決闘
というわけで、6章・後編の始まりです。正直に言って、かなり一杯一杯です。
何処まで出来ているのかは、今の所言わないでおきます。下手なことを言って話が詰まってしまってはシャレにならないですからね…。
そこら辺は、明日以降の私が何とかするでしょう。多分。
クロノはエンテの手を引いて前に進み出ると、悪魔・マルコシアスが退屈そうに岩の上に座っていた。先程クロノが行った魔術に対して、マルコシアスからは特に意に介した様子は見られない。それどころか、クロノ達の姿を見るや否、立ち上がって興味深そうな表情で彼らを見据えている。そして、喜びを帯びた声でクロノへと語り掛ける。
「待ちくたびれたぞ。して……、お主等の話は終わったのか?」
「ええ、お陰さまで。だけど、わざわざ待ってもらえるとは思いもしませんでした」
「ふん、我はそのような無粋な真似はせぬ」
マルコシアスの発言にクロノはただただ驚いてしまう。
それもそのはずだ。なぜなら、悪魔というモノは姑息な事をしたり狡賢く狡猾である、と言い伝えられている。その悪魔の口からその行動を否定する言葉が出てきたのだ、驚くのも無理はないだろう。
そのことを、クロノはマルコシアスに確認を取ってみる。
「――悪魔というのは姑息で狡賢いモノと書物には書かれていることが多いですが……、どうやらあなたはそうではないみたいですね」
「お主は何やら勘違いしておるようだが、我らは皆が皆そのようなことをしているわけではないぞ。確かに、そのようなことをする輩もいることには違いないがな。だが、そのようなつまらぬことをせずとも我らは充分に強い。お主もそうなのではないか? ――クロノベルトよ」
マルコシアスは自信を持って高らかに自らの力を誇示する。それだけに留まらず、クロノにも自分と同じ強者であることの確認を取る。
だが、クロノはマルコシアスの言葉を否定するように頭を振る。そして、続けるように自分達がいかにちっぽけな存在なのかを悪魔に説明をする。
「僕は――僕たち人間は、そういうことをしないと、おそらくあなたたち悪魔に勝つことは出来ないでしょう。それほどまでに弱い存在ですからね。だから、さっきもあなたの隙を狙うように魔術を発動させたんです」
クロノの言葉を聞いた悪魔は首を傾げると、彼の言葉を一蹴するように含み笑いをする。
「ふ、奇怪なことを言うな。お主はあの時、別の呪文も放てたはずだ。だが、それをしなかった。それは優に余裕があるからであろう? そのような者が卑劣な真似をせずとも、我に勝つことなど造作もなかろう。現に、あ奴は1人で我を説き伏せたのだからな」
やはり、思っていた通り、アインさんはこの悪魔を説き伏せたようだ。確かに、あの人なら出来ると容易に頷くことが出来る。悪魔の1人や2人、簡単に説き伏せたとしても特に驚くことはない。
だが、自分ではそうはならない。何故なら、手が震えてしまうほどに脅えているのだから……。こうして話を長引かせてどうにか隙を見つけようとしているくらいなのだ。いつ、また戦いが始まってもおかしくないこの状況に酷く脅えてしまっている。
このことはエンテに悟られるわけにはいかない。もしも僕が脅えていると知られてしまったら彼女の絶望は果てしないものになるのだから……。出来ればエンテを連れて逃げ出したい所だが、彼女はそれを望まないだろう。1人ででもここに残って悪魔と戦うことを望む――例え、死んでしまうことになったのだとしても……。
そんな彼女を置いて逃げるくらいなら僕はこの場で死んでしまうことすら厭わないと思う。矛盾しているだろうが、自分の事よりも彼女のことを優先したいと思うのだ、仕方ないだろう。
彼女がいる手前、この勝負に勝つと言った。だが、それは無理なことなのかもしれない。だとしても、少しでも彼女の不安を拭い去りたいと思った。その為ならこんな嘘を吐くくらい訳はない。
少しでも顔に出さないように強がった事を言い続けよう。そうしたら少しは気が楽になるのかもしれない。そうでもしないといつ自分が狂ってしまうのか分からないから……。どうしようもなく緊迫したこの状況にいたら気が気でないくらいに狂ってしまうかもしれないから…………。
そんな、一杯一杯な状態になっている僕に、後ろにいるエンテが突然、指をそっと握り締めてきた。一体、どうしたというのだろうか……?
