棺の封印
部屋の扉が開かれたというのに、依然としてクロノベルトは中へと入ろうとしない。それは、部屋に入った途端罠が作動するのかもしれないと警戒しているからなのだろう。そうして、しばらく中の様子を窺い何も起きないことを確認すると、恐る恐る部屋の中へと入り込んだ。そして、改めて部屋の中央にあるモノに対して不審そうにしながらも、疑問に抱いたことが思わず口から零れ出ていた。
「普通の部屋――にしては、異様なものが真ん中に置いてあるのが気になるな……。もしかして、アレの中に秘宝が入っている、とかなのかな?」
どう見ても部屋にあることがおかしい"それ"に、クロノベルトは思わず怪訝な顔をしてしまう。中央にある物体以外には特に変わった物があるわけではないのが余計にこの部屋の異常さを物語っているのかもしれない。強いて言うなら、大量に本が収納されていることくらいだろう。
このまま立ち尽くしているという訳にもいかないと思ったクロノベルトは、警戒しながら中央にある物体のところまで進んでみることにした。
初めの内は警戒しながら歩きながら周りを見回していたが、次第に目を輝かせながらも気になったことを口から零れ出ていた。
「……それにしても、上に比べて本がたくさんあるな。これは全部魔導書だったりするのかな? だとしたら、すごい量だな……」
歴史のある魔術師の一族には基より、自分たちの体系を後世に残すために数多くの魔導書を書き記し保管されている。口頭で伝えたりもすることがあるが、如何せん口で説明するだけだと何処かで綻びが生じてしまったりもする。なので、魔導書に書き記すことでそれを防ぐという役割を果たすのだ。もちろん、魔導書も万能という訳ではなく、保存状態が悪いと劣化してしまい、最悪後世に残すことが出来なくなってしまうという悪い一面もある。
そうなってしまうことも考えられるので、大体は両方の案を採用して伝えられていることが多い。
話が脱線してしまったが、クロノベルトが感嘆の声を漏らしたのはそういった背景があるからなのだ。
中央に向かっていたクロノベルトはとうとう好奇心が抑えられなくなったのか、魅かれるようにして本がある場所へと向かって行く。
本棚に辿り着くと興味津々にタイトルを見始める。そこには魔導書の他にも日記やら料理本、更には童話や絵本といったものまで収納されていた。何故そういった本までここに収められているのか謎だが、予想していたものと違ったことにクロノベルトは少し肩を落としてしまう。
とりあえず、魔導書は後で確かめることにして、気を取り直し再び中央の物体へと慎重に歩を進め始めるのだった。
ゆっくりと慎重に近くまで辿り着くと、異質な"それ"に眉を顰め警戒を強める。
「これって、……どこからどう見ても棺、だよな?」
異質な物体の正体は人が1人入りそうな黒塗りの棺だった。それこそ、物語に出てくるような吸血鬼が入っているかのような棺だ。何でこんな場所に棺なんかがあるのかとクロノベルトは考える。
考えられるのは、この中にアインハルトの大切なモノが入っていると考えるのが妥当だろう。
しかし、棺と言えば普通に考えて中には死体が入っていると考えるのが定石だ。そうすると、自分の妻が大切なモノ、ということになるのだろうか?
