姉妹
次の小節と合わせて、ここまで長くなる予定ではなかった話その2。
書いてるとつい調子に乗……良くて予想以上に長くなった例です。
気を失ったクロノは自分の部屋で目覚めることになった。外が暗いことから、どうやら長い間気を失っていたらしい。この部屋に運んだのはエンテなのだろうか? いや、体格からして少し無理があるだろう。それに、魔力をほとんど切らしていた彼女にそのような芸当が出来るとも思えない。そうすると、消去法でアルスがここまで運んでくれたと考えるのが正しいのかもしれない。丁寧に手当て(主に顔付近の)がされているのがその証拠だ。
鼻をさすりながらクロノはふと、エンテのことを考える。あれからエンテはどうしたのだろうか、と。彼女の猛攻を受ける前には身体がフラフラとしていたから、おそらく魔力が尽きて倒れてしまっているのだと考えられる。そうすると、彼女もアルスに連れられ自分の部屋で眠っているのかもしれない。そう考えたクロノはまだ覚束ない足取りでエンテの部屋へと向かった。
彼女の部屋の前まで来たクロノはノックをして彼女の不在を確かめる、しかし、返事が返ってくることはなかった。それもそうだろう。もし、魔力が尽きているのなら眠っているのだから返事なぞ出来る訳もない。もし、本当にエンテが部屋で眠っているのなら勝手に入るのは無作法になると思ったクロノは一言断りを入れて部屋のドアを開ける。
「エンテ、入るよ?」
しかし、部屋を見渡しベッドを見てみても彼女の姿を確認することは出来なかった。一体どこに行ってしまったというのだろうか……。魔力が尽きかけだったのでそんなに動くことが出来ないはずだ。アルスがエンテを連れ回すということも考えられない。それなら、まだ庭に居るのだろうか……。一番考えられないことだが、念のためにクロノは庭園に行って確かめてみることにした。
しかし、そこでもやはりエンテの姿を確認することは出来なかった。こういう時、首飾りが何か反応を示してくれるといいのだが、そういう都合の良いモノではないので仕方がない。とりあえず、あと考えられる場所は居間か客間となる。その2つの場所の内、一番可能性が高い場所は――
広々とした居間よりも質素な客間の方がいる可能性が高いと読んだクロノは客間へと足を運んだ。客間へと近付く度、人影のようなものを見受けられた。辺りが暗いので視認しにくいが、月明かりが人影を照らすように差し込んでいたことから、人影の正体はエンテであることを確認出来る。しかし、その傍らには彼女に寄り添うような形でアルスがいたのだ。そのアルスは何をしているのかというと、エンテを自身の膝の上に寝かしつけるようにしている。それも、いつもの仏頂面から考えられないほどの穏やかで慈しみを感じさせる表情でエンテを見つめていた。それはまるで、姉が妹を見つめるような母が子を見つめるような眼差しだったのだ。
アルスの様子から、バツが悪く感じたクロノは一旦引き返そうとそっと踵を返そうとする。しかし、ちょうど建付けの悪い箇所を踏んでしまいキィ……、と床から音が小さく鳴り響いてしまうことになった。小さな音といっても、静寂の中、それも広い屋敷の中なので結構な音が鳴り響いてしまう。
いい雰囲気だった所を、水を差してしまって申し訳ないと思いつつ、クロノはアルス達の元へと向かう。当のアルスは先ほどの表情とは打って変わって、いつものような仏頂面へと戻っていた。そして、クロノを気遣うように声を掛ける。
「……お加減はもう大丈夫でしょうか?」
「お陰さまで。運んでくれたのはアルスさんなんですよね? 手当もしてくれて、すごく助かりました」
「いえ、従者として当然のことをしたまでです。ちょうど庭を通りかかったら2人とも倒れていたので驚きましたよ。……私が言うのは差し出がましいかもしれませんが、あまり無茶なことはしないでほしいです」
「ははは、そうですね。以後気をつけます。エンテも運んでくれたみたいで、ありがとうございます」
感謝し頭を下げるクロノに対し、アルスは眉間に皺を寄せながら苦言を呈する。
「……前から言っていますが、クロノベルト様がわざわざ頭を下げなくても――」
「それより、何でエンテを客間に移動させたんですか? 寝かせるなら寝室の方が良いと思うんですが……」
話を遮るように問い掛けたクロノに、アルスは気にも留めずにその質問を返すように答える。
