開戦2
エンテが放った拳は確かにマルコシアスを捉え、当てることには成功した。しかし、その攻撃はマルコシアスに致命的なダメージを負わせるほどにはいかなかった。そう、その攻撃は当たったというよりも、彼に受け止められていたからだ。
「っ! この、離してくださいっ!!」
「くく、この状況で離せというのは無理であろう?」
マルコシアスは口を歪めながら、エンテの手を掴んだまま彼女を持ち上げる。そのまま持ち上げられてしまったエンテは身動きが出来ずに無防備な状態を彼へと差し出してしまうことになった。そして、充分持ち上げられた所から、彼女の望み通り解放されることになってしまう。
「(まずい! このままじゃあ、エンテが……!)エンテ! 手でも、足でも、どっちでもいい! 前に出して彼の攻撃を防ぐんだ!!」
「……っ!」
クロノに言われるままエンテは手と足を前へと出して悪魔の攻撃を防ごうとする。しかしそれよりも先に、マルコシアスの拳がエンテを捉え彼女の腹部へと減り込んでしまう。そして、そのままエンテは少し吹き飛んでしまうことになってしまった。
「エンテっ!!」
「…………」
クロノの呼びかけに対して、エンテは答えることはない。無理もない、マルコシアスの攻撃は完全にエンテに入っていたのだ。人間離れした彼の攻撃を受けて真面に立ち上がれるものなどいないだろう……。
だが、そのことにマルコシアスは呆れたように彼等を非難する。
「……下手な芝居はよせ。お主が立ち上がれることを、我が分からなぬとでも思ったか?」
「…………」
「フッ、まだ芝居をするか。ならば、このまま止めとでもいかせてもらおう!」
「くっ……!」
マルコシアスの言うように、エンテはフラフラとよろめきながらも立ち上がることが出来た。一体、どういうことなのだろうか……。
エンテは疑問に思ったことをマルコシアスへと問い掛ける。
「……どうして、分かったのですか?」
「どうして、か。そんなもの、殴った時に肉の感触ではなかったからな。それに、クロノベルトが動かないのはおかしいと思ったのだ。大方、それも作戦の一環なのであろう?」
「くっ……!(そこまで見破られているのか……)」
そう、これもクロノが立てた作戦の1つになる。エンテの攻撃が徹らなかったり、彼に捕まるようなことがあった時の為に予め服の下に小さな鉄板を仕込んでいたのだ。そうすることで、気絶したと見せかけて油断を誘わせることが出来ると踏んだのだが……、残念ながら当てが外れてしまったようだ。勿論、これはクロノが持ってきた道具の1つになる。何でそんなものを持ってきたのか、という問いは無粋である。
しかし、ここで疑問が出てくる。それは、何故マルコシアスがその箇所に攻撃することが分かったのかというだ。攻撃される所が分かっていなければこんな危険な賭けのようことは出来まい。これに関しては、作戦を立てている時にエンテと話していて大体の予想を立てることが出来たという訳だ。それでも危険なことに変わらないが、備えていなかったらただでは済まなかったので予想が当たって良かったと言える。
今までの戦いの流れに対して、マルコシアスは2人を褒めるように口を開く。
「しかし、今のはかなり良かったぞ。戦いとはこうでなくてはならぬ。己の信ずる力を互いにぶつけ合う――これほど、生きた心地がするものはそうあるものではないだろう」
「……そんな馬鹿な思考なのは貴方のような化け物だけですよ」
いくら防御策を講じていたのだとしてもそれなりに痛手を負っているのか、エンテはまだ少しフラフラとしながらマルコシアスに悪態を吐く。そして、マルコシアスから距離を取りつつ、健気にももう1度攻撃するために隙を窺っている。
そんなエンテの悪態に対して、マルコシアスは愉快に笑いながら謙遜とも取れるようなことを口にする。
「クックックッ、そう言ってくれるな。それに、我以上の化け物なぞ、この世には尽きぬほど溢れかえっておる。それこそ、そこな男の祖先とかな」
「……言われてますよ」
「…………」
