ヒルデの日記
予想以上に長くなった話その3。
いや、この話だけは何でこんなに長くなったのか謎の話です…。
今までと違って今回は魔力がほとんどない状態なんだった、と思ったクロノは急を要すると思い、凝った食事ではなく軽く摘まめる食事を作ることにした。エンテのこともあるが、アルスをこれ以上縛り付けておくのも心苦しい気持ちもあったのでちょうどいいのかもしれない。サクッと軽食を作ったクロノはエンテ達の待つ客間へと急いで向かう。
客間へと辿り着くと、あれから微動だにしていないアルスと、変わらず彼女の膝で眠っているエンテに出迎えられる。アルスの様子にクロノは使用人の鑑だと思いながら、エンテをどうやって起こそうか頭を捻らせるのだった。
「エンテ……、エンテ! ちょっと起きてくれないかな? きみに頼みたいことがあるんだ!」
エンテを揺すり起こそうとするが、全くの無反応で意味をなさない。他に起こす方法と言っても、クロノはそういうことに慣れていないのか、他の方法を考えるために頭を悩ませていた。ディードならそういうことも慣れていると思うので今度教授してもらおうか、と頭の悪いことを考えてしまう。
そこへ、アルスが妙なことをエンテへと口走るように囁く。
「エンテ様、起きてください。貴女の大好きな食事の時間ですよ?」
「えっと、アルスさん。いくら何でも、エンテは食い意地は張っていないんじゃ――」
「ん……? ……んん、んみゃ……??」
「…………」
どういうことか、アルスの呼び掛けにエンテは目を擦りながらも目を覚ますのだった。クロノは呆然としながらも、何か見てはいけないものを見てしまった気持ちになってしまう。エンテのために釈明するなら、魔力切れ状態で食事を摂って魔力を補わなければいけないので起きたのだ。決して、食い意地が張っているという訳ではない――はずだが……。
何だかんだで、目覚めたエンテに食事を摂らせた後は、件の白紙の手紙を彼女に手渡してみた。食事を摂っている最中に事のあらましを伝えたので後は彼女次第、ということになっている。
「――要は、私がこの紙切れに魔力を注ぎ込めば、手紙の内容が分かるかもしれない……、ということですか」
「そうなんだ。……やってくれるかな?」
「……私にとってはどうでもいいモノですが、貴方にとっては必要なモノなのでしょう。いいのですか? 私にそんなことをやらせても」
「……と、いうと?」
「貴方は言っていたじゃないですか。"私の魔力は不安定だ"、と。もし加減を間違えてしまえば、この紙切れがどうなるのか分かりませんよ?」
「うーん……。確かに、きみの魔力は不安定だというのは否めないけど、後はきみに任せるしか方法がないんだ。だから、それをどうするかはきみに任せることにするよ。まぁ、その紙が損失してしまったらその時はその時かな」
「はぁ……。また私任せ、ですか……。まぁ、いいでしょう。やります。私もこの手紙の内容というものに少し興味が出ましたし――」
「ん? きみが何かに興味を抱くなんて珍しいね」
「……喧嘩を売っているのですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、きみが興味を抱くほどのものだということは、この手紙は何か重要なことを伝えようとしているのかな、と思ってね」
「どうでもいいです。とりあえず、私がこの紙に魔力を注いで何かが浮かびあがれば成功した、とみていいんですね?」
「ああ。でも、本当にきみの魔力に反応するかは分からないんだ。だから、何も起こらない可能性もある、っていう事を先に言っておくよ」
「……しますよ、多分」
「? 何か言ったかな?」
「こっちの話です。気にしないでください」
彼女の言動が気になる所だが、今は手紙に専念してもらうためにクロノは何も言わずにエンテの後押しをするような声を掛ける。
「それじゃあ頼むよ、エンテ」
クロノの言葉を聞き届けたエンテは紙に魔力を注ぐために目を閉じ集中をする。集中しながらエンテは失敗するのではないか、と少し心配していた。それは、彼女の適正属性を調べたとき以来、普通に魔力を放出することになるからだ。普段の強化魔術を掛けるのにも一苦労している状態で、あの時のような――いや、あの時以上の魔力を放出し、この紙を原型を留めたままにすることが出来るのか不安に思っていた。クロノには素っ気ないことを言ったが、本当は失敗するのではないかと気が気でなかったのだ。しかし、それ以上に信じてくれた彼のために、何とか成功させるためいつも以上に集中する。
そんな不安に思っているエンテとは裏腹に、クロノは彼女が必ず成功させると思っていた。何故そう思ったのかというと、今までの彼女の積み重ねを直に見てきたからだ。確かに、魔力は不安定だったり、体術では手を抜いていたりしている。だが、今まで真面目に強化魔術を掛けることを怠らなかった彼女なら、それが形になって出てくる頃のはずだ。それも怠っていたら流石に失敗してしまうが、彼女はそこまで愚かではないとクロノは信じている。それは、彼女がヒルデを想う心を知っているからだろう。
