、魔王と宰相は顔を見合わせた。


「宰相よ、これをどう思う」

「どう……と、申されましても……」

「分からぬか? 我が国の者たち、肩書ある者たちの指導力がなっていないという証拠ではないか? その得体の知れぬ輩の言葉に薫陶を受け、こうもあっさりと心酔しておるのだ。もはや我らの支配者としての有り様に問題があるとしか思えん。

 指導者としての教育は、しっかりと出来ておるといえるのか?」


 魔王の問いに宰相は答えられずに俯いた。


「やれやれ。思わぬところでせねばならんことが分かったな。まぁ、良かったと思おうではないか。下手をすると取り返しがつかん事態になったやもしれん。

 ……フーなどはまったくもって鼻持ちならん様になっておるからな。なにをどうすればああも評判が悪くなるのか、理解できん」

「当人は煙たがられているのを、憧れが過ぎて近寄りがたく思われている、などと見当違いをしておりますからのぅ」

「無駄に実力があるだけに、外すことができんのが困りものだな」

「もし市井に放り出そうものなら、ただの無頼者にしかなりませんでしょう」

「昔はもう少しまともであったよな? アレ」

「増長とは恐ろしいものですな……」


 魔王と宰相はため息をついた。伝令兵は思わず苦笑したくなるところを、懸命に堪えている。


 その時――


「ご注進! 風のミストラル様、敗北。責任を取って風魔師団長を辞任、副官であるラファール様に全権を預け、武者修行に旅立たれました!」


 新たな報告に、魔王と宰相は頭を抱えた。


「宰相、人事の見直しだ」

「はっ!」

「ミストラルめ、これ幸いと見限りおったな。フーの尻拭いばかりで不満であっただろうからな。城内の機能不全の原因の大半がフーでることは分かっておるのだ。プードル侯爵家に抗議しておけ。そして躾に関してレポートでも出させろ!」

「レポート……ですか?」

「そうだ。職務を半ば放棄し、らしく訓練しているように見せかけて傍若に振舞っているだけであろうが。フーのあの有様は教育の問題ではなく躾の問題だ。あ奴らのことだ、好き放題甘やかしたのだろ。

 もうこの際だ。大掃除をするぞ」

「畏まりました」



 2時間後。



「遅すぎやせんか?」

「ですな。いかにこの城が広いといおうと、この大広間まで2時間もかかるものではありません。まして、ソルとロゼがついて回っているのです。迷うということもないでしょう?」

