第18話
それは、囀子が別のお家の子供になってから、何年も経った後の話です。
囀子は、自慢の子供になりました。
近所では一番賢くて、綺麗で、お淑やかで、大人の嫌がるえぐみの少ない、まるでするすると飲める冷たいジュースのように誰からも愛されるようになりました。クラスの男子からも、何度も告白されています。けど、それを取り合ったことはありません。
なぜなら――。
――。
なぜ、なら。
――。
――。
それを、お家で禁止されているからです。囀子に、恋愛の自由はないのです。家族を一番大事にしなさい、そう言われたら、囀子は決して断れません。
囀子の給食代も、ノート代も、お洋服代も、全部この養父さんが出しているのです。
だから囀子は――養父さんの言葉に従って、名前も――貰いません。そうです。波羅場という名字は、知っての通り本当のお母さんの名字です。
これを変えないのは、養父さんのせいなのです。本当は、囀子も名前が欲しいのです。嘘じゃありません。
でも、そうすると、――できないので、しないのです。
できないので、しないのです。
ああ、今日も聞こえます。二人が私を呼んでいます。
「まあ! 囀ちゃん! あなたにはやっぱりその服似合うわねえ。きっと似合うと思ってたわぁ。流石私に似た子! 似なさいって念じ続けた甲斐があったってもんよ! ささっ、お父さんにも見せてあげて!」
「……」
「囀子! 今日はまた一段と可愛いな。びっくりした。母さんの若い頃かと思った!」
「まあ! あなたったら」
「ありがとう、お父さん。囀子、そんなにかわいい?」
「本当だ。世界で一番可愛いよ。今日は一緒に寝るか?」
「……うん」
「あら、いいわね、囀ちゃん。羨ましい。うふふ、ご飯準備してくるわね」
「……うん」
囀子は、お養母さんのお陰で、綺麗になりました。
お養父さんのお陰で、お勉強も、いっぱいしました。
でも、なんだかおかしいのです。
なんだか、みえないのです。
おかあさんに、あいにいきたいのに。
えきが、もとのおうちが。
もう、わからないのです。
あのきんいろのそうげんが、あかいけしきのむこうがわの、むしさんがいっぱいいるおうちが、どこにあるのかわからないのです。
おかあさん――。おかあさん。
どこ――。
てんこは、またみうしなってしまいそうです。
てんこは、どこにいけばいいですか。
このままでは、てんこ、ちょうちょになれないかもしれません。