余程集中していたのか、数分にも及ぶ瞑想のようなものを経てエンテはゆっくりと放出をした。程なくして、魔力を注ぎ終えたらしく、エンテはゆっくりと目を開け白紙の紙がどうなったのかを確認する。確認しているエンテはいつも通り無表情なのでよく見ないと気付くことは出来ないが、安心して微かに微笑んでいるように見える。恐らく成功したのだろう。
そんな成功したエンテを労うようにクロノは彼女に声を掛ける。
「お疲れ様、エンテ。ちゃんと成功するって思っていたよ」
「……これくらい、当然です。それよりも、貴方はこんなものが欲しかったのですか?」
声を掛けられたエンテはいつもの無表情に戻ると、期待外れだといった感じでクロノへと紙を差し出す。エンテに言われるまま手渡された紙をクロノは見てみることにした。なるほど、彼女の反応も分かる気がするとクロノは思う。何故なら、その紙にはごちゃごちゃとした絵以外は何も書かれていなかったのだ。
「絵、だね。これ以外、何も書いていないのか……。エンテはこの絵に何か心当たりがあったりしないかな?」
「……私に分かるわけないじゃないですか」
「いや、記憶喪失といっても一部だけだろう? それなら、何か見覚えのあるものがないかと思ったんだよ。一応、木がいっぱい描かれていてその中心に☆印があるんだ。ここに何かがあると解釈出来るけど、ここが何処なのか分からないとな……」
「……木? 木が、いっぱい……」
クロノに促されるようにエンテも考え込んでしまう。記憶喪失の彼女に分かりようがないと思われたが、思い当たることがあるかのようにぽつりと言葉を零した。
「木……、ヒルデの――私達が住んでいた所に、木がいっぱいあった……ような気がします。……記憶違いかもしれませんが」
「ヒルデさん達が住んでいた所……、そうか! 1枚目の原点へ帰れというのはヒルデ邸のことを指していたのか。確かに、まだそこが残っているんだったら重要な手掛かりがあるはずだ! お手柄だよ、エンテ!」
興奮気味にクロノはエンテのことを褒めちぎる。そのことにエンテは顔を背けてしまうが、表情から満更でもなさそうなことが伝わってくる。
しかし、絵の内容が何を示しているのか分かった所で重要な問題がある。それは――
「問題はここが何処なのか、だな――」
そう、いくら場所が何を示しているのかが分かっても、肝心の場所が分からなければそこに行くことが出来ないのだ。エンテが考え出した答えに報いたいと思いつつも、クロノにはその場所を特定する術を持ち合わせていなかった。
そんな折、何か気になることがあるかのようにエンテが口を開く。
「……どうでもいいですが、さっきから貴方の胸元が光っているように見えますが」
「え……?」
エンテに指摘されたクロノは慌てて胸元で光っている"モノ"を取り出す。それは、以前にも輝いていた首飾りだった。その輝いている首飾りを見てクロノは驚く。
「これは――! こんなに短期間で輝くとは思わなかったな……」
「――それは……、いえ、そんなはずない」
クロノに釣られるようにエンテも何故か驚いているようだ。驚いている彼女は何処か含みを持たせるようなことを呟いているが、クロノはそれに気付くことなく首飾りを握りしめるのだった。すると、やはりいつも通り、脳裏に数々の映像が流れ込んできた。
――鬱蒼とした木々がこれでもか、というくらいに立ち並んでいる。どれほど歩いてもその木々の迷路から出られないかのような印象を受ける。その木々が見えなくなり、映像が変わるのかと思ったら、何かに視界を遮られているかのように辺りがぼんやりとしてしまう。ぼんやりした映像から晴れると、そこには1軒の小屋が建てられていた。
そこで映像が途切れ、終わったのかと思っていると、1人の少女が目の前に立っていた。その少女は何かを伝えるようにゆっくりと呟いている――
そこで映像は完全に途切れてしまった。首飾りの方も、以前と同じように役目を終えたように輝きを失ってしまう。
今見た映像からクロノは順々に整理するように考える。
まず、鬱蒼とした木々の迷路についてだが、彼には1つだけ心当たりがあった。それは、この都市街から南にそこそこ進んだところにある森のことだ。別名・迷いの森とも言われているから、おそらくその場所なのだろう。映像がぼやけたのは何らかの仕掛けなのだろうということが考えられる。そして、その先にあるのが――
しかし、ヒルデ達の家に辿り着いたとして、どうすればいいのだろうか。映像から、仕掛けがあることが分かっているのであまり長居は出来そうにない。限られた時間で何をすればいいのか……。
そこで、最後の映像に現れた少女――昼間の模擬戦で現れた少女のことを思い出す。少女は何かを伝えようとしていた。その伝えようとしたことがこの1件に絡んでいるのではないか、と思ったクロノはその言葉を必死に思い出そうとする。
《そ……この……つがし…………かの……っきを……して――
そのこのひみつがしりたいならかのじょのにっきをさがして――
その子の秘密が知りたいなら、彼女の日記を探して?》
その子の秘密……。その子というのは、おそらくエンテのことだろう。あの場所にはエンテとクロノ以外にはいなかったのだから……。エンテの秘密、というのは記憶のことだろうか? それとも、何か別の――