マルコシアスに指名されるようにクロノは指を差され指摘される。その言葉の裏に、お前もそうだろう、と信じてやまないほどの目で彼に訴えかける。しかし、クロノはそれに対して再び否定するように彼に訴える。
「……買い被り過ぎですよ。僕にはそこまでの力はないです。さっきのも、仕留めるつもりで全力で魔術を使いましたからね。それでも、あなたはまだ立つことが出来ている。それが証拠ですよ」
「フッ、これでも数多の戦人と戦ってきたつもりだ。その我が実力を見誤るはずなかろう。だが――そうか、己の能力を把握していない、ということも捨てきれぬか」
マルコシアスはあくまでも自身の慧眼を信じてクロノの言葉を否定する。どこまでいっても平行線な話にクロノは頭を抱えそうになるのを堪え、次の策を実行するためにエンテに目を配らせる。それというのも、クロノ達の次の作戦というのは実ははすでに始まっている――
彼等の作戦というのは確かに、クロノが要になるような作戦になっている。しかし、それで悪魔に勝てるとはクロノは考えられなかった。どうやって、あの強大な悪魔を出し抜き、平伏させることが出来るのか、と。そこで、彼は考えた。1人で事に当たるよりも、2人で立ち向かえば勝機が見えるのではないか、と……。そう、彼の作戦というのは――
「――貴方の言ったように、準備は整いましたよ! 後は、貴方が決めるだけです!!」
大きな声でエンテはクロノに合図を送る。その掛け声にマルコシアスはエンテを一瞥すると、警戒するようにクロノを見据える。
しかし、警戒するのが遅かったと言わんばかりに、クロノは自身の得意としている術をマルコシアスへと解き放った。
「ありがとう、エンテ! これで……! 悪しき力を持ちし者よ、彼の者の力を封じ給え――六方封縛陣!」
クロノは即座に屈み込むと、右手を地面に突けて術を発動させる。
すると、どうだろうか。さっきまで余裕な顔をしていた悪魔は眉間に皺を寄せ、顔を顰めてしまった。
「っ! なるほど……、確かお主等はこういった術を得意としていたな。久方過ぎて忘れておったわ」
「いくら強大な力を持っている人と言えど、封印術を施されたら堪ったもんじゃないでしょうね! 更に――!」
クロノは攻撃の手を緩めることなく、続けてマルコシアスへと術を展開しようとする。クロノが呪文を唱えるのと同時に、再び地面が崩れて泥状になってしまう。そのまま泥状となった地面に、マルコシアスは足が取られ身動きを制限される。
「地より這い出し者よ、彼の者へと纏わり縛りつけろっ――粘土の、王国!」
唱えた魔術はさきほど発動した粘土の王国のように思える。しかし、今回唱えた呪文はさっきの術式とは違い、その泥状となった地面から蛇のようににょろにょろとした土がマルコシアスへと絡みついていく。そのまま彼を縛り上げるように蛇のような土は硬まってしまった。
それで攻撃が終わったかのように思われたが、クロノは念を押すように更にマルコシアスへと魔術を展開しようとする。
「――転じて連なり纏わりつきし者よ、一層集いて彼の者を圧し潰せっ――粘土の王国!!」
マルコシアスへと纏わりついた土は更に彼へと纏わり絡みついていくと、幾重にも重なって動きを止めることに成功する。だがそれだけで終わることはなく、まだまだ彼へと纏わっていき再び覆っていくことになってしまった。さっきは一瞬で覆ってしまったので薄い土の膜のようになってしまったが、今回のは工夫を凝らし幾重にも重なる分厚い塊へと形成するようにした。そして、それだけに留まらず、このまま土の重圧で圧殺しようという考えもある。
ただでさえ相性が悪い属性というだけじゃなく、今は封印術を施していることから流石のマルコシアスでも無事では済まないと考えられる。
そう、クロノの作戦というのは、自身を囮にしてエンテに封魔陣を書いてもらうことだった。最初にエンテが出遅れていたのはこの作戦を完遂させるためのものでもあった。つまり、どちらも囮であり、どちらもマルコシアスを仕留めるための役割を担っていたというわけだ。
そうして、クロノは今出せる力を思い切り出し切ってマルコシアスを平伏させることに成功する。そのことに、クロノは安堵し大きく息を吐く。
