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10_突撃、隣の魔王城 ④


「よくぞ来たわね。あたしが風のミストラル。あなたを地獄に送る者よ。短い間だろうけど、覚えておきなさい」


 ここは魔王城本丸へとつづく3階渡り廊下のほぼ中央。


 そこでなんだかよくわからんポーズで話す、細面にほっそりした体格の男。男装した美女にしか見えんが、れっきとした男……のハズだ。少なくともゲームではそうだった。

 身に着けている菱模様の緑色の服はやたらと体にぴっちりとした感じで、そのスタイルがよく見て取れる。


 なんか、どっかの漫画で見たぞ、こんな無駄にスタイリッシュなの。――つか、この覚えの無い記憶、というよりは記録がスルっとでてくるのにも大分慣れたな。いや、もう無意識に諦めたって感じか。


 じっと男、ミストラルを見る。


 ……ちっと痩せすぎだなぁ。あのオネエ。


「もっと肉を食え、肉を。痩せすぎで心配になるわ」


 じっとりした目でそういうと、オネエはパチパチと目を瞬いた。まさか体を心配されるとは思わなかったのだろう。


 なんか、奥にひとりいる……付き人か? が、うんうんと頷いている。


「うっさいわね。あたしは野菜と果物、魚しか食べないのよ」

「なら虫を食え、虫を。カミキリの幼虫は美味いらしいぞ」

「恐ろしいこと云わないでよ! 嫌よ!」


 オネエはお怒りだ。


「沸点低いな。栄養が偏るからそうなるんだ。カニを殻ごと食え。殻ごと。キチン質をしっかりとれば苛々も収まるらしいぞ。知らんけど」

「知らないことをドヤ顔で云わない!」


 面白いな。いわゆる、叩くと楽しい玩具だ。となると、見た目が見目麗しいのは減点だなぁ。コミカルじゃないと。恰好はセンシティブだが。


「まったく。調子が狂うわね。で、あんたたちはなんでそっちにいるの?」


 ミストラルがソルとロゼに訊いた。


 それは私も訊きたい。なんだか私を師匠と呼んでいるが、建前みたいなものだろうしな。かといって、監視役というにもおかしいしな。


「敗者は勝者に諾々と従うのみ」

「はい。そして、我らがお師匠さまです」

「なんで勇者の弟子になってるのよ」

「いや、私は勇者じゃないぞ。こんな珍妙な恰好の勇者がいてたまるか」


 そういうとミストラルは私をまじまじと見つめた。お鍋ヘルムに鍋蓋シールドの私を。


「……あんたなによ」

「幼女」

「……」

「8歳児だ!」

「……」

「微笑ましいだろう?」


 鍋を被った私は、ドヤ顔で麺棒を掲げ胸を張った。


 ミストラルが頭痛を耐えるように額に手を当てた。


「ま、まぁ、いいわ。とにかく、あなたはふたりを戦闘で降したのだもの。あたしも戦わなくては……やりにくいわね」

「気にするな。楽に行こう!」

「なんであたしは励まされてるのかしらね」


 ミストラルが風の鎧を纏う。


 直後、私は先の戦い同様に水平に跳び――


「ポイ」


 砂と氷の破片を風の鎧に放り込んだ。



「ぎゃあああああああっ!」



 ……あぁ、まぁこうなるよな。思った通りだ。


 全身の表面を循環する風の鎧。そこに砂粒と氷の破片を放り込んだ。どちらか片方でも良かったのだが、さっき云ったことを向こうのふたりに証明しないといけないからな。


 ミストラルは、己を護る鎧がいきなり全身を削るヤスリとなったために、この有様と成ったのだ。


 ぴっちりしたスーツはズタボロ。肌もボロボロで血塗れだ。


 なんか、思ったよりも酷いことになったな。話してた感じ、まともな人物なようだし。


「ミストラル様ーっ!!」


 後方に控えていた付き人? が血相を変えて走ってきた。






「うわぁ……」

「酷い有様。お師匠さま、これは?」


 ロゼとソルがドン引きしている。付き人はというと、止血だなんだと慌てふためているが、オロオロしているだけでなにもしていない。


「しょうがないな……」


 例のはったり指パッチンをする。


 すると私を中心に金色……というよりは、レモンイエローの魔法陣が広がる。


 これは私が悪ノリして作った癒しの魔法だ。教会が独占している回復系魔法を参考にし、さらには私の記憶にあるゲーム……かな? それの回復魔法の発動演出魔法陣を組み合わせて作りあげた力作だ。


