親友
「……あぁ、俺だ。今日は遅れるから俺が行くまでお前がしばらく指揮してくれないか? ……いや、そうじゃなくて、ちょっと込み入った話があってだな…………、何? 違ぇよ! 友達の話に乗ってるんだ! ……あぁ、そうだ。だから、頼む! ……あぁ、あぁ……分かった。それでいいなら1日付き合ってやるよ
。可愛い部下の為なんだ、それ位引き受けてやるさ。あぁ、それじゃあ頼んだぞ! ……おぅ、終わったらまた連絡入れる」
自分の部下らしい人物に連絡を入れていたディードは話がついたのか、魔導話を切ると改めてクロノに向き直る。そして、クロノに話をするように促す。
「待たせたな。俺の準備はいいぜ!」
「わたしも、大丈夫だよ! ……どういうお話なのかな、クロ君?」
「そうだな、どこから話したらいいんだろう……。……うん。今から2週間前になるんだけど――」
1つ1つ、自分で思い出しながら確かめて2人に語り掛ける。決して忘れることのない濃密な日々の数々を――まず、父親の手紙から始まり、アインハルトと出会い、そしてエンテを託されたこと。そのエンテは、かの英雄であるヒルデが創った人形であること。それだけじゃなく、記憶喪失で呪いをかけられているということ。また、魔術を全く使えなかったことから最近教えていること――包み隠すことなく、今まで自分が見聞きした事実を2人に話した。
「――ということなんだ」
クロノの話を一通り聞いたディードとリシェは呆然と信じられないものを見るかのようにクロノのことを見つめる。やがて、クロノが今説明した話を笑い飛ばすようにディードが口を開けた。
「おいおい。お前にしては珍しく面白い冗談だな!」
この世には"信じられるモノ"と"信じられないモノ"がある。今回の話がそういう部類のモノだ。いくら自分の信頼している友人だろうと、動く人形が実在するだなんて到底信じられないだろう。こういう事態も想定していたクロノは今自分がした話を冗談ということにしよう決めた。
クロノが決意し口にしようとした時、一頻り笑ったディードは気が済んだのか、クロノを見据えると真面目な顔で予想の斜め上のことを口にした。
「――なんて、普通のヤツだったらそう思うんだろうなぁ……。だが、お前の言ったことは本当なんだろ?」
ディードの言った言葉に耳を疑いそうになる。その事実を、恐る恐る確かめるようにクロノはディードに訊ねる。
「僕の言ったことを信じるの……?」
ディードとリシェは目で合図すると、クロノの言ったことに力強く頷く。
「信じるもなにも、あの英雄達が関わってるんだ、嫌でも信じるしかないだろ」
「そうだよねぇ。それに、クロ君がディード君を呼び止めてまで嘘を吐くなんて思えないしね。信じられないことだけど、本当なんだって思うしかないよ」
「おっ、リシェにしては珍しく物分かりがいいな」
ディードは笑いながらリシェのことを茶化し始める。そんな2人の様子を見ているクロノは驚いてしまい言葉が出てこない。
「(本当に、2人には驚かされるばかりだ……)」
こんな与太話にも茶化さず真剣に聞いてくれたり、あまつさえその話を信じてくれる。そんな彼らだからこそ、安心して話すことが出来るし、信頼することが出来るのだと思える。
ついふざけてしまったディードは話を戻すために咳払いをしてクロノに苦言を呈する。
「んん゛! まぁ、なんだ。どうせお前のことだ。俺達に迷惑が掛かるとか、そんなくだらないこと考えてたんだろ。お見通しなんだよ」
「そうだよね。水臭いよ、クロ君。そんなの、全然迷惑でも何でもないんだから……。でも、話してくれてありがとう!」
「いや、こっちこそ。信じてくれてありがとう。ディード、リシェ」
「んだよ。改まって言われると照れるじゃねぇか」
「ふふ。珍しくディード君が照れてるね♪」
「うるさいぞ、リシェ」
「ははは」「ふふふ」
仲良く笑いあいながらも、真面目な話だということもありディードは話の渦中であるエンテについて話題を変えることにした。
「しっかし、あの英雄が創った人形か……。おまけに記憶喪失で呪いがかけられてるだって? 本当の話にしては出来すぎた話だな……」
「出来過ぎって言っても、何年も眠っていたんだから忘れちゃったのかもしれないよ? 呪いだって、受け取り方によっては変わってくるだろうし……。わたしたちはエンテちゃんじゃないから詳しくは分からない。……なんだか、歯痒いね」
困ったようにリシェは肩を落とす。彼女なりにエンテの力になりたいと思っているが、思うようにならなくてもどかしさを感じているのだろう。
「現状、俺達に出来ることはかなり限られてるだろうな。そもそもが、本当に人形なのか、ってことだよ。いや、クロノが嘘を言ってるというわけじゃないぞ? ただ、実感が湧かないっていうか……。一応、表情や性格なんかは冷たい……っていうか、機械的な感じだから納得出来るには出来るがな」
ディードの発言に異を唱えるようにクロノは言葉を返す。
