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アイオライトの魔導人形(エンテシア)  作者: 七瀬朔夜
第5章 心のふるさと
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おかえり

 明くる朝。

 地図が示している場所へと行く前に、クロノはまずエンテの魔力が戻っているのかどうかを確かめることにした。現地に辿り着いたらどうなるか分からないのだ、今の内に出来ることは済ませておいた方がいいだろう。確認した結果、相変わらず魔力は不安定のままだったが、どうやらいつも通り戻っているようだった。自己申告ということもあり、本当なのか怪しくもあるが、どうなるのかも分からない場所に嘘を吐いてまで付いて来ようとしないだろう。……多分。

 確認を終えたクロノは昨日の内に準備をしていた少し大きめのウエストバッグと、他にもいろいろと装備を身に着ける。いざという時に役に立つものから、携帯食・簡易の救急セットなんかが入っているものだ。現地では何が待ち受けているのか分からないことから、備えるに越したことはないだろう。そもそも、これでも少ないくらいと言える。

 そうこうしながらも、出掛ける準備が整った2人は、南にある森――1度入ったら出られなくなるという迷いの森へと赴くために馬車へと乗り込むのだった。



 馬車に揺られること数時間、目的である迷いの森へと到着する。

 昼間だというのに日の光が差し込むことがないくらいに木々が立ち並んでいるからなのか、外から見ても分かるくらいに中は薄暗い場所になっていた。そんな鬱蒼とした森の中へと躊躇うことなく2人は入っていく。

 馬車の中でもクロノは変わらずにエンテへと話し掛けていたのだが、やはり彼女はそれに応えることはなかった。しかし、森を歩いてどれくらい経っただろうか。今まで何も答えることがなかったエンテからクロノへ話し掛けるような事態に陥ってしまう。

「……さっきもここを通りましたね」

「えっと……、そうだったっけ?」

 (とぼ)けたようなことを言うクロノにエンテは呆れるように溜め息を吐く。彼女が溜め息を吐くのも分かるといえば分かるのかもしれない。何故なら、この森に入ってから、かれこれ2時間くらい同じところをぐるぐると回っているからだ。

 "迷いの森"と呼ばれていることから、入る前に幻術の類が掛けられていると予想して対策はしたはずなのに、とクロノは考え込んでしまう。クロノが考え込んでしまうのには訳がある。その理由というのは、彼の一族は結界術や封印術を得意としている家系だからだ。なので、相手を惑わせるような幻術はそこまで得意にしているわけではない。それなのに、あっさりと幻術に掛かり、(あまつさ)え掛かってしまったと思わせないくらいの実力をしていることになる。確かに、実力は遠く及ばないのであり得るのかもしれないが、それでもそんなことが可能なのか、と懐疑的になっているのだ。

 まぁ、今の論点はそこではない。この幻術をどう打ち破るのか、だ。

 掛けられているであろう幻術をどうしようか考えていると、ふと一瞬ではあるが目の前の景色が揺らだことに気付く。

「(ん? 今、景色が揺らいだような……?)」

 いくら幻術でもそのようなことが起こるはずがないのだが、とクロノは考える。

 考えながらクロノは森の中にいるのに眩しさを感じてしまう。早朝から出掛け、馬車に揺られること数時間。そして、森で迷うこと数時間……、時間は正午を回る頃なのだろう。鬱蒼とした森の中といえど、太陽がちょうど真上になるような時間帯にでもなれば日が差し込んできても不思議ではない。日が、差し込む……。

 クロノはバッグから鏡を取り出すと、景色が揺らいだ場所へと日が差し込むように鏡を調整する。調整を終え、景色が揺らいだ場所へと光を当てると、その場所は何かに遮られるように日の光が途切れてしまった。その出来事に納得するようにクロノは頷く。

「(なるほど……、そういうことか。幻なんだと思っていたけど、()()()()()()()だったんだな)」


 クロノの導き出した答えというのはこうだ。

 恐らくだが、森を中心として鏡のような物を反射する結界を張り巡らせている。当然、反射するのだから森を映し出すことになる。この森を訪れた者は進んでも進んでも同じ場所、そして辺りは木々が変わらず並び立っているのだ。気が気でないだろう。

 加えて、方向感覚を狂わせる魔術を施しているのだろうか。だから、真っ直ぐ進んでいるようにみえてその実、真っ直ぐ進んでいなかったことになるのだ。そのせいで、ぐるぐると同じ場所を進んでしまうようなことになってしまった。常人なら気が狂いかねない(場所)に挑むような馬鹿はそうそういないと言える。これが、この森――この幻術とも思える魔術の正体になる。

 要は――ヒルデ達の家を隠すための結界、その上を鏡のような結界を張って(あたか)も森のように見せかけている。そして、その周りを方向感覚を狂わせる魔術か護符を発動させて辿り着かないようにしていることになる。これほどまでの仕掛けが施されているのならそう易々と破られることも、見つけることも出来ないだろう。

 正体を知ってしまえば何て造作ない……いや、充分頭のぶっとんだ仕掛けなのだが、今はそんなことをツッコんでいる場合ではないだろう。


 クロノは自分の考えが正しいのかを確かめるために景色が揺らいだ場所へと自ら手を伸ばしてみる。すると案の定といったように、何かにぶち当たり触れること出来た。おそらくこの場所に張られている結界だろう。確認が取れたのはいいが、問題はこの結界をどう対処するかだ。

 いくら結界術や封印術に長けているとはいえ、ここまで厳重に施されているものを解くなんてことは早々に出来るものではない。加えて言うなら、クロノは本調子というわけではない。そんな状態でここまでの厄介な結界を1人で解かなくてはならないのだ。いや、仮に本調子だとしてもこれを解くことが出来るのかは怪しい所である。それは、クロノ自身がよく分かっていた。