クロノの指を握ったエンテは彼だけに聞こえるように囁き伝える。
「貴方は、1人ではありません。私がいることを忘れたのですか? だから、貴方1人で脅えなくてもいいですよ」
「……何を、言っているのかな? 僕が脅えているはずが――」
「手……」
「え?」
「手が、震えています。貴方も、あの化け物が怖いのでしょう? 貴方は、私の不安を拭うために矢面に立ってくれている。自分も怖いはずなのに……。ですが、もうそんなことはしなくてもいいです」
エンテはクロノの指を握り締めたまま1歩前に進むと彼を安心させるように声を掛ける。そして、少女とは思えない落ち着いた声音で優しくクロノへと語り掛ける。
「それに、私は貴方にこう言いましたよね? 『自分の身は自分で守れる。だから貴方は自分の事だけ考えていろ』――と。だから、貴方だけ前に立たなくてもいいのです」
その姿に、何処かで見たような銀髪の女性を想起させる。何故、今銀髪の君を思い出したのかは分からない……。だが、指を握って引っ張るエンテの姿がその女性と重なってしまった。
それだけじゃない。エンテの言葉を聞いていると先程まで震えていた手が嘘みたいに収まっていくことが感じ取れる。
この気持ちはなんだろうか……。胸の辺りが暖かくなっていく――そして、本当に2人ならこの悪魔を倒せるかもしれないとさえ思えてくる!
「エンテ……。そう、だね。僕は多分、1人でこの状況を切り抜けようと考えていたのかもしれない……。でも、実際はそうじゃない。きみが隣にいる! それだけで何もかも変わってくるのかもしれない……! だから――僕と、一緒に戦ってくれるかい?」
「……さっきからあの化け物――いえ、獣に言っているでしょう? 私は、何があろうとこの場所を護る、と……。私は元から戦う気でいます!」
「その言葉を聞ければ充分だ! 絶対に彼に勝とう!!」
エンテの覚悟に報いるだけのことはやろう。いや、必ず勝つ為に自分も覚悟を示さなければならない。
そのために知恵を絞り出せ……。絞り出せ……! 絞り出せっ…………!! 2人が無事で、この場所も無事に済むための最善の策を、絞り導き出せ……!!!!
そうして、導き出すことが出来た案に、僕は内心冷や汗をかいてしまう。だが、これしか勝つ方法はないだろう。それならば、出来る限り必死に足掻くしかない。それに、この方法ならエンテの被害は最小限に抑えられるはずだ。それだけでも、試してみる価値はあるだろう。
考えを纏め終えたクロノは目の前で興味深そうに眺めている悪魔を見据え、代価の代替案になるものを提示する。
「あなたに――決闘を申し出ます!!」
「――っ!?」
「ほぅ……」
「貴方は、一体何を言っているのですか!? これは遊びでは――」
「エンテ。ここは僕に任せてくれないかな?」
エンテの言葉を遮るとクロノは続けて言葉を吐き出す。
「あなたはこう言いましたよね? 『代価がなくなったからこの場所を代価に選ぶ』と……。なら、その代価というのは別のモノに変えてもいい、ということになるんじゃないですか?」
「確かに、その通りだが――1つだけ勘違いしているぞ。その代価に見合うモノを代価と選ぶのだ。故に、そう易々と変えられるというものでも――」
「その代価というのを僕の命に変えることは出来るのですか?」
クロノの言葉を聞いた悪魔は目を見開くと、面白いものを見るような表情でクロノを眺める。その言葉に返答するべく悪魔は口を開く。
「無論、それは出来よう。むしろ、その方がこちらとしても好都合だからな。だが、お主の命を差し出したとて、その代価に見合うとは限らぬぞ?」
「差し出すんじゃないですよ。まだ"仮"です。それに、僕の見立てでは代価に見合うはずです。そして、僕はさっきあなたに決闘を申し出る、と言いましたよね。決闘をするのだから勿論"賭けになる対象"が存在します。その賭けの対象――つまり、僕達が負ければ僕の命をあなたに差し出します」
