碑文の謎2
蔵の中に入ったクロノベルトはただただ驚くばかりだった。
碑文が置いてあることもそうだが、辺りを見回すと見たこともない用途不明の道具が乱雑に置いてあったからだ。1歩踏み出す度にそれらに目移りしてしまうほどの珍しい光景を眺めるクロノベルトに1つの疑問が思い浮かぶ。そして、誰に聞かれることもなくその疑問を口に出した。
「ここにある物ってもしかして――アインハルトが封印した魔導具、なのか?」
そう、クロノベルトの家系は魔導具や呪物といったものを処理する――所謂、封印や解呪といったものを生業とした魔術師の家系なのだ。それらをやり始めたのがアインハルトと言われているが、真偽は定かではない。何故そのような曖昧な言い方なのかというと、そういった書物が残されていないからなのだ。だから、アインハルトがやり始めたのか、それともそれよりも前からなのかは分かりようがないということだ。
そういった物に目を奪われながらも石碑が置かれている場所へと辿り着く。辿り着いたのはいいが、石碑を見たクロノベルトはそのことに違和感を覚える。
その違和感というのは、石碑の状態についてだ。
この場所についてクロノベルトは覚えがないのだが、アインハルトが石碑を残したのだとしたら少なくも200年は経っていることになる。それなのに、見たところ埃を被った形跡や経年劣化している様子は一切ないのだ。いやそれ以前に、ここに入る前から気になっていたのだが、長年放置されていたにしてはやけに綺麗にされているということだ。
それはまるで、誰かがこの場所を守り、管理しているかのように思えるほどのものなのだ。
古い遺跡や古城・古要塞なんかには魔導古人形や魔物がうろついていて、そのままの状態を保っていたり壊れたりしているというのをよく言われている。だから、この場所もそういった場所同様、誰かが管理していると考えられるのではないだろうか?
しかし、一体誰がそのようなことをしているのか、という謎が残る。
使用人の誰かがやっていたのかと考えるが、そういった報告は一切ないことからそれは考えられないだろう。それは朝にアルスとのやり取りで確認していることなので疑いようがない。
だとすると、両親のどちらかがやっていたことなのか……。母親は病弱でそこまで頻繁に動く出来なかったことから考えにくい。それに、早くに亡くなっているので選択肢からは自然と外される。
そうすると、残っているのは父親だけになる。だが、仮にそうなんだとして、石碑についてどう説明するのかということだ。石碑を発見していたのだとしたら碑文の謎を解いていてもおかしくないはずだ。それなのに、謎を解かずに誰かに託すような真似をしているということは、やはり自分が解くことが出来なかったのか条件を満たすことが出来なかった、ということが考えられる。
本当にそうなのだろうか……。
俄かには信じがたいが、実際手紙を寄こし未だに謎が解かれていない現状を考えるとそう考える他ないだろう。
いろいろと不可解な点があって気掛かりではある。だが、いくら考えても答えが出ることがないと思ったクロノベルトは一先ずそのことを頭の隅へと追いやり、碑文の謎に集中することにするのだった。
碑文の内容がどういったものなのか、改めて石碑を見てみる。すると、石碑にはこう書かれていた――
『我が求む《力》を持つ者、その《力》を示せ
さすれば、我が大切な宝授けん
自ずと備わりしモノ
決して切れぬモノ
近くて、遠きモノ
一生の内で手に入るモノ
』
「これ、だけ……?」
碑文を読んだクロノベルトから拍子抜けした声が零れ落ちる。
流石にこれだけではないと思ったクロノベルトは、まだ何か隠されているはずだと思い辺りを見回してみる。石碑の裏やその周り、可能性のありそうなものを片っ端から見て回るが、石碑以外には変わったものを見つけることは出来なかった。それらしいものを何も見つけることが出来なかったクロノベルトは落胆するかのようにその場へと座り込んでしまう。
「まさか、これだけだとは思わなかったな……」
呟くように言う彼からは力強さを感じることが出来ない。それは、単にここへ訪れるまでに体調が悪くなったからというわけではない。彼が力なく項垂れてしまった理由というのは、石碑には宝を手に入れるための謎は書いてあるが、肝心の宝の在り処については全く触れられていないからだ。
確かに、簡単に手に入るものではないということは最初から分かっていただろう。しかし、宝の在り処すらも探し出さないといけないとは思ってはいなかったのだ。それも、全くヒントがないという状態だ。