 ゆっくりと外縁と内縁が互い違いに回転し、そこに刻まれている文字もこっちの連中には解読不能なものだろう。確か、ゲーム世界の聖典に記されている物語が刻まれているんだったかな? でも使われている言語はラテン語だ。なにが記されているのかは、私も知らない。


 ぼんやりと光が立ち昇り、ミストラルの怪我はほぼ快癒した。とはいえ、まだ失神しているけどな。


 あ、ついでにソルの足も治ったみたいだ。いや、だから跪いて拝まなくていいから。


「それじゃ、なにが起きたかの解説な」


 そういうと、ソル、ロゼ、そしてなぜらか付き人? も一緒になって正座をした。


 いや、だからなんでだ? ソルとロゼはともかく、なぜ君も座る!?


「こうなった理由は、単純にミストラルのミスだな。風の鎧はそれなりによい魔法なんだが、いかんせん、その制限をミスしたんだよ」

「制限のミス、ですか?」

「そう。一定サイズ以下の物質の排除をしていなかったんだ。恐らくは、まったく脅威にならないと踏んだんだろうな。その方が魔力の節約にもなるだろうし。たかが知れていると思うんだが、発動している間は魔力を垂れ流すようなもんだからな。砂粒程度と侮って、僅かでも節約したかったんだろう。

 で、そこへ排除対象外の細かい砂と氷、これはどっちかだけでもよかったんだが、それをそこそこの量を鎧の中へとぶち込んだ。

 結果、体表を吹き荒れる風に乗ったそれらが、まさにヤスリの如くミストラルの体を削り取ったというわけだ」


 付き人は目をパチクリとさせた。


「……となると、ミストラル様の自滅ということですか」

「自滅というか、鎧の過信を突かれたってところだろうな。というかだ、なんだか和やかに話しているけどいいのか? 君からしたら、私は敵だろう?」

「正直、思いました。が、あなたはなんら卑怯、卑劣な真似をしたわけではありません。そしてミストラル様も、やや不本意なところはあったと思いますが、戦いとなれば加減などせず、相手に対し正しく行動します。そんなミストラル様が敗北したのです。……半ば、自滅と云えるような感じでしたが。それに、状況的には実戦を想定した訓練としか見えませんでしたし」


 おぉぅ、見た目によらず、生真面目なしっかりとした人なんだな、ミストラル。……なんか、真面目過ぎて不幸になってるどこぞのキャラが頭を過ったぞ。


「もしかして苦労人だったりしたのか?」


 あ、目を逸らした。


 私はいま一度気絶しているミストラルに視線を向けた。


「不憫な……」

「まぁ、ひとりでフーの相手をしていたからねぇ」

「なんだ。やっぱり火が諸悪の根源なのか。なんでそんなのが軍のトップでふんぞり返ってるんだ? 魔王様って無能じゃないだろう?」

「貴族間のパワーバランスといいますか……」

「プードル侯爵家の専横の結果ね。力を付け過ぎてて、それを削ぐにしても理由がつけられないから、魔王陛下も苦心してるのよ」

「あー……内政をしくじったんだな。なら丁度いいじゃないか」


 そういうと3人はポカンとしたような表情で私を見つめた。


「いや、だって、これから私はフーも潰すぞ。四天王を3人降しておいて、無視することもないだろ。ついでだからのめしにいくぞ。

 あ、えーと……」


 付き人君の名前がわからん。


「ラファールです」

「おぉ、ありがとう。本当ならここで私も名乗るべきなんだろうが……すまん。私は現状名無しだ。村娘A:幼女という役割のガキでしかない」

「は? どういうことですか、師匠」

「それは私が一番知りたいことだ。まぁ、推測はあるんだがな。と、それはどうでもいいだろう。

 とりあえず、再起不能なレベルでフーはボコすから、これからは心労面での苦労は減ると思うぞ。実務面は増えるやもしれんが。といっても、なんのかんのでミストラルは責任をとらにゃならんだろうから、大変なのはラファール君だな」

