ヒルデ
矛盾しているような矛盾していないような、果たしてそれは矛盾と言えるのだろうか…。では、何が矛盾なのだろうか?それはつまり矛盾…って言いたいだけですね、はい。
さて、ちなみに、何が矛盾何でしょうか?あんまり言い過ぎると、後々どうなっていくのかバレるのでこれくらいにしておきます。
小屋の中は薄闇で光が差し込んでいないことから、クロノはヒルデなのかどうか判別出来ずにいた。なので、本当にヒルデであるのか確認するため、その人影に声を掛けてみることにした。クロノの問い掛けに人影は答えることなく、ゆっくりと彼の場所へと向かって歩いてくる。僅かに光が差し込んでいる場所へと通りかかった時、彼の疑惑は確信へと変わる。
写真で見た服装でないことや髪型の違いも見られるが、人影の正体は紛れもなくヒルデその人であった。1つ、大きく変わる点があるとすれば、表情が写真で見た時よりも大分柔らかく優しい顔をしていることだろうか。恐らく彼女もアイン同様、彼の魔術で魂をこの場所に留まらせたのだということが考えられる。
クロノに充分近づいたヒルデは彼の問い掛けを無視するかのように話を進める。
「……貴方は――」
「?」
「一体、誰なのかしら?」
ヒルデが話し掛けた言葉はクロノへと向って発せられたものではなく、明後日の方へと話し掛けられることになった。一体どういうことなのだろうか……。彼女の表情から決してふざけている訳でも、からかっている訳でもないことは分かる。それなら、何故違う場所へと話し掛けたのか……。それではまるで――
「(眼が、視えていない……?)」
まさか、彼女は盲目だったというのだろうか……。それにしては、杖もなしにはっきりと歩いていることが気になる。そのことをクロノは聞いてみることにした。
「あなたの質問に答える前に1つだけお伺いしたいのですが、あなたは眼が視えないのでしょうか?」
「え? あぁ……、そちらに居たのね。ごめんなさい。私の眼が視えていないのかっていう質問だけど、ちゃんと視えているわよ。現に今だって――あれ? 視えて、いない……? 何でかしら……」
とても透き通るような、それでいてどこか芯のある声の持ち主だという印象を受ける。しかしそれと同時に、何処か抜けているような心配になるような印象も見受けられる。日記に挟まっていた写真と見比べてみても、その当時の面影を思わせないくらい柔らかい表情を浮かべている。恐らくだが、アインが彼女をここまで変えることになったんだろう、と容易に考えることが出来た。
そのことにクロノは嬉しくなってしまう。そのことを知るだけでも、彼が日記で言っていた『彼女を殺した』という1文が嘘であるということが実証されるような気がして喜ぶことが出来るのだ。もちろん、今は時間が限られているのでその感情は一先ず置いて、話を進めようとする。
その為にも、もう少しヒルデに近寄って話をしようとした時、突然彼女はクロノを制止する言葉を吐き出す。
「っ! それ以上近寄ってはダメ!!」
「っ……!?(何、だ……。外にいる悪魔に威圧されたような、そんな感覚がする……!?)」
彼女の言葉にはそれほど強い言葉が含まれているという訳ではないのに、ピリピリとこの場の空気がヒリつくような、そんな錯覚に苛まれてしまう。
「ごめんなさい……。どうやら、私に近づこうとすると攻撃を仕掛けなければいけない魔術のようなの。だから、出来るだけこれくらいの距離を保って話をしないといけないみたいだわ。こんな面倒な魔術……、アインくんの仕業かしら?」
ずばり、図星なことにクロノは言葉を返すことが出来なかった。それなりに長く一緒に居たのだからお互いの得意としていること苦手なこと、傾向や癖なんかが分かるのだろう。そして、この魔術に関して大して疑問に思っていないことから、彼女の実力が折り紙付きだということも証明されてしまった。クロノからしたら、規格外過ぎてこんなこと到底真似など出来ないと考えてしまう。
話は戻って、ヒルデは続けるようにしてクロノに語り掛ける。
「とりあえず……、そうね。私に何か用があるんだったら、私が今からする質問に答えてくれないかしら?」
「質問……というと、『貴方は一体誰なのか?』という質問でしょうか?」
「ええ、そうね。聞かせてくれるかしら」
「そうですね。僕は――僕の名前は、クロノベルト・ルイ・コンスタンと申します。こちらからも1つ伺いたいことがあるのですが、あなたはヒルデ・ノートリス卿……、で間違いありませんか?」
「クロノ、ベルト……? まさか……、いえ、でも――」