ここでクロノは一旦言葉を区切ると、悪魔の顔を窺う。悪魔の圧力に緊張しながらも、彼は自身に出来る最善の選択を慎重に選ぼうとしている。
そんなクロノの選択を聞くためにマルコシアスは彼に続きを言うように促す。
「ふむ。続けよ」
「……代わりに、僕達があなたに勝つことが出来たのなら、この場所を諦めて素直に帰って頂きたい。この条件なら対等な賭けとして成立します。……あなたの答えが聞きたいです。受けるのか、それとも受けないのか――」
「――さっきから、貴方は何を勝手な話をしているのですか!? 私はそんなことは聞いていませんよ!!」
クロノに任せて静観していたエンテは彼の正気を確かめるために口を挟む。
それもそうだろう。条件が条件なだけに普通の人間なら正気を疑っても不思議ではない。加えて言うのなら、条件も支離滅裂なことを言っていると言っても過言ではないことなのだ。ただ、決闘よりも問題なことは他にある。そのことに彼女自身、そしてクロノでさえ気付いていないのはそれほどお互いに余裕がない証拠なのかもしれない。
言い合っている2人を面白可笑しく眺める悪魔はクロノが指し示した条件を一蹴しようと言葉を返す。
「クックック、やはり奴の子孫なだけあってなかなか面白い奴よ。だが、別に我はお主が示している申し出を受ける必要がないのだぞ?」
「そうでしょうね。そんなことをしなくてもあなたは僕の命を奪うことなんて容易いでしょうね。それほどまでに僕達は弱いですから……。だから、このような申し出をするしかないんです!」
「弱い、か……。謙遜なのか、それとも自信がないだけなのか。いずれにせよ――」
クロノの言葉にマルコシアスは考えるようにして異を唱える。だが、悪魔にとって強弱は関係ないといったようにクロノに決闘の返答をする。
「勝者のみ全てを手に入れられる、か――いいだろう。お主のその申し出、受けようぞ!」
「ありがとうございます。それでは勝敗の決め方は――」
「それは我が決めさせてもらおう。何せお主の申し出を受け入れるのだからな。それくらい、こちらでしても構わんだろう?」
「そう、ですね……分かりました」
書物や伝聞、そして彼と接することで大体の性格が分かったお陰で決闘にまで漕ぎ着けることは出来たが、勝敗の決め方を相手に委ねることになってしまったか……。出来れば、こちらでその条件を決めたかった所だが、変に刺激をして相手の気分を変えてしまう訳にはいかない。それだけは絶対に避けなくてはならない。それに、彼の性格だとおそらく――
「そうだな……我を傷付け、血を流すことが出来ればお主等の勝ち――それ以外、お主等の内どちらか一方が逝けば我の勝ち、というのはどうだ?」
マルコシアスはクロノに確認するために聞いているが、これ以外の条件は認めることはないだろう。その証拠に、挑発するような表情でこちらを見下ろし返答を待っている。
クロノはその条件を聞くと内心で冷や汗を流してしまう。その理由は、こちらが一方的に不利になることが目に見えているからだ。なぜなら、彼はさっきのやり合いでエンテの力量をすでに知っている。そうなると多少厄介なクロノを狙うよりもエンテを狙った方がすぐに勝負を終わらせることが出来ると考えるだろう。
だが、クロノは考える。今まで彼の性格からしておそらくそれはないと言える……。しかし、一概にそうと言い切れるのか、という一抹の不安が過る。
「どうした? これが嫌なのであれば――」
「――っ!?」
考える暇も与えぬ悪魔にクロノは危険な賭けではあるが彼の条件を呑むことに決めた。
「……分かりました。あなたの言う条件を受け入れます。ただ、少しだけこの子と話をしてもいいですか? 勝手に話を進めたことを謝らないといけないので……」
「ふむ……。まあ、いいだろう。先の件もある、なるべく手短に済ませよ」
「ありがとうございます」
マルコシアスに了承を取ったクロノは彼から距離を取るためにエンテを引き連れて歩くのだった。




