模擬戦
本当はここまで長くするつもりはなかった話、その1。
書いている内に長くなったってやつです。そこまで重要な話というわけじゃないのに、どうしてこうなった…。
あ、ちなみに予定では、あと大体3万文字くらい書かないと駄目らしいです。自分の計画性のなさに吐き気がしますね。皆さんはこうならないように気を付けてください。いや、本当に……。
模擬戦を始めて1時間ほど過ぎた頃。やはりといったように、エンテはクロノから1本も取ることが出来ずにいた。
クロノはというと、模擬戦をしながらエンテの体術について欠点や改善点、癖などを見つけながら挑んでいた。その結果、まず分かったことは、足捌きがとてつもなく悪いということだ。本来なら両足を広げ腰を落とさなければいけないところなのだが、彼女の場合、あまり足が広がっていなく腰も全然落ちていないのだ。そんな状態ではいくら拳を打ち込んだとしても、拳にあまり力が乗ることなく打ち込むことになってしまう。そんなことでは無駄に体力を消費するだけで、大したダメージを見込めることはない。それだけじゃなく、足を広げないことによって攻めだけじゃなく受けに回った時に上手く立ち回ることが出来なくなってしまうことだ。攻めに回るにせよ受けに徹するせよ、いつでも動きやすいように足を広げておくのは鉄則だとクロノは最初の方に説明している。3週間程度とはいえ、今でもこのように足捌きが悪いということは体術全般サボっていたということになると考えられる。そのことにクロノは内心苦笑するしかなかった。
そして、もう1つ。
教え始めた当初から思っていたことなのだが、魔力がとても不安定なことだ。確かにまだ始めたばかりではあるのだが、強化魔術は"基礎中の基礎"と言っても過言ではない魔術になる。それを未だに安定させることすら出来ずにいるのが今の現状である。才能がないにしても、いくらなんでも今の状態はありえないということを考えていた。それは、その場合を仮定して考えるのなら、大体2週間弱で習得出来るからである。
エンテの問題点を考えていたクロノは1つの可能性を考え付く。それは、エンテに何かしらの障害になるモノがあるのではないか、と思い至ったのだ。そう、もし本当に何かしらの障害があるのであれば、今まで魔術が不安定なことにも容易に頷ける。しかし、その原因となるものとは一体何だというのだろうか……。
考えてみた結果、そのような障害になるものを1つ、思い当たることに気が付く。その思い当たった障害というのは、彼女に組み込まれているという魔導具のことだ。もし、その魔導具が魔力を使うことに何らかの反発を起こすのだとしたら、不安定になったとしても不思議ではないのかもしれない。
そうだとすると、今までやってきていることは無駄になるのだろうか?
考えながらクロノは今も模擬戦を真剣に取り組んでいるエンテを見る。
かれこれ1時間経過したからか、彼女の顔から疲れが見え始めていた。実際には表情こそそんなに変わらないので分かりにくいが、瞼が若干落ちてきているのでおそらく眠くなってきているのだろう。彼女の言う所の眠たさというのは、魔力切れと同義になる。最初の頃に比べると多少魔力切れを起こしにくくなっているとはいえ、流石にもう限界が近いのだろう。おそらく、次の1本で最後になる。そう考えたクロノは彼女の為にも早々に模擬戦を終わらせようと集中することにした。
「はっ、やっ! たぁ!」
疲れが見え始めていてもエンテは変わらず全力でクロノに攻撃を打ち込んでいた。彼女自身も気付いているのか、もう後がないため最初の頃よりも雑な感じになっているのが見て分かるほどだ。そんな今の状態の彼女から1本を取るのは容易いだろう。
エンテが攻撃しようと右足を上げた矢先、彼女の繰り出した右蹴りが見事に空回ってしまう。この隙を狙ってクロノはエンテの左足を払い落としに掛かる。
「なっ!?」
その結果、エンテは体勢を大きく崩してしまいゆっくり落ちるようにして横に倒れ込んでしまう。クロノは透かさず、追い打ちをするように彼女の顔目掛けて拳を繰り出した。しかし、繰り出した拳は彼女の顔には命中することなく、彼女の顔に当たるか当たらないかの位置で止まっていた。
「ふぅ……、これで僕の15戦15勝、だったかな? ……もうきみの魔力も限界が来ているみたいだし、そろそろ――」
クロノはエンテを気遣うように彼女を起こそうと手を差し伸べる。だが、当のエンテは気分が悪そうにその手を払いのけ自力で起き上がる。
「……まだ、やれます。貴方は私の心配をするよりも、自分の心配をしたらどうなのですか?」
「? それは一体どういう意味だい?」
「次こそ私が1本取る、という意味です。模擬戦をする前にした約束を、忘れたとは言わせませんからね」
自信満々に強気で言うエンテの言葉にクロノはただ目を丸くさせるだけだった。今まで負け続けているというのにどこからこんな自信が沸いてくるというのだろうか……?