「そうだろう? 四天王を3人まで破るような者だ。警備兵どもにどうにかできるとは思えぬ。どうなっておるのだ?」


 そう魔王が首を傾げたところで、宰相が扉の所に待機している兵に確認するよう命じた。


 数分後……。


「は? 厨房で料理をしているだと!?」

「はっ。料理人共が狂喜乱舞しており、確認に向かわせた兵を見つけるや否や『今夜の食事は楽しみにしておけ! 本日は宴会だー!』などと宣ったということです」


 魔王と宰相は絶句した。


「いったい、どういうことです?」

「例の侵入者より新たな調理法や、幾つかの料理レシピを譲渡されたらしく、マゲイロス料理長がその料理を食べ、あまりの美味しさにむせび泣いておりました。

『これが肉料理だと……? ならばいままで儂が作って来たのはなんだというのだ!?』と、嘆いておりました」

「……なにをやっておるのだ、侵入者は」

「腹ごしらえ、でしょうか?」

「だからといって、敵地で、しかも敵たる側の料理人と意気投合して食事を作るものか?」

「……ありえませんな」


 なんとも表現しがたい表情で魔王と宰相が見つめ合っていると、件の料理長、マゲイロスが大広間へとメイドを伴って現われた。


「我らが魔国の――」

「あぁ、よい。公式の式典でもないのだ。面倒な長口上など無用。してマゲイロス、どうしたのだ? お前がこの時間に厨房を離れるとは珍しい」


 魔王の言葉に、マゲイロスはあらためて一礼した。


「は。実はこのほど新たな調理方法を伝授され、それにより出来上がった料理をご賞味いただくたく参じました」


 そういってマゲイロスは、斜め後方にて待機しているメイドに合図をした。メイドは恭しく一礼すると、カラカラとワゴンを押して宰相の側にまで進んだ。


 ワゴンの上にはクローシュの被せられた皿がふたつ。その脇には調味料の瓶と塩坪、小皿、そしてワインがなみなみと入った硝子のデキャンタとグラスがある。


 メイドは小皿を並べ、ワインをグラスに注ぎ終えるとクローシュ外す。


「僭越ながら、私が毒見を致します。宰相様、毒見の選定をお願いいたします」


 メイドが皿を指示した。更には見慣れぬ明るい茶色の物体が複数盛られていた。添えられている緑の葉野菜もあってか、地味な色味のそれが非常に色鮮やかに見えた。


 いわゆる唐揚げである。ただし、食材として使われたのは蛇だ。


 かくして、毒見のち、魔王と宰相が料理を口に運んだ。


「……美味いな。このひと言に尽きる味だ。余計な麗句など無粋なだけだ」

「実にすばらしい。これを例の侵入者が?」

「はっ。まだ若いというのに、脱帽するほどの調理知識、技術を持つ御仁でした。他にも複数レシピを頂きましたので、本日の夕餉をご期待ください」

「して、侵入者はどうしたのだ?」

「せっかくだから、身の程知らずの火のバカも懲らしめてくる、といってロゼ様、ソル様と共に向かわれました」

「あー。それは僥倖だ」

「あの無駄な鼻っ柱をへし折ってもらいましょう」

「魔王様、よろしいのですか?」


 マゲイロスが驚いたように目を瞬いた。


「実害があまりに酷くなっているからな。腕っぷしだけで昇進したのがおかしかったのだ」

「後押しを抑えるのが難しかったですからな」

「これまでの問題も含め、大言壮語していたことを実行できていないとなれば、奴の首を飛ばすのに問題はない。ついでに、奴を強烈に推していたプードル侯爵家の力も削いでやろう。ガタガタとあらゆることに口出しして目障りだったのだ。自領の運営もままならぬというのに、何故に国政に口を出せるのか。理解に苦しむ」

「出てくることが夢物語でしかありませんからなぁ。実現不能の妄言だけならまだしも、なんの意味があるのかわからないことも云いだしますし」

「一度理由を訊いたことがあるが、帰って来た答えが『美しく優雅ではありませんか!』と、真面目な顔で云ったからな。ただの飾りに国家予算の2割も割けるか! それも王城の庭園に自分の彫像を建てるというのだぞ! あやつめ、なんの功績を上げたというのだ! あの庭園に飾られる彫像は、国家に多大な貢献を成した者だけだ!」

「あぁ、救いようのない阿呆ですな。本当に……なぜこんなことに」


 宰相が狭い額を抑えて首を振った。


 このように嘆く国のトップの姿に、マゲイロスはなんとも居たたまれない気持で苦笑を浮かべた。


 もっとも、オークである彼の強面の鼻面では威圧しているようにしか見えない。まして、筋骨隆々のその肉体も相まって、どうみても料理人ではなく鬼軍曹である。


 ちなみに、この世界のオークは豚顔ではなく、豚鼻で筋肉質な褐色肌の亜人種である。頭部が豚な亜人種もいるが、そちらはピッグマンと呼ばれている。


 試食が終わり、今後王城の食卓に新料理が並ぶことが決定した。調理法の関係上、食費が若干増えることになるが許容の範囲内だ。


 それよりも、食事による王城で働く者たちのモチベーションの上昇のほうが重要だ。それらは金だけで簡単に上がるものではないのだ。






 マゲイロスが厨房へと戻ってより10分後、にわかに大扉のあたりが騒がしくなった。


 警備兵が騒いでいたと思うと、たちまち『ぎゃあっ!』というふたりの悲鳴が同時に聞こえて静かになった。


 直後――


「ゴーメンナサイヨー!!」


 妙なイントネーションの言葉と共に、どかんと大きな音を立てて、大広間の扉が開いた。


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