人によってはそういう捉え方をする者もいるからそれはありえる話ではある。アインハルトがそういった人物なのか甚だ疑問ではあるが……。秘宝の在り処といい、碑文の答えといい、何とも掴みづらい人物だというのは今までのやり取りで予想が出来る。
だとすると、考えられることは3つ。
1つ目は、中に入っているものは想像通り亡骸が入っているということだ。2つ目は中に入っているのは亡骸などではなく、別の何かが入っているということ。最後の3つ目は、この棺自体が宝とは無関係だということになる。
それらのことを踏まえてまず辺りを見回してみるが、やはり棺以外に怪しいものは見つかることはなかった。そのことから3つ目の考えは一先ず消えることになる。そして、それと同時にやはりこの棺の中にあるものが秘宝だということになる。
そうすると、改めて問題になるのはこの棺の中に何が入っているのかということだ。
モノという表現をしていることから、自分の妻が秘宝という可能性は極めて低いと考えられる。秘伝の魔術を記した魔導書、貴重な魔導具といったものも考えられるが、そういったものを入れるにしては大きすぎるということだ。
だとすると、一体この中に何が入っているというのだろうか……。
いろいろ考えても埒が明かないと思ったクロノベルトは結局、目の前の棺を開けてみること決める。
(開けるのはいいんだけど、どうやって開けようか……。見たところ鍵穴らしいものはないように見えるけど――)
鍵穴がないということは、余程重要なものが中に入っているのだということになる。ということは、やはりこの棺の中にあるモノが秘宝ということになるのだろう。
問題はこの棺の開け方だ。
とりあえず棺の蓋を押したり引いたりしてみるが、当然の如く開く様子はない。だとすると、それ以外の方法を考えなくてはならない。今までの流れで考えるのなら当然、魔術に関わる何かをすることがこの棺を開ける"鍵"になるのだということが考えられる。
そこまで考えたクロノベルトは石碑した時と同様、棺に魔力を注いでみる。
しかし、今回はいくら経っても棺に変化が訪れることがない。他の方法も試してはみるが、どれも効果が現れることがなく途方に暮れてしまう。
何か見落としていることがあるのかと棺をよく見てみると、さっきまでは気付くことがなかったものを見つけた。ちょうど棺の真ん中あたりに模様が描かれたプレートが埋め込まれているようだ。
(てっきり棺の模様だと思ったけど……、よく見たら何かの文字みたいに見えるような……? いや、待てよ。これを何処かで見た覚えがある――)
何処で見たのかを思い出そうとするが、なかなか思い出すことが出来ない。
(確かに何処かで見た覚えがあるんだけど……。なかなか思い出すことが出来ないっていうことは、小さい頃に見たっていうことか……? だとすると、あの人の所有していた物か屋敷の書庫にある本になるか――)
再び頭を捻り、昔のことを思い出すように回顧する。
父親の遺品については亡くなった時にいろいろと触った覚えがあるのでそこから思い出す。しかし、記憶しているものの中で目の前の模様のようなものがないことを思い出す。まだ隠れているのかもしれない遺品のことも考えてみるが、おそらくだがどれも該当するものはないのだろう。勘というのもあるが、そもそも隠されているものなんだったら今まで見ることもないので該当のしようがないと考えられるからだ。
それならば、屋敷の書庫で見た本ということだろうか、とクロノベルトは考える。
(いろいろな本があったというのは記憶しているが、そんなものはあっただろうか……?)
何分にも読んだのは子供の頃だったので思い出すのに時間が掛かってしまう。頭を抱えながらも考え込んでいると1つだけ、この模様に思い当たる本があったこと思い出す。難読不能な不思議な本のことを、思い出す。
子供ながらの好奇心から父にどういう本なのかを聞いたことがあるが、その父でも分からなかったという本だ。父でも分からなかったという本に興味を抱き、しばらくの間その本について調べた覚えがある。結局、自分の力では解くことが出来なかったというオチまで思い出し、何処か懐かしい気持ちになってしまう。
おそらくあの本に書いてある模様――いや、文字がこの棺に書かれているものだろう。
当時解くことが出来なかったものを今解くことが出来るのかと考え込むが、この話にはもう少し続きがあったこことを思い出した。
確か、自分で解くことが出来なくて使用人や当時寝込んでいた母に聞いて回ったんだったか……。自分の行動力の高さに驚くが、それ以上に方々に迷惑を掛けていたことに呆れが出る。