その事実に、今まで張り詰めていたものが一気に抜け出てしまった、といったところだろうか。気力が萎んで脱力してしまっても無理はないだろう。
人というものは何処へ向かえばいいのか分かっていると安心し、前へと進むことが出来る。しかし、何処へ向かえばいいのか分からないと途端に不安になり、立ち止まってしまう生き物だ。中には"その道"を探すため彷徨う者もいるのかもしれないだろう。だが、結局迷うだけで行く当てを見失い身動きが出来なくなってしまう。誰かがその行く"道"を指し示してくれるのならば話は別なのだろうが、残念ながら今はそういうものに頼れそうにいかないのが現状だ。
宝の在り処が分からず、途方に暮れるのかと思われたがクロノベルトはそれでも何か手は無いかと考える。すると、ふと自分たちがどういう存在なのかを思い出す。いや、今まで当たり前のこと過ぎて失念していたこと――自分たちにしか解くことが出来ない仕掛けのことを。
こういった秘宝は守るためにいろいろな仕掛けが施されていることが多い。それは、初めに碑文という形で謎掛けをしていることからも分かると思う。
そう、仕掛けというものは碑文のような謎以外にも様々な種類が存在している。単純に"鍵"で開いたりする仕掛けや何らかの行動をすることで解けるもの、中には理不尽な要求や特別な人物でないと解けないといった仕掛けなんかもあるのだ。それこそ、重要なものほど二重三重という具合に……。秘宝がどういったものなのかは未だに分からないが、今挑もうとしているものもそういった部類の仕掛けが施されていると考えるのが妥当だろう。
そう考えると、この場合の≪力≫というのはおそらく2つの意味を持ち合わせていることになると考えるのが妥当だろう。
1つ目の意味は、碑文に書かれている秘宝を手に入れるために求められている"力"。これは、どういったものを指しているのかが分からないので謎を解かなければいけないものだ。
そしてもう1つの意味――元々人間に備わっているもので魔術師といった特殊な人物なら自在に扱える"魔力"といった目に見えない"力"のことを指しているのだろう。その魔力をどのように使用するのか、というのがここでの出題といったところだろうか。
魔力を示すのはいいが、いろいろと方法が考えられる。それこそ、少量の魔力で済むものから大量の魔力を消費してしまうものまで存在する。とはいえ、魔力の量も限られているので出来るならば1回で済ませたいところだ。それに、後々のことに備えてなるべく温存しておきたいところだろう。また、外してしまうことで罠が発動してしまう可能性も考えられるので猶更、慎重にどうするのかを考え選択しなければならない。
普段よりも慎重に、クロノベルトは考えを巡らせる。
しばらく考えた結果、まずは碑文に書かれている通りに自身の魔力を石碑へと注ぐことを試すことに決めた。
基本中の基本な魔力の質(現在持ち得る魔力量や単純な強さ、家系によりけりな特殊な魔力など)を示してみるのが一番無難で良い方法だと考えたからなのだ。それに、この方法だと失敗したとしても微々たる魔力量なことと、罠があってもすぐさま対応出来ることから最初に試すのにはもってこいな方法でもあるからだ。
とりあえず、どうするのかを決めたクロノベルトは早速自分の考えたものが正解しているのかを確かめてみることにする。
まずは目を閉じ、軽く息を吐き心を落ち着ける。やがて意を決したように石碑に触れると、自分の内にある魔力を石碑へと注ぎ込むように放出する。注ぎ込めたのを確認したクロノベルトはその後特に何をするでもなく、石碑の様子を眺める。
(……残念ながら外れてしまったみたいだな)
どうやら当てが外れてしまったようだが、クロノベルトは特に落胆することはなく次はどの方法を試すのかを考え始める。
しかし、そんな彼の考えとは別に、設置されていた碑文がゆっくりとずれて下へと続く階段が現れるのだった。
「……なるほど、これほどのものが動くんだったらそりゃあ遅効性だよな。それにしても――まさか、こんなに早く道が開かれるとは思わなかったな。お陰で碑文の謎に専念することが出来るから結果オーライかな?」
何はともあれ、これで問題の1つである宝が安置されている場所への道が開かれたことになったわけである。そのことにクロノベルトは安堵することなく、ようやく肝心の碑文の謎に挑むことになることに気を引き締めるのだった。