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第27話

 あのあと、新石さんからいろいろなことを聞かせてもらいました。この日記を書き始めたのも、これからの記録を付けておきなさい、と新石さんにアドバイスされたからです。

 あんなにも威厳に満ちて神秘的だった新石さんは、わたしを地上に連れて帰ってくれた後、すごくフランクでありながらもとても親身になって話を聞いてくれました。

 わたしの身体の中に宿っていたもの、何が起きなくなって、何が起きるのか――。

 その幾つかについて、わたしはこれからも少し怖がりながら過ごしていくのだと思います。けれど、それで良いし、それが普通だと新石さんは言ってくれました。変化への恐怖は皆が持つものだ、だそうです。

 ……その通りです。わたしだけズルするなんて、ワガママはいけません。

 そして同時に、この秘密についても、新石さんにはお見通しでした。

 舌が横向きに四つ分かれている――おとうとさんにもまだ隠しているその秘密を、どうやら新石さんには知られてしまったみたいです。

 ただ、それについては別にいいかな……きっと新石さんは不思議なことにも慣れていらっしゃるだろうし。

 だから、ここでは当面の話をするべきなんでしょう。わたしの身体からは熱が引きました。実にマイナス六度。寒くて堪りません。ただ、これについては上着を着てはダメと言われました。それもそうでしょう、今までが異常に熱かったのです。平熱が三十六度に戻った今、肉体的には、これが平常運転なのですから。これからは努めて、出来るだけ早く普通の生活に慣れるようにしていかなければなりません。これから秋から冬に差し掛かっていくのに、ものすごく困ります。毛糸でも編もうかな。

 そして……人に告げるのも恥ずかしいようなこの嗜癖、というか異常識の後遺症とでも言えばいいのでしょうか。わたしはもう少しだけ、あの強い性欲衝動に襲われるかもしれないそうです。けれどそれは普通に戻るための風邪の残り咳のようなもので、その内収まるということでした。ただ、もしものことが起きておとうとさんと何かあっても、それが原因でおとうとさんを巻き込んでしまう可能性は無いそうです。他の可能性にも十分気をつけなさいと言われましたが。それについては、できるだけ抗おうと思います。おとうとさんも、困ってしまうでしょうし。自信はちょっとだけ、ありません。

 次に、お母さんのことについても聞いてもらいました。わたしを養父母の家から飛び出させた原因。そして、引き金となったあの事件。

 ……黄金の草原の中を走る電車の心象風景の話です。お母さんにいつか会いたい、というわたしの願い。どこに行けばいいかわからない、というような記憶の穴開き。あれは――。

『残念だけれど、それについては君の中に戻って来ることはない記憶だ』

 と、ずばっと言い切られてしまいました。理由は、わたしが記憶を封じたことに関係があるそうです。わたしが封じた記憶の中に理由があり、そして同時に封じた記憶の中にこそ、あの蜂は居たそうです。だからそれも、蜂が大きくなる時に、食べられてしまったらしいのです。穴だらけにされてしまったそうです。新石さんは言っていました。失われたものは戻ってこない、君が食べた生き物も、生き返った試しはないだろう、と。

 残酷ですが、その通りです。だからわたしは二度と母には会えないのでしょう。

 ……それに冷静◼️なってみれば、いい子になったからって、母にとってわたしが憎い◼️であることは変わらない気がします。養◼️母が他人の子でも良かったように、実母でも自分の子をよく思わないことだってあるはずです……そ◼️て、それでもいいはずなのです。親だから◼️て子供が好きでないといけないことはないは◼️ですから。大人になりまし◼️う。だからいい子の囀子ちゃん。泣くの◼️やめてください。インクが滲ん◼️しまいます。

 顔を、拭きます。

 でも本当に、本当に。涙が出るほど寂しいけれど、大人になるべき時なのかもしれません。思春期の娘と喧嘩している母の話も友人からよく聞きます。すごく憧れていることが現実になってみればそうでもない……よく聞く話です。


 だから、囀子は諦めます! 今、諦めました。


 はい。諦めました。そういうものと割り切って、涙と一緒にちょっとだけ大人になります。新石さんみたいにかっこいい大人になってみたいって、思いましたから。めざせ、自立した、かっこいいお姉さん! できるかな? できるといいなって、思いました。

 できなかったら、可愛い囀子を目指します。滑り止めです。ファッショナブルなスターもいいかも。ちょっと滑り止めの方が大きくなっちゃいましたけれど、囀子の夢は無限大なのでした! えいえいおー!

 そして次は大問題だった養父母のこと。養父母とは法的な養子縁組もされていない――というよりも、養母はこのまま行けば養父にわたしのことを娶らせるつもりでしたからわざとしなかったのでしょう――ことを話すと、もう会わないべきだと諭されました。わたしももう、顔を会わせる気はありません。

 養父も養母も……関わらないべき人だと、今ならちゃんと言葉にできます。子供のわたしを弄んだ人と、言い切ることができます。今は、ちゃんと守ってくれる人と一緒に居たいのです。だって、こんなにわたしの為に必死になってくれる人がいるんですもの。

 ……ちょっとヘンな感じですね。守って貰える人をこちらで選ぶ、なんて。

 とっても、今までの人生を考えても、考えられないくらい強欲だけれど、おとうとさんなら、それを受け入れてくれるでしょう。こちらが本心を曝け出しても、今なら大丈夫な気がするのです。

 愛して、と言っても、きちんと愛してくれる気がするのです。そんなの、十歳上の一緒に住んでいるだけの男の人に言うべきじゃありませんよね。勘違いされちゃいますよね。

 わかっています。囀子も、すごくわかっているのです。

 でも、おとうとさんに、ちゃんと甘えてみたいのです。

 この一年、ずっとわたしを守ってくれている、大事なおとうとさんに。

 欠けた部分を補って下さい、という愛を、あの人にぶつけてみたいのです。

 歪んでいる――当たり前です。蜂のせいで、蜂をはねつけられなかった弱いのわたしのせいで、わたしは歪んでしまったのですから。

 だから、まだもうちょっとだけ、大人な子供でいようと思います。

 具体的には、成人するまで。

 それまで、全力で甘えてやるって、決めました。

 妖怪蜂から妖怪すねこすりに転職します。

 かじらないようにだけ、気をつけます。出来れば、座敷わらしみたいに幸せを運べるといいなあ。でも居なくなっちゃったら閑古鳥が鳴いちゃいますから気を付けないと。

 あっ、帰ってきました。自転車のスタンドが立つ音です。

 じゃあ、一旦ここまでで今日はおしまい。

 今日は、言います。囀子、言うんです。頑張るぞ、わたし。



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