あの少女がエンテと関りがあるのかと考えるが、それはないと言えるだろう。もしそうだったのなら、エンテが少女に気付かないのはおかしい。そもそも、何故あの時の少女がエンテのことを知っているのか、だ。……今は考えても答えは出ないのでこの問題は置いておこう。
この手紙がアインからのものなのか、それとも少女からのものなのかも今は置いておこう。
とりあえず、明日にでもこの場所に行ってみようか、とクロノは行動に移す前に考える。エンテもその場所に連れていくのか、と――
ヒルデの日記があるのならエンテも連れて行った方がいいだろう。彼女にとって大事な場所なのだからもしかすると記憶が蘇るかもしれない。しかしそれ以上に、仕掛けがあることから危険が孕んでいることが想定される。そんな場所へ彼女を連れて行ってもいいのか、とクロノは迷ってしまうのだ。
エンテは自分の役目が終わったと言わんばかりに食後の紅茶を飲んでいる最中だった。話すなら今がちょうどいいと思ったクロノは明日実行する予定の計画をエンテに持ち掛ける。
「エンテ。この手紙の全容が分かったんだけど、聞いてくれるかな?」
「……嫌、だと言っても話すのでしょう? というより、そもそもその手紙はイタズラなのではないですか?」
「確かに、僕も最初はそう思ったよ。でも、手の込んだ仕掛けからして悪戯ではないと思う。それと、これは勘になるんだけど、この手紙に書かれていることはきみに関係していることなんだ」
勘というよりはまだ半信半疑なのだが、エンテには昼間の少女のことは伏せておいた方がいいだろう。馬鹿にしていると誤解を招いて話が流れてしまっては元も子もない。
「……いいでしょう。貴方の話を聞きます」
エンテは訝しそうにクロノを眺めるが、内容が気になるのか話を促そうとする。自分に関係している話と言われたのだ、無理もないだろう。
エンテの了承を取ったクロノは手短に彼女へと手紙の内容を説明する。
「さっききみが言ったように、この絵はきみ達が暮らしていた場所を指しているみたいなんだ。そして、その場所というのもおそらく特定出来たと思う。それは、ここからそれなりに離れた場所にある森の中になるんだ」
「…………」
「その森の中――つまりは、きみ達が暮らしていた家に、彼女の……、ヒルデさんの日記があるみたいなんだ」
「……っ! ヒルデの、日記!? それは、本当なんですか!? 嘘ではなく、本当に……」
クロノの言葉に目の色を変えたエンテは勢いで立ち上がってしまう。予想通り……いや、予想以上の反応だ。エンテを釣るためにヒルデの名前を利用するのは申し訳ないが、今回は仕方がない。
クロノはエンテに気圧されそうになりながらも、話を進めるために彼女を落ち着かせようと宥める。
「とりあえず、落ち着いてくれるかな? まだ可能性の話なんだ。それを確かめるために明日、そこに行こうと思っている。――きみも付いて来るかい?」
「愚問ですね。そんなの、付いて行くに決まっているじゃないですか。むしろ、何故そんな無駄なことを聞くのか分かりませんね」
当然だとばかりにエンテはクロノに付いて行くことを告げる。それに対して、クロノはエンテが何処までの覚悟があるのかを試すために自分が予想している不安要素を彼女へと告げることにした。
「1つだけ、問題があるかもしれない……。もし、本当に彼女の日記があるんだとしたら、その場所には何らかの仕掛けか番人のようなモノがあるかもしれない。それは、危険を伴うものになるはずだ。それでもきみは――」
「だから何だというのですか――」
「え?」
「例えそうだとしても、そこに――その場所に、彼女のことを知る手がかりがあるのなら、私はその場所へ行きます! その結果、私が死ぬことになったとしても私は悔いはありません! それに――」
エンテは続けて何かを言おうとしたが、口にしたくないらしく不服そうに口を噤む。しかし――
「(そうか……、そうなんだよな。エンテを試すような真似をしたけれど、そんな必要もないほどにこの子の覚悟は強固なまでに決まっているんだった)」
エンテの固い決意を聞いたクロノは彼女に失礼なことを言ってしまったと申し訳なさそうに項垂れてしまう。覚悟を示してくれた彼女にこれ以上失礼なことにならないために、クロノは顔を上げると彼女の決意に応えるために彼も覚悟を示す。
「そうだね。つまらないことを聞いて悪かったよ。きみも一緒にその場所へ連れて行くよ。それと――例え何があったとしても、きみを"死なす"ようなことはさせないから……!」
「ふん。どうでもいいですが、貴方に守られなくても、自分の身ぐらい自分で守れます。貴方は自分の心配だけしていればいいです。それじゃあ、私は魔力を戻すために眠らせてもらいます」
話は終わりとばかりに彼女は顔を背けると、魔力を養うために自分の部屋へと戻っていく。
まだ信頼関係が築けていない状態で挑むのは不安要素もあるが、それ以上にお互いの目的が一緒なことに何とかなるかもしれないとクロノは期待に胸を膨らませるのだった。