「えっ!?」

「ま、ほとぼりが覚めればミストラルが復帰することになるだろうから、それまで代理と云い張って仕事をするといい。

 ソルとロゼは能力柄国内の整備の為に飛び回っていて、戦闘面での研鑽は積めない状態。ミストラルはフーの後始末で日々疲弊したまま。諸悪の根源たるフーは面白おかしくそこかしこで問題を引き起こして毎日酒池肉林って感じなんだろ? 現状」

「「「……」」」

「沈黙は肯定とみなすぞ。己の力があっての現状でありながら、あっさりと8歳児に麺棒で殴られて再起不能になりました、なんてなったらどうなると思う?」


 3人は互いに顔を見合わせた。


「普通に失脚するわね。全方位から恨みを買ってるし」

「プードル侯爵も責任を取ることになるのでは?」

「フー様配下の者たちもクビでしょう。彼らの横暴は苦情、陳情として宰相閣下のもとへ大量に届けられていますから」

「非常に元気な再起不能状態にしておくから、今後の魔国の運営もやりやすくなるだろうし、八方円満となるんじゃないか。まともな後継を促成しなくちゃならんと思うが。

 ということで、ミストラルが目覚ましたら、そのあたりを説明しておいてくれ。ま、自由な時間が数年分とれるだろうから、その間に己の能力の見直しと、魔力の増量に励めばいいと思うぞ。気体を成分ごとに分離できれば勇者なんぞ瞬殺なんだが……能力の方向性がまるで別だからなぁ。まぁ、風は機動力が要で遠距離特化みたいなもんだから、勇者とまともに殴り合いするのは悪手なんだよ。そこを考えて能力を伸ばせば、勇者なんぞ完封できると思うぞ。

 ……なんで胡散臭そうな目で見てるんだ?」


 私は3人に問うた。


「いえ、勇者は人間にとっての希望では?」

「バカ抜かせ。私はアレに殺されることが運命づけられてるんだ。そんなものを支持できるものか。そもそも、勇者は善人からはほど遠いからな。タイプとしてはフーと一緒だ」


 そう答えると3人は不思議そうに顔を見合わせた。



「行ったわね」

「ミストラル様!?」

「途中で気がついていたんだけれど、どうにも起きるタイミングがなくてね。気絶したふりをしたまま、話を聞いていたわ。

 もっとも、彼女は私が覚醒したのを気付いていたようだけど」

「え?」

「でなければ、私が鍛えるべき方向性の話なんてしないわよ。それにしても、興味深い話をしていたわね」

「興味深いですか?」

「勇者に殺されるように運命づけられている、なんておかしな話だわ。そもそも、それは予言にある魔王様のことでしょう? ちょっと調べてみる価値はありそうね」

「調べるといいましても、彼女の出自がまるで不明なのですが」

「えぇ。だから、勇者の方を調べてみるわ。ラファール、後は任せるわよ。一応、みんなには私が数年離脱することは話してから出るから、問題はないでしょ」

「ミストラル様!?」

「ふふ、折角自由な時間ができるようにあの子が図らってくれたのよ。この機会を逃すこともないわ。フーがボコされるところを見ることができないのは残念だけれど、残って後を任されたら過労で死んでしまうわ」

「えっ、それじゃしわ寄せがこちらに――」

「大丈夫よ。こっちも入れ替わるんだもの。あたしがいるのならともかく、新人師団長に全軍を任せるような真似はしないわよ。そんなことをしたら軍が瓦解するもの」

「わ、わかりました。謹んで、師団長代行を拝命します」

「お願いね。さて、それじゃみんなに挨拶をしに行きましょうか。そしてとっととここから逃げないとね。……はぁ、仕事に終われるって、こういうことをいうのかしらね?」

「……いえ、違うと思います」


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