「(大切な場所なのは分かるけど、こんな厄介なモノをよく残してくれたもんだよ……)」

 厄介極まりないモノを残したアインに頭を抱えながらも、クロノは目の前の結界をどうするのかを必死に考える。

 1番考えられることは、一旦仕切り直して出直すことだろう。ここへ来たのは場所があっているのか、又彼女達の暮らしていた小屋があるのかを確認のために出向いて来たのだ。その目的は凡そ完了していることになる。それならば、1度出直すことも悪いというわけではない。それに、時間は限られているというわけではないのだ。ゆっくりとでも事に当たるのが得策というものだろう。

 そこまで考えたクロノは、自分の力不足を恥じながらエンテに出直すための確認を取ろうと後ろを向く。すると、そこには先ほどまで自分の後ろにいたはずのエンテの姿がなかったのだ。

「(一体何処に行ったっていうんだ……? まさか、こんな場所で迷ってしまったんじゃ――)」

 悪い予感がしたクロノは一気に血の気が引くようにゾッとしてしまう。

 とりあえず、名前だ。名前を呼ばなければ――

「エンテ! 何処にいるんだー! 居たら返事をしてくれっ!!」

 迷ったのだとしても、そうでないにしろ、エンテの名前を呼んで彼女の安否を確認しなくては……。クロノは極めて冷静に勤めながら彼女の名前を呼ぶ。

 内心焦っているクロノとは裏腹に、結界が張られているであろう場所からエンテはひょっこりと顔を出し彼の返事に答える。

「……どうかしたのですか? 何か問題でも?」

 なんて、気の抜けたことをエンテは口にした。それに対して、クロノは信じられないものを見るかのように彼女を見る。そして、そのことを彼女に確認する。

「……えっと、エンテ? 何できみは結界の中に入ることが出来ているのかな?」

 どういうことなのか、我先に結界の中へと入っているエンテにクロノは疑問を口に出す。そもそも、後ろにいたというのにいつの間に前へと進んでいたのだろうか……。

「? 先程から貴方が手を伸ばしているのでこっちへ進むのだろうと思ったのですが……、違うのですか?」

「…………。いや、合っているよ」

 自分の前にいるエンテに驚きながら、クロノはこの結界が()()()()()()なのかを理解する。

 手紙の時もそうだったが、この結界もエンテ(の魔力)に反応しているのだろう。予測出来る範囲だけでも、森の中心を覆うような結界を張っていることが考えられる。それだけならまだ分かる。それだけじゃなく、彼は――アインハルトという男は、人を惑わせるための魔術を仕掛け、更には特定の人物にしか反応しないような結界を張っているのだ。そんな、普通では考えられないような、考えてもしないようなことをやってのけるアインにクロノは考えが追い付かないでいる。しかし、彼なら出来るのだろうと容易に頷けてしまうのだから恐ろしい人物だといえる。

 常人とは到底思えないアインに脱帽しながらも、クロノは結界へと入るためにエンテの了承を得ようとする。

「それじゃあ、進んでみようか。エンテ、手を――」

 クロノはエンテに言いかけようとして止めてしまう。離れないようにエンテの手を取ろうと思ったのだが、彼女のことだ。素直にいうことを聞くことはないだろう。それなら、とクロノは妥協案を彼女へ提案する。

「いや、僕のローブを掴んでてくれるかな? お互い、離れてしまうと危ないからね」

「…………」

 クロノの提案にエンテは渋々といった感じで彼のローブを掴む。そして、2人は警戒しながら結界の中へと入っていった。


 結界の中へと入ると目の前には濃い霧が覆うようにして掛かってきた。首飾りの映像で見た視界が遮られた感覚はこれのことなのだろう。進むために何とかしてこの霧を晴らそうと風の魔術で吹き飛ばそうと試みたが、何度やっても霧が晴れることはなかった。もしかすると、これも侵入者を防ぐためのものなのかもしれない。そうだとすると、彼は3重の仕掛けをこの場所へ施していることになる。エンテの時以上に厳重な仕掛けになるが、アインならここまでのことをするとクロノは察してしまう。アインがヒルデにどういう感情を抱いていたかまでは分からないが、彼は本当に彼女のことを大切に想っていたのだと改めて思い知らされてしまう。

 本来ならば、そんな場所へと赴くのは彼らの思い出を穢してしまうことになってしまうから出来れば避けたいところだ。しかし、今はそんなことも言っていられない。それに、ここはエンテ(彼女)にとっては思い出のある故郷(ばしょ)でもあるのだ。彼女のためにもここに眠っているかもしれない日記をなんとしてでも持ち帰らなくてはならない。

 その為にも――

「(あの子よりも先にこの霧を抜けて、安全なんだと教えないと――!)」

 視界は遮られ足元も覚束ない状態ではあるが、それでも前へと進まなければ。クロノはエンテを想う心を胸に、1歩1歩着実に進んで行く。傍にはエンテもいることを念頭に置いて進まなければならない。

 進むほどに霧が濃くなっていくが、しばらく霧に包まれていたことで少しだが目が慣れてきているのを実感することが出来る。目が慣れてきているとはいっても油断するわけにはいかない。油断しているところを襲われでもしたら堪ったものではない。無論、こんな霧の中で襲ってくるような輩はいないとは思うが、油断しないに越したことはない。そもそも、この霧を発生させている原因をどうにかすれば済むことではあるが、今の彼らにそんな余裕はないと言えるだろう。

 しばらく進むと、濃かった霧が段々と薄まっていくことに気付く。おそらく、ヒルデの小屋(出口)が近いのだろう。そのことを察したクロノは焦ってしまいそうになるのを堪え、ゆっくりと、確実に進んで行く。そして、2人は霧の結界を抜けた――

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