今はそんなことよりも、その聞いて回った時に本に書かれている文字がどういうものなのかが分かったということだ。それを知ることが出来たのは、母に聞いた時だったか。母が言うには、何でも北の大陸で昔に使われていたという文字だそうだ。母でも全て翻訳出来た訳ではないが、当時はそれでも感激したことを覚えている。
今になって思うと、何故母がそんな文字のことを知っていたのか分からないが、そのことを聞こうにももう聞くことは出来ないので今は置いておくことにしよう。
その時に母に読み方を教えてもらったので簡単な文章なら読めるはずだ。
クロノベルトは当時のことを思い出しつつ、文字をなぞるようにして訳していく。
「えっと……我が最愛の――これは何だったかな? 家族……いや、違うな。友人? ……そうだ、親友か! ――の形? ここに封ずる……『我が最愛の親友の――形、ここに封ずる』か」
何とか記憶にあったことを思い出して訳しすことに成功する。ただ問題なことに、どうにも真ん中の文字が擦れていて何が書いてあるのかが分からないのだ。
だが、これでようやく分かったことがある。
どうやら、この中には誰かが封じられているということ。そして、その封じられているモノというのは、どうやらアインハルトにとって最も大切な人だということだ。
しかし、それだと少しおかしいということに気付く。
何故、信頼しているであろう人物を封じたりするのか。考えられるのは仲違いをしたのか、もしくは危険な魔術を開発したことで封じることになったと考えるのが妥当だろうか……。
いや、それだったらわざわざここに親友だなんてことを書いたりするはずがない。そう考えると、この棺に入っているのは人ではないということになる。あくまで、憶測だが。
だとすると、一体この中には「何」があるというのだろうか……。
せめて、この擦れている文字が何であるのかが分かればいいのだが、全く見当も付かない。
他に何かないのかと考えていると、ふとアインハルトにとって大切な親友が誰なのかということを思い浮かべてみる。
彼の交友関係なんて知る由もないと思えたのだが、1人だけ、心当たりがあることを思い出す。
そう、彼と時を同じくして英雄と呼ばれた人物――ヒルデ・ノートリスというもう1人の英雄のことを――
そして、その英雄について少しだが知っていることがある。それは彼が生前、人形を使役していたということだ。その人形で戦争に大きく貢献したということが広く知れ渡っている。
もし、その話が本当なんだとしたら、ここに入る文字というのは『人』という文字になるのではないか――
問題は、何故アインハルトが彼の人形を封じるようなことをしたのかということだが、それは本人ではないので分かりようもないだろう。
いろいろと考えながらも、クロノベルトは試しに削れていた箇所に人の文字を書き加えてみる。
だが依然として、何かが起こる気配はない。
何かまだ条件があるのかと考えていると、1つだけやることを忘れていたことに気付く。当然封じられているのだからその逆――解呪するための文言を唱えなければいけないことを思い出す。
自分の抜けたところに呆れつつも、改めて目の前の棺を開けるための準備を行っていく。
(ここに来るまでに少し魔力を消費してしまっているけど、解呪するための魔力くらいなら充分余っているはずだ。問題は、中にいる人形がもし危害を加えて来た時だけど……そこはなるようにしかならないだろう)
少し杞憂に思いながらも、クロノベルトは石碑に魔力を注いだ時と同じように、右手を棺へと掲げる。そして、自分の魔力を放り出すように棺へと注ぎ込む。それに加えるように、念じるように封印を解くための言葉を唱え始める。
「――『我が最愛の親友の人形、ここに開放する――』!!」
クロノベルトが唱えたのを呼応するかのように空気は揺らぎ、更には棺の下ではいつの間にか魔方陣が出現していた。それと同時に、自分の身に異変が起きていることに気付く。
(……っ!? ちょっと待ってくれ! 解呪にしては魔力をかなり消費……いや、魔力そのものを吸い取られている!? このままじゃ、封印を解く前に死にかねないぞ!!)
これ以上は危険だと判断したクロノベルトは右手を振り解こうとするが、手が棺に張り付いたようにして離そうにも離れてくれない。一刻も早く引き離さなければならない状況なこともあり、左手も使って無理やり引き離そうと試みる。その甲斐もあって引き離すことに成功するのだが、撥ね退けるのと同時に眩い光に包まれると同時に、何かが砕け散る音と共にクロノベルトは吹き飛ばされるのだった。