クロノの名前を聞いた途端、ヒルデは何やら考え込むように頭を捻る。しかし、何事もなかったかのように話を進めようとする。
「いえ、何でもないわ。クロノベルト……うん、いい名前ね! でも、コンスタン、か……。コンスタン名ということは、もしかしてアインくんの親戚か何かなのかしら?」
写真からは想像も出来ないほどの朗らかで穏やかな笑顔をクロノに向ける。そのことにクロノは胸を打たれてしまう。その理由は、当時から表情が変わっただけでなく、このように柔らかい笑顔を向けられるまでになっていることに感激しているのだ。……まぁ、クロノも男なので多少心を弾ませたのは否定できないが……。
そんなことよりも、話が逸れてしまっていることをクロノはヒルデに指摘し、確認する。
「え、あ、その、ありがとう、ございます……? ……っ、じゃなくて! あの、あなたはヒルデ卿……、で間違いないのでしょうか?」
「そうね。確かに私は貴方の言うようにヒルデだけど……、でもヒルデ卿なんて硬い言い方じゃなくてもいいのよ? あの子の親戚か何かなんだったら、気軽にヒルデって呼んでくれていいわ」
「えっと、そうですね……。一応、目上の方ということで、呼び捨てにするのは少し気が引けます。なので、ヒルデさんと呼ばせていただきます。僕のことも、気軽にクロノと呼んでください」
「んー……まぁ、それでもいいわ。それで、あの子の親戚であるクロノくんが、何で私の家にいるのかしら? 何か理由があるからいるのよね?」
ふわふわと惚けたような印象を受けたが、やはり戦争を生き抜いただけあって本質を見抜く能力と瞬時に状況を把握することに長けているようだ。話が早くて助かる所ではあるが、話に入る前に1つだけ訂正しなければいけないと思ったクロノはそのことをヒルデへと伝える。
「すみません。その質問に答える前に1つ、訂正しておかなければいけないことがあります。僕はアインさんの親戚というわけじゃなくて、彼の子孫になるんです」
「子孫……? 子孫、ということは――そっか……。あの子は誰かと結ばれて子供を授かっていたのね……。それで貴方があの子の子孫……、というわけね?」
顔に出ないようにしているが、声のトーンや間の取り方からクロノが子孫だということに落胆しているということが察せられる。そんな変化をみせた彼女に、クロノは申し訳なく思ってしまう。別に、彼がヒルデに本当のことを言う必要はなかったのかもしれないが、話していればいずれ勘付いてしまうのは当然のことだ。それなら、先に明かしていた方が、話が滞ることもないので良い判断だといえる。例え短い期間といえど、信頼関係を築く上で誰かを傷付けるような嘘や偽りを吐くのは避けておいた方がお互いにとっても良いことだと言えるだろう。しかし、それによっては傷付けることになるかもしれないので状況に応じて判断する他ない。今がその状況と言える。
普通の友人関係であるなら、彼女のような反応をすることはないだろう。そう考えると、彼女はアインのことを――
そんな彼女の下世話な話を考えていたクロノは、ヒルデが自分の間近にまで接近していることに遅れて気付く。彼女は特に何かを言うことなく、クロノのことを見つめるようにして眺めている。そのことにクロノは慌てふためき後退ろうとするが、躓いてしまい後ろへと倒れてしまうことになった。
「っ……、うわっ!?」
自分の間の抜けた言動に恥ずかしくなりながらも、クロノはヒルデが何故そんな行動に出たのかを考える。そして、彼女にどういう意図があるのかを問い掛ける。
「え、えっと……ひ、ヒルデさん? いくら今、眼が視えないからといって顔をそんなに近づけるのはどうかと――」
「声――」
「……え?」
クロノの問い掛けに答えることなく、ヒルデは自身が感じたことをポツポツと彼に強く訴えかける。
「さっきからずっと思っていたんだけれど、貴方の声、あの子の――アインくんの声に似ている気がするの。それに、魔力の感じも同等のモノを感じる……。貴方、本当はアインくんなんじゃないの? 子孫なんて言って私をからかおうとするなんて……、ちょっと、酷いんじゃないかしら……」
酷く哀しそうに告げる彼女に、クロノは居た堪れなく思ってしまう。今にも泣き出しそうな彼女に何も返すことが出来ずにいる自分にもどかしさすら感じてしまう。無力で、誰かを支えることすら出来ない自分に嫌気が差してしまう。
「(何で僕は、彼女に声を掛けることが出来なんだろうか……。アインさんならこういう時、どうやって彼女を慰めるんだろうか……)」
自己嫌悪に陥り、グルグル、グルグルと悪い事ばかりを考えてしまっているクロノにヒルデは自身の言葉を否定するようにして彼に謝る。
