芽生え
私は彼と背中越しに話しながら考えていた。
1人であの悪魔とどう戦うのか、ということ――そして、何故だか分からないが、2人で相手をする時よりも心細いと思ってしまうことについて考えていた。そう思ってしまうのは、この男の力なくしてはあの悪魔と対等に戦うことが出来ない、というのもある。しかしそれだけじゃなくて、何だかすごく心細いと思ってしまっているのだ。そう、例えるなら、知らない世界にいきなり1人だけ外に放り出されたような、そんな感覚に苛まれるのだ。一体、どうしたというのだろうか……。何で、今こんなことを思ってしまうのだろうか……?
いくら考えても分からない――だが、今はそんなことを考えるよりも、彼が日記を探しに行ってくれている間に何とかこの場を1人で切り抜ける方法を考えなくては……!
そして、出来るなら2人で――
「いえ、何でもありません……」
彼に、お互い無事にここから切り抜けよう――そんな言葉を掛けようとしたのだが、言葉が詰まってしまって声に出すことが出来なかった。こういう時にも、私の"呪い"は足を引っ張るのか……。そう自己嫌悪に陥っている私に、彼は何気ない言葉を掛けてくる。
「お互い――生きてここから抜け出そう!」
彼にとっては何てことない、いや心から思っている言葉なのかもしれない。それでも、彼の言った言葉は、私の言おうとした言葉に似ていて何故だかとても、嬉しく思えた。そして、彼になら彼女の日記を安心して任せられる――そう思えるのだ。そんな彼に対し、私は大切なモノを託すために言葉を返す。
「、……当たり前です。私を誰だと思っているのですか。彼女の傑作なんですよ? そんなことより……、彼女の日記のこと、頼みましたよ」
彼女の日記だけではない。私は彼の期待に応えるために、必死に生き延びることと考える。生き延びることさえ出切れば、後は彼が何とかしてくれる。他人に任せてしまうのは申し訳なく思うが、今の私にはそれ位しか出来ないのだから……。だから――
「それじゃあ――行くよ!」
私は、私の出来ることを全うしよう。
その想いを胸に、私と彼はそれぞれの役目を果たすために動き出した。
◇
土煙が晴れるより先に、私は悪魔の待っている場所へと赴く。悪魔は意外そうな顔で私を見ると、つまらなそうにあしらおうとする。
「ふむ……、出てきたのはお主だけか。あの者の次の策ということか?」
「そうだ……と言いたいところですが、生憎とあの男は今この場にいませんよ。彼は今――私達の目的のために別行動を取っています」
「クックックッ……、ハーッハッハッ! そんなことをわざわざ言うために出て来たというわけか。だが、そういうことは言わない方がいいのではないか? それに、先程の土煙はあの者の術であろう。それに紛れることなくのこのこと出てくるなど……、お主はそうとうの空けのようだな」
「……確かに、貴方の言う通り、いちいちこんなことを言う必要はないです。ですが、真正面から貴方に言わないと意味がない……。私が――今から貴方の相手をするのだから!」
「フッ、つまらなぬことを……。お主程度、すぐにでも地に堕とすことが出来るのだぞ? それを我がしないのは愉しみが減ってしまうからだ。分かったのなら、さっさと――」
「――怖いのですか?」
「……、何?」
「さっき簡単に負かした小娘に、次は貴方が負けることになるんです。……それが怖いのでしょう?」
「小娘……っ! 言わせておけば、無礼なことを――」
「ルェイン、よい。たかが、小娘の戯言よ。この程度で憤る必要もあるまい」
「戯言かどうかも分からないほど、貴方の目は節穴というわけですか。ふふ、これほど滑稽なものはないですね」
「……さきほどまで、クロノベルトの後ろに隠れていた小娘風情が吠えてくれる。確かに、お主の今の力は1人で挑んできたときよりも強くなっている。だが、あの男のいないお主の力なぞ、たかが知れておる。それでも、我を愉しませることが出来る、と……?」
こちらを試すように、悪魔は私を見下す。今の所、私の時間稼ぎは成功している……。だけど、それだけじゃない。私は、私自身の可能性というモノを試してみたい……!
「えぇ、十分楽しませてあげますよ。飽きるなんて言わせないくらいに……!」
「クックックッ、面白い。なれば、その悉くを燃やし尽くしてくれる!」
そう、これは――私なりの宣戦布告だ!
私の本来の……いや、それ以上の力を出すために自身を追い込む。私が本当に欠陥品でないのなら――彼女の最高作なのなら、これで私の本当の力が出るはずだ。いや、出てくれないと困る。彼女の名誉のために、そして私自身のために、私はこの戦いに挑む。
そうしたいろいろな想いを胸に、私は悪魔へと駆け出す。
まずは、飛び掛かるように上段蹴りを繰り出す。しかし、呆気なく軽々と蹴りを受け止められてしまう。
「……どうした? そのような単調な攻撃では我を愉しませることなど、夢のまた夢ぞ!」
「くっ!」
受け止めるついでに悪魔は私の足を掴もうとするが、そうなる前に私は手を地面に突いてから蹴り飛ばし体勢を整えようとする。そして、距離を離すために後ろへと飛び退く。どうやっても体格差を埋めるのは難しいか……。蹴りを入れるのは本当に隙が出来た時だ。その時が訪れるのかは分からないが、諦めなければ必ず好機が来るはずだ。それまでは拳を繰り出しながら、如何に相手の攻撃を受けずに立ち回ることが出来るかが問題だろう。
正直に言って、彼と戦っている時ですら、悪魔の攻撃を追うことが出来なかった。そんな攻撃を避けることが出来るとは思っていない。避けることが出来ないのなら、受け止めるのか受け流すしか方法がない。それなら、土壇場になってしまうが、彼に教えてもらっていたことを試してみるしかない……!