「いえ、寝室へと連れて行こうとしたのですが、途中で目が覚めて『大丈夫だから』と言ってここまで来られたのです」
「それで、ここで力尽きて眠ってしまった……、と?」
「そのようですね。眠っているところを動かすの心苦しいと思いましたので、ここでこうして眠ってもらっていたのです」
「そう、だったんですか……。それはちょっと悪いことをしましたね。アルスさんにも仕事があるのに……」
「いえ、特に問題はありません。ただ――こういうことをするのは少々懐かしいと思いまして……」
どこか遠くを見るような、それでいて懐かしさを馳せる表情からアルスが思い描いている人物が大切な人だということを感じさせた。今までそのような話を聞いたことがなかったクロノは興味本位から、その人物がアルスにとってどのような存在だったのかを聞いてみることにした。
「今までアルスさんがそんな話をしたことがなかったので驚きました。その人って、妹か弟になるんですか?」
「そうですね。今までそのような話をする機会がありませんでしたので、話すのはクロノベルト様が初めてになります。それから質問の答えになりますが、少々我が侭でしたが妹がいました」
アルスの言葉からその妹の現在を察してしまったクロノは申し訳なさそうに彼女に謝る。
「すみません。変なことを聞いてしまって……」
「いえ、お気になさらずにいて下さい。それに、あの子のことだから何処かで気ままに暮らしているはずです」
「そうですね、そうだといいですね!」
気まずい雰囲気になりそうな所を、クロノはアルスの言葉に笑顔で同意して暗くなりそうな雰囲気を吹き飛ばした。雰囲気を悪くしたくないから上辺だけ取り繕って同意した訳でなく、クロノ自身もそう信じているから素直に頷くことが出来たのだ。それに、心から信じていることが報われないなんて、そんな理不尽なことはあって欲しくないと願いたいからなのだろう。
アルスの話を聞き終えたクロノは改めてエンテを見てみる。変わらずアルスの膝の上で穏やかな寝息を立てて眠っていた。眠りから醒ました時以来に寝顔を見ることになるが、こうして眺めてみると歳相応な顔しているのだと安心することが出来る。普段も年相応に振舞っていれば言うことはないのだが、それを今の彼女に要求するのは酷なのかもしれない。
正直な所、クロノはいつもエンテが無表情なことに怖いと思うことがあった。それは、感情が抜け落ちていることから人形のように思えることがあるからだ。しかし、それ以上に怖いと思うことは、エンテの未来のことを考えると怖いと思えるのだ。以前、彼女と死者を生き返らせることで口論になったことから、彼女の精神状態は非常に危うい状態なのだと理解している。今の所不審なことをしている気配はないからいいが、まだ決して安心出来るとは言えない状態だ。今はとにかく焦らずに彼女の心をゆっくりと解きほぐすようにしなければならない。
いつの日か、エンテが自然な表情で笑い、話し合えるようになるのを願いながら待つ他、出来ることはないだろう。
それにしても――こうして2人の様子を眺めていると、本当の姉妹のように見えてくる。もしくは、親子のようにも思える。そんなことを考えてしまうとアルスに失礼だとは思いつつ、彼女の立ち振る舞いやエンテに対する目配りなど、母親のそれに近いものがあるのでそう考えるのも仕方がないだろう。
クロノは昔を思い返しながらアルスの様相を思い出そうとする。思い返すと、小さい頃から今まで全く老けたような印象は受けない。それなりに年を取っていると思うのだが、そうは思わせないほど若々しい姿を保っていると言えるだろう。
女性に年齢を聞くのは失礼だと思うので聞くつもりはないが、それなりに気になる所ではある。
いろいろ考えつつ、クロノは2人を眺めていると不意にアルスが何かを思い出したのかのように口を開いた。
「そういえば、クロノベルト様が目覚めたら渡そうと思っていたものがあります」
「……僕に? 一体何ですか?」
いつまでも立っているわけにはいかないと思ったクロノは、アルス達の側にあるソファーへと腰を掛けることにした。クロノが座ったことを確認したアルスは懐から1通の手紙を取り出すと、クロノへと手渡す。手渡しながらも、アルスは不気味そうに手紙の差出人についてクロノに問い掛ける。
「差出人についてですが……、一切書かれていないのです。誰か、心当たりになる人はいらっしゃいますか?」




