碑文の謎1
何かに誘われるようにしばらく歩いていると、そこには案の定といった具合に前からそこに存在していたかのように蔵が建っていた。
(本当に存在していたとは……)
クロノベルトはそう思いながらもこの蔵を目にしてどこか既視感のようなものを感じる。何故そう思ったのかは分からない……。だが、知っているような気がする――そう思えたのだ。
それと、先程から気になっていたのだが、頭が鈍く痛いということだ。それに吐き気も催してしまう。その現象は目の前に建っている蔵に近づけば近づくほど酷くなっていく、ということだ。
「何だ……、この場所はっ――」
吐き捨てるように言葉を吐く。
それでも、彼は目の前に自分が求めているモノがあるのだと信じ、歩を進める。
1歩、また1歩と。ゆっくりと進んでいたが、気分の悪さに耐えられなくなったのか、クロノベルトは膝に手を置くと屈んでしまった。
それは、こんな場所に1秒たりとも居たくないと思ってしまうほどの場所だというのが彼の様子から伝わってくる。
しかし、彼はこんな時でも冷静に考えることが出来た。
彼の考えたこと、それは――この場所に来てから気分が悪くなった原因についてだ。
ここに来るまでには何ともなかったというのに、この場所に近づいてから急に気分が悪くなってしまったこと。ということは、何者かがこの場所へ近づけないように細工したのではないか、と。
例えば、人払いに関する魔術をこの周辺に施しているとか……。そうまでしてこの場所に近づけないようにしているということは、ここには大切な『何か』があるということではないだろうか。そうすると、ここまでのことをしているのにも納得がいく。
問題は、その大切な『何か』が何であるのか、ということだ。
碑文が安置している場所にしては随分と厳重に管理されているように思う。それならば、他に考えられることは――碑文の謎を解いたら手に入るという秘宝だろうか……?
いや、流石にそれはないだろう。
もし盗人や噂で秘宝の存在を知った魔術師たちが強引にこの場所を襲ったとしたら元もこうもないだろう。なので、碑文と一緒に置いておくメリットが全くないのだ。
ここまで考えたクロノベルトは頭を横に振る。今はあれやこれやと考えている場合ではない、と。
全てはこの建物の中に入らないことには分からないということだ。
なら、話は簡単。こんなところで挫けている場合ではない。
そう思ったクロノベルトは口を拭うと、気分の悪くなった体に鞭を打つように目の前の建物へと再び歩みを進めた。
やっとの思いで扉の前まで来たクロノベルトはまず辺りを見回し、様子を伺う。その様子を見るに、どこか警戒しているようだ。
何故即座に入らずにそのようなことをしているのか。それは、ここに辿り着くまでにあったことを考え、他にも侵入者撃退の魔術があるのではないか、と訝しんだからだ。
辺りを見回し、何もないことを確認したクロノベルトはそれでもまだ中に入ろうとはせず、何故か地面の方へと目をやる。そこから更に辺りを見回すと何かを見つけたようで、屈み込むとその"何か"を幾つか手にした。
彼の手にしたものとは――何の変哲もないただの小さい石ころだ。
その手にした石を手にすると、不意に扉へ向かって軽く投げる。当然、石ころは扉にぶつかるとそのまま何もなかったかのように落っこちていった。
その様子を見届けたクロノベルトはようやく安心したのか、再び扉の前に立つとドアノブへと手を伸ばす。
――と、ここで1つ、重要なことが頭を過ぎる。その重要なことというのは、この蔵の鍵のことだ。ここまで来ておいて何だが、そのことをすっかりと失念していたようだ。しかしそもそもの話、取りに戻るにしてもそもそもの鍵の在り処が分からないのであれば意味がない、と考える。
ならば、どうするのか。答えは1つしかない。この扉を吹き飛ばすしかない、と。
我ながら物騒なことを考えると内心苦笑しつつも、とりあえず駄目元でドアノブを回してみる。するとどうだろうか、無用心にもその扉には鍵が掛かっていなかったのだ。
不審に思いつつも改めて扉のノブを掴み恐る恐る開けてみる。
扉を開いた先にはそこにあって当然とばかりに石碑が静かに安置されているのを確認する。
石碑があることを確かめたクロノベルトは緊張が解けたのか、大きく息を吐き出す。依然として気分は優れないが、ここまで来たのだ。それならやることは1つだろう。
そう思ったクロノベルトは意を決し、警戒しながら中へと入っていくのだった。