「ごめん、なさい……。いきなりそんなこと言われても、困るわよね……。貴方は、クロノくんなんだから……。あの子とは違うんだしね。本当に、ごめんなさい――」
「いえ、その……、気にしていませんので謝らないでください」
ただ、その言葉を吐き出すだけでもクロノには精一杯だった。
そんなクロノの心情を知ることがないヒルデは転んでしまった彼を気遣うように声を掛ける。
「えっと、眼が視えないからよく分からないのだけど、転んでしまったのよね? ごめんなさい、いきなり近づいたりして……。……立てるかしら?」
「ありがとうございます……」
クロノを気遣いながらヒルデは彼へと手を指し伸ばす。気遣ってもらったクロノは遠慮することなく、彼女の手を取って起き上がる。しかし、ここでクロノは変な違和感を覚える。だが、その違和感の正体が分からないことと、いつまでも女性の手を取っているわけにもいかないと思い一旦頭の片隅へと追いやることにした。
クロノが立ち上がったことを感じ取ったヒルデは気になったことを彼へと投げ掛ける。
「――確信を持たせるために聞きたいのだけど、貴方のその胸にあるモノ、首飾りなのかしら? それも、アイオライトが装飾された――」
「え、ああ……、はい。そうですが……、それがどうかしましたか?」
いきなり妙な事を聞いてきたヒルデにクロノは困惑してしまう。彼の身に着けている首飾りは確かに不思議な力を持ってはいるが、それ以外は至って普通な何処にでも売っているような代物だからだ。その何の変哲もない首飾りのことを急に訊ねてきたヒルデにクロノはどういう意図があるのかを考える。
ヒルデの方はというと、クロノが肯定した言葉に対して目を大きく開き驚いた様子を見せる。そして、そのことに何やら確信めいたように納得した言葉を吐き出した。
「そう……、やっぱりそうだったのね。貴方の名前を聞いた時から引っ掛かっていた謎が解けたわ。道理で、幽かにだけどあの子の魔力を感じる訳ね」
「え……? それは一体、どういう意味なんでしょうか?」
「……ごめんなさい。話したい気持ちは山々なんだけれど、どうやら時間があまり残されていないみたいなの」
切羽詰まったようにヒルデは自身の手を握ったり開いたりを繰り返して何かを確かめているようだ。彼女の言っていた、"時間が残されていない"というのはもしかすると魂が現世に留まっていられる時間のことなのかもしれない。アインの時よりも遥かに早くなっている制限時間にクロノは焦ってしまう。それもそうだ。これからする会話1つを取っても無駄には出来ない。そのことをヒルデも察したのか、彼を気に掛けるように言葉を掛ける。
「本当にごめんなさい。私が無駄な話をしたばっかりに……。不完全なこの術を解明して私が掛け直せば、もう少しゆっくりと話せる時間が出来るかもしれないのに……。残念ながら、時間を超えてしまうから無理そうね」
こんな土壇場でとんでもなくぶっ飛んだことを言って除けるヒルデにクロノは思考が止まりそうになる。というよりも、魂になっても魔術を扱うことが出来るのだろうか、とクロノはクロノでよく分からないことを考える。探求するのが魔術師の主な目的なので、仕方ないと言えば仕方ない所はある。時と場合によるが……。
変なことを考えながらも、クロノは次にする質問を慎重に考える。聞きたいことが一杯ある中で何を聞くのが一番いいのか。エンテのこと。日記のこと。何故首飾りに反応したのかなど、いろいろある選択肢の中から選び抜かなければならない。
そして、ヒルデの制限時間だけではない。小屋の外には今もエンテがマルコシアスの相手をしている。この小屋に入ってからそこまで時間は経っていないが、外では何度か轟音が鳴り響いていることから早く戻って加勢したいところである。そのことにヒルデも気付いているようで、クロノを焦らせないように声を掛ける。
「……時間がないのはクロノくんも一緒のようね。こういう時は焦ってしまうと碌な答えが出なくなってしまうわ。アインくんの子孫である貴方なら、正しい選択をすることが出来るはずよ」
普通、そんなことを言われてしまっては余計に焦ってしまう所だが、クロノは自身を落ち着けるために両手で自分の頬を叩く。
「(こんなことで焦っていてどうするんだ。エンテは今も頑張ってくれているんだ。僕がしっかりしないと……!)」
ヒルデはそんなクロノの様子を静かに見守っている。大きく息を吐き、平静を取り戻したクロノは選択した答えをヒルデへと問い掛ける。
「時間がないので1つだけ、教えてください。僕は――」
クロノが選び取った選択肢とは――