負けず嫌いの気はあるとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかったとクロノは内心苦笑しつつ感心してしまう。とはいえ、限界なことは事実なので次の1戦で終わることをエンテに伝える。
「やるのはいいけど、次の組み手で終わりにしよう。魔力がなくなって倒れることになったらいけないしね」
「……分かりました」
クロノの言葉にエンテは渋々ながら彼に同意する。僅かながらに眉間に皺を寄せながらエンテは早速強化を掛ける作業に入ってしまう。
クロノは考える。エンテがここまで真剣に取り組む理由は一体何なのだろうか、と。
確かに、これからの為にも魔術を教えると決めたが、正直に言ってここまでのめり込むとは思わなかった。もしかすると、多少なりとも気を許してきている証拠なのだろうか?
いや、それは限りなくありえないと言えるだろう。何故なら、彼女はまだ誰にも心を許していないのだから……。ヒルデを除いて――
大切だと思う人に棄てられ、そして呪れているというエンテの心には底の知れない闇が蠢いているはずだ。想像することしか出来ないが、今の彼女の様子を鑑みると、それがどれほどのものなのか少しは理解出来るのかもしれない。その彼女の抱えている闇を取り除くか和らぐことをしない限り、彼女は誰にも心を開くことはないと言えるだろう。
そんな悲惨な現状にあるとはいえ、彼女はヒルデのことを憎んだり恨んだりせず、未だに信頼を寄せ、心の拠り所にしているのだ。それほどまでに、ヒルデを信じられるエンテの心の強さとは一体何なのだろうか? 一見すると儚げに見える彼女の何処に、そんな強さがあるというのか……。
その強さがあれば僕も"あの人"のことを――
「? どうしたのですか、ボーっとして……。やるなら早くやりましょう」
すでにエンテは準備が終わっていたらしく、いつまで経っても始めようとしないクロノに痺れを切らしたのか、彼に始めるよう声を掛ける。
深く考え込んでいたクロノは意識を戻し、彼女に向き合うために頭を振る。
「よしっ! それじゃあ、最後の模擬戦を始めようか!」
考えていても仕方がない。それに、変にあれこれ考えるよりエンテ自身と組み交わした方が彼女の"強さ"というものが見えてくるだろう。そう考えたクロノは本日最後となるであろう模擬戦へと思いを馳せるのだった。
◆
こうして本日最後となる模擬戦が始まったのだが――模擬戦をしてしばらくしてそれは突然訪れることとなった。
「(女の子……? どうしてこんなところに……。何処かから紛れ込んだのかな?)」
しかし、紛れ込んだにしてはおかしいということにクロノは気付く。それもそのはずだ。屋敷には侵入者が入った時の為に結界が張られている。それなのに、その結界に反応することなくこの場に存在するのはありえない話なのだ。
ならば、アルスがその女の子を屋敷に通したのか、ということも考えられた。だがそれなら、アルスが傍にいないというのはおかしいといことになる。最近は特に忙しくしているが、そこまで職務を怠るような人物ではないことは確かだ。
それなら、最後の可能性――エンテが女の子を事前に呼び込んでいたということになる。だが、エンテに限ってそんなことがありえるだろうか……。いくら考えても答えは出ないと思ったクロノは、エンテに目の前に女の子との関係を聞いてみることにした。
「なぁ、エンテ」
「やっ、はぁっ! 何、ですかっ!」
聞くのは良いが、どう説明したらいいかとクロノは頭を捻らせる。考え込んでいるクロノとは対照的に、エンテは苛立たし気に彼へと食い掛り声を荒げる。
「私の、集中を、乱すために、話しかけなくても……、貴方なら普通に勝てるでしょう!! そんなことよりも、真面目に、取り組んでくださいっ!!」
「――っと、危ない危ない! い、いや、そういうわけじゃなくてね。……、何て言ったらいいのかな。うーん……」
「? 貴方が、言い淀むなんて、珍しいですね。一旦、止めますか?」
いつもと違い、煮え切らないクロノに不思議に思ったエンテは攻撃を止め話を聞く態勢になる。
「いや、悪いね。で、話っていうのは――」
話を円滑になるようにクロノは少女のいる場所を指差してエンテに説明しようとする。しかし、先程そこにいたはずの少女はすでにいなくなっていて、クロノは説明するのに増々困ってしまうことになる。
「あれ? さっきまでいたはずなのに……、何処に行ったんだ?」
「……何を言っているのですか。訳の分からないことを言っていないで真面目に取り組んでください」
「これでも真面目に取り組んでいるんだけどね……って、そうじゃなくて! さっき、あそこに女の子がいただろう? きみが連れて来たんだと思ったけど、違うのかな?」
クロノに聞かれたエンテは彼が指差した周辺を見回す。しかし、クロノの言うようにすでにその女の子はいないためその子を見つけることは出来なかった。彼の言ったことを訝しんだエンテは自身を馬鹿にしているのかと怪しむ。
「……女の子? そんなもの、どこにもいないじゃないですか。もしかして――私を馬鹿にしていますか?」