だが、その方法を試すよりも、攻撃が出来るときに攻撃をしなければ――
「はっ、やあっ!」
「遅い、遅い! そんな鈍い攻撃で我に当てられるとでも思っているのか!」
「くあっ……!」
悪魔の繰り出した拳が再び私の腹部へと入ってしまう。しかし、さっき攻撃を受けた時のダメージとは違い、殴り上げられるまでにはいかなかった。きちんと強化魔術が出来ている証拠だ。……正直に言って、それでも痛いが……。
痛くても、こんな所で動きを止めるわけにはいかない。そう、あの悪魔が私の攻撃を遅いというのなら、もっと"速く"、もっと"読みづらい"攻撃をしなければならない。そのためには、足に、拳に、魔力を集中させろ――! そう、彼が言っていたように、今の私では魔力の切り替えをするのが難しいのなら、1点に集中させてそれを補えばいい。攻撃する時は拳に。逃げる時や避ける時は足に。それが出来ないのなら、攻撃されるであろう場所に魔力を集中させる。そうすれば、さっきよりも動きが良くなるはずだ。
そして、あの悪魔が言ったように、側面から攻撃するのは読みがいいのなら、そうしてやる! さっきよりも速くなった速度で右側部から攻撃する……と、見せかけて左へ飛び退き改めて拳を突き出す。
「だああああぁぁっ!!」
「ほぅ……。さっきよりも少しは速くなったか。だが――それでも、まだ遅い!」
「くぅ!」
真っ直ぐに繰り出された拳に、私は縮こまるように腕で悪魔の攻撃を防ぐ。本当に、痛いな……。だけど、攻撃が来ることが分かっていれば腕に魔力を集中させてさっきよりもダメージを減らすことが出来る。段々とコツが掴めてきたのかもしれない。
この調子でもっと手に、足に、集中して魔力を込めろっ……! それこそ、次は攻撃を当て、攻撃を避けるくらいに――!
「はああああああぁぁぁっっ!!!!」
「威勢は良いが、遅いと言っている! そんなことで我を愉しませることが出来ると思っているのか!!」
「何度も、何度も――!」
攻撃を受けてたまるか!
そう思い、右から放たれる拳を必死で避けようとする。その結果、偶々悪魔の攻撃を避けることに成功する……が、悪魔は即座に体勢を立て直し、再び右の拳を繰り出してきた。
「くふぅ……っ!?」
腹部に魔力を込めることが遅れてしまい、真面に悪魔の攻撃を受けてしまう。だけど、足に魔力が集中していたことから、そこまで吹き飛ばされることはなかった。なるほど、こう対応すればいいのか……。痛みに耐えつつ、私は攻撃を防ぐためのコツを学習していく。
だが、やはり彼の言った通りだった。いきなり実戦で上手くいくはずなんてなかった。今は何故か何とか対応することが出来ているが、現実はそんなに甘くはない。その証拠に、先程までは悪魔に攻撃をすることが出来ていたが、段々とそれも出来なくなって防戦一方になりつつある。
「(あぁ……、こんなことなら、きちんと体術を習得しようとすれば……)」
今更後悔しても仕方がないことを、嫌でも考え付いてしまう。ちゃんと真面目にやっていたら、どうすればいいか分からないことを彼に聞いていたら――そんなことを頭に過ってしまう。
今はそんな下らない後悔よりも、この場を切り抜けるために少しでも悪魔の攻撃に慣れなければならない。今の私にどれぐらい対応することが出来るのか、分からない。分からないけれど、分からないなりにも出来ることがある。それは悪魔の攻撃を防ぎながら、アイツの動きを見て学ぶこと。
そんな当たり前のことすら、私は出来ていなかったのだ。当然、模擬戦で彼に攻撃を当てることが出来ないわけだ。ただ攻撃するだけなら誰にでも出来る。攻撃を当てようと思うのなら、相手の動きをよく見て本当の隙を突かなければいけない。そのために私は速く、重い悪魔の攻撃を防ぎながら隙が出来るのを待つ。
「どうした、どうした、どうしたっ! この程度か! この程度で、我をまくし立てたのか!? お主の煌めきとはこの程度で失ってしまうほど弱きモノなのか!!」
「くっ……!(好き放題、言ってくれますね……!)」
しかし、悪魔の言うことももっともでもある。あれだけ言いたい放題、喧嘩腰で悪魔に戦いを挑んだのにこの体たらくなのだ。そんな不満を漏らしてくるのも納得する。
だけど、私がこれで終わってしまうと思われるのはかなり癪だ!
望み通り、悪魔の挑発に乗ってあげよう。防いでいてようやく見えた好機を手に入れるためにも――私は、振り下ろされた拳をギリギリの所で避けると、そのまま悪魔の右脇腹目掛けて精一杯拳を突き出す。
「はああああああぁぁっ!」
「何っ……!」
そのまま私の拳は悪魔の右脇腹に吸い寄せられるように当た――