「……終わった。これで僕達の――」
クロノが安心してエンテと合流しようと踵を返そうとした時、土の塊の中から声が聞こえてきた。
「――何を以って終わりと言える?」
「……え?」
完全に動きを封じ、土で重圧しているはずの土塊が見る見るうちに亀裂が生じ始める。その亀裂が生じた土塊から腕が出てくると、その腕は軽々と土の塊を剝がしていく。そうして、次々土を剥がしていくと、土塊からマルコシアスが再び現れる。その彼は傷を負っているどころか、全くの無傷で2人の前に立ってしまうことになった。
「(そんな、馬鹿な……。全力でやっても駄目だっていうのか!?)」
クロノは自分の出せる力を出し切ってもマルコシアスに決定打を与えられないことに絶望しそうになってしまう。そんなクロノをせせら笑うかのように彼の前に立つマルコシアスは、クロノを褒め称えるように口を開く。
「クックックッ、今のは流石にどうなるかと肝を冷やしたわ。なかなかどうして……、愉しませてくれるではないか。さて、次は何を見せてくれる? これでお主の輝きが終わりという訳ではあるまい?」
「(冗談じゃないぞ……! こっちは一杯一杯だっていうのに、向こうは余力を残しているなんて……、正真正銘の化け物じゃないか!? こんな奴にどうやって勝てっていうんだ……)」
正真正銘の化け物であるマルコシアスにクロノは畏怖し、戦慄してしまう。このまま心が折れてしまえばどれだけ楽だろうか、なんて馬鹿げた考えが頭を過っても彼は決して心が折れないように努める。それは、自分がここで折れてしまったらエンテも同様に同じ末路を迎えてしまうからだ。彼女を巻き込むわけにはいかないのでクロノは必死に堪え、次の作戦を考える。
幸いにも、まだ封印術の効果は効いているはずだ。ならば、その間にさっきのありったけの術を上回る攻撃を仕掛ければいい。その為にも、まずは動きを制する――
「地を侮りし愚者よ、その場に――」
「その攻撃はもう受けぬ!」
「くっ……!?」
クロノが術を構築するよりも先に、マルコシアスは地面へと拳をぶつける。地面にぶつかった拳はそのまま大地を割り、地面が迫り上るように隆起してしまう。マルコシアスの動きを縛るどころか、逆に2人の足場を崩してしまうことになった。クロノは距離を取りつつ、マルコシアスの動向を警戒して次の呪文を唱えようとする。
「地より這い出し――」
「受けぬと言っておるだろう!」
瞬時にクロノの間合いへと入ったマルコシアスは、そのまま彼へと襲うようにして拳を突き出す。真面に喰らってしまえば全てが終わってしまう、と察しているクロノは彼の拳を受け流すように払い除ける。しかし、払い除けたはずの拳は即座に向きを変えると、再びクロノへと襲い掛かる。だが、クロノも負けじと払い除けた手と逆の手で再び払い除ける。そして、逃げるようにして全力でマルコシアスから離れようと必死で走る。それを、マルコシアスは涼しい顔で彼を追っていく。
「くそっ! (少しは考える時間をくれよ……!)」
最悪な状況にクロノは悪態を吐いてしまう。考える暇も、間合いを取ることも許さないマルコシアスに次第にクロノは追い詰められていく。そして、とうとうクロノの動きは捉えられ、攻撃が繰り出されようとした時、横から黒い影が割り入るようにして加わる。
「私を、忘れてもらっては困ります!」
「フッ、忘れてなどおらぬさ。些事なので気にも留めなかっただけだ。どれ、もう1度飛んでみるか?」
マルコシアスの拳は軌道を変えると、エンテ目掛けて振り上げられる。そのまま攻撃が当たるかに見えたが、近くにいたクロノがエンテを抱き寄せるようにして彼女を抱える。そして、エンテに合図を掛ける。
「エンテ! 目を!!」
その合図と共に、バッグから取り出した宝石を地面へと叩きつける。すると、宝石は眩い光を発して辺りを照らし出す。
「くっ! 目暗ましか!?」
その間にエンテを抱えたクロノは、マルコシアスから姿を隠すために隆起した地面の影へと身を潜めた。