今はいなくなっているのだから当然の反応ではある。だが、エンテの口振りから彼女が連れ込んだのではないということが分かる。それなら、あの少女は誰だというのだろうか……。
考えても仕方がない。腑に落ちないが、これ以上言ったとしても話が拗れると思ったクロノは模擬戦を再開することにした。
「変なことを言って悪かったね。どうやら僕の見間違いだったらしい。それじゃあ、再開しようか――」
「……次はちゃんと真面目にやってください」
不可解なことを言うクロノにエンテは真面目にするように促す。それにクロノは応えるように静かに頷いて返事をする。
模擬戦が再開してからすぐに、いなくなったと思われた女の子が現れる。その少女は何をするでもなく、さっきと同じようにクロノ達の模擬戦を眺めるだけだった。先程は気付かなかったが、この国では珍しい服装を着ている。何処かで見たような懐かしい服装をしているが、思い出すことが出来ない。
しかし、これで分かったことがある。それは、少女がこの屋敷に迷い込んだわけでも連れ込まれたわけでもないということだ。
だとすると、幽霊なのだろうか……。だが、本当に幽霊なんだとしたら、エンテは気付くはずだろう。それは、魔力を持っている者は少なからずそういった霊的なモノを視ることが出来るからだ。その彼女が誰もいないと言ったということは、そういった類のものではないということなのだ。
クロノは考えながらも少女を警戒しながら眺める。少女は変わらず2人の模擬戦をにこやかに楽しんで見ているだけだった。それが何を意味をするのかは分からないが、少なくともクロノ達を害するモノではないということは分かる。
エンテの相手をしながら少女を見ていたクロノはその少女とばちりと目が合ってしまう。そのことに少女は驚いたように動揺した素振りを見せるが、やがて意を決したように立ち上がりクロノに向かって何か言葉を発する。
「(? 何を、言っているんだ……? そ……この…………かの……?)」
声を出すことが出来ないのか、何を言っているのか見当も付かない。そもそも、エンテの相手をしながらなので、余計に何を言っているのか分からないというのもある。もう一度言ってもらおうと少女に頼もうとした時、少女はとても慌てた様子で叫ぶかのように呟く。
《――危ないっ!》
「(今度は何だ? ……危ない? 一体何が危ないのだろうか……)」
少女から警告を受けたクロノは自分の身に何が起きるのか辺りを見回そうと視線を逸らす。逸らした瞬間、クロノは何が危ないのかを理解することになる。それは、エンテの上段蹴りが自身の顔面に迫っていたのだ。
気付いたのは良かったが時既に遅く、彼女の蹴りは完全にクロノの顔を捕えていた。見事に命中したかに思えたが、既の所でエンテの蹴りを防いだことでなんとか致命的なダメージを抑えることが出来た。だが、そのことで体勢が大きく崩れてしまうことになった。
それを好機と見たエンテは、一気に畳み掛けるようにクロノへと猛攻を仕掛ける。
「だああぁぁぁっっ!!」
「くっ!」
左、右、左、右、左――乱雑だが拳を真っ直ぐ打ち込む。そこから流れるように左回し蹴りをしたかと思ったら遠心力を利用して再び右上段蹴りを入れる。その動きは宛ら、優雅にダンスを踊るかのような動きで繰り広げられた。
確かに、彼女の足捌きや型としてはまだまだなのもしれない。だが、それでも強化魔術が掛けられた状態でそんな攻撃が繰り広げられたのだとしたら流石にダメージ量も違ってくる。
「(まずい! 攻撃を捌き切れないっ……!?)」
体勢さえ崩れていなかったら今のエンテの猛攻は充分捌き切れるものなのかもしれない。しかし、体勢を崩してしまった今、そんな仮定は何の意味もなさない。現に、こうして彼女の思い通りの結果になっているのだから。
体勢を立て直そうにも彼女はそれを許すことはないだろう。恐らく最初で最後のチャンスに全てを賭けているのだ、当然だ。模擬戦を始めた頃と比べると確かに雑になっているが、それでもしっかりと相手に当てるために打ってきていることが分かる。彼女の"魔導具の力"はどういうものか分からなかったが、諦めない心を知ることは出来た。それだけでも充分な収穫だろう。
そのことに満足したクロノはエンテにバレないように自身の強化を徐々に弱めていく。このままやったとしても負けることは必然だ。それなら彼女に花を持たせ、自信を付けさせるのもいいのかもしれない。
案の定といったように、エンテは更に攻撃の手を強める。そしてその猛攻の末、右ストレートが見事にクロノの鳩尾へとに入る。よろめきながら後退るクロノに追撃をするため、エンテは左手を地面に着けてその手を支えに右足で蹴り飛ばす。その蹴りは見事にクロノの顔面に命中し彼はそのまま飛ばされることになってしまった。
飛ばされながら少女が視界へと入る。その子は申し訳なさそうな悲しい表情で「ごめんなさい」と、一言呟いていることが分かった。その表情を見た時、クロノは何かを思い出しそうになる。しかし、打ち所が悪かったらしく、考える間もなく彼の意識は暗転してしまうのだった。