「ディードが言うように冷たいように感じるけど、あの子もそういう風にしたいわけじゃないと思うんだ。それに、話してみると意外と温かい性格をしているよ」
「うん、わたしもそう思うな。今は余裕がなくて心を閉ざしてるだけなんだと思う」
「……それは本気で言ってるのか? はー……、人は見かけによらないっていうが、本当なんだな……。いや、人っていうか、人形か?」
「"人"で問題ないよ。少なくとも、僕はあの子のことを人形というよりは人間だと思って接しているから。だから、出来たら2人もあの子のことをそう思って接してほしい」
「それはいいけどよぉ、何で人って扱いに拘るんだ? 別にそんなに変わんないだろ」
「そこはほら、人形っていうと"物"みたいに思うからじゃないかな? クロ君はあの子と対等な関係でいたいからそれに拘るんだと思う」
「ほぉ……。リシェの言うことももっともだな。物じゃなくて、人か……、納得だわ。まぁ、俺は人だろうが人形だろうが関係ないがな!」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
2人の気遣いに感謝しつつ、クロノはリシェの言っていたことを思い出していた。それというのも、彼女の言ったことには一理あると思ったからだ。人間でも長い間眠っていると記憶が曖昧になったりするように、人形であるエンテもそういう状態なのではなか、と考えたことがある。
だが、その線はどうにも考えにくいところがあるのだ。それは、創造主である彼女の存在を少なからず覚えているということ。そして、呪いをかけられていることを覚えていること。その2つのことを考えると、長い間眠っていたから記憶が曖昧になっているのだということではないと言える。
そうだとすると、やはり記憶の一部を失ってしまっているのだと考える他ない。それならば、一体何が原因でそうなってしまったのだろうか……。その原因というものがどういったものなのかをあれから改めて調べてみた結果、ストレスや心因的なもの、外傷などが当て嵌まるようなのだ。なので、その内のどれかが該当することになる。
外傷は見たり触れたりしても見受けられないことから違うということがいえる。そうすると、心因的なことかストレスが当て嵌まることになる。心因的なものと結び付けていいのかは分からないが、ヒルデに対する想いを考えると少なからず該当するのではないか、と考えられる。だが、その中で一番考えられるのはやはりストレスということになるのだろう。それも、過度のストレスが原因ということになる。どういうことがあれば記憶を失うまでに至るのか分からないが、エンテにとってそれは信じられない現実だということが言える。
そう考えると、本当に記憶を取り戻すことが彼女にとって正しいことなのか分からなくなってくる……。
「……い、クロ……! ……」
考えることに夢中になってしまい、ディードに呼ばれていることに遅れて気付く。そのディードは何故か立ち上がっていて、手を振り上げクロノに何かをしようとしていた。
「……きみは一体何をしようとしているのかな?」
「お、やっと戻ってきたか。何回も呼んでるのに反応の1つもしないから髪を弄ってやろうかなあ、と思ってたところだ」
「呼び掛けに答えなかったのは悪いけど、弄ろうとしないでほしいんだけど……」
苦言を呈しながらクロノはディードの手を払い除ける。その様子を微笑ましく眺めていたリシェはクロノが何を考えていたのかを尋ねる。
「クロ君、何か考え事かな?」
「うーん……。考え事、っていうほどでもないんだけど、あの子の記憶喪失について分かっていることを纏めていたんだ」
「ほぉ……。それで、何か分かったことはあるのか?」
ディードの問い掛けにクロノは肩を竦めながら答える。
「残念ながら何も分からないかな。せめて、あの子から何か聞き出せれば分かることがあるかもしれないんだけど……」
「ん? ちょっと待て……。お前、あのチビから何も聞き出せていないのか?」
ある程度エンテとの関係を察していたディードだが、流石に何も聞き出せていないことに呆れて言葉を失ってしまう。ディードの予想通りな反応にクロノは溜息混じりに現状を話す。
「一応、話し掛けはするけど必要最低限な会話以外はない状態だからね。とても聞き出せるような状態じゃないんだ。あの子からしてみれば、話し掛けられて鬱陶しいと感じているんじゃないかな?」
「そうか……。予想以上に苦労してるんだな」
「苦労している、とは思わないかな。そう思うよりもまずはあの子といろいろ話せるようになりたいと思っているからね。呪いをどうにかするためにも……」
困った顔で話していたクロノは真剣な顔になると、思い悩むように押し黙ってしまった。そんなクロノを見ながら、ディードは彼に呪いについてどういう見解を持っているのかを確かめてみることにした。
「呪い、か……。クロノ、お前はどう思う?」
「どう、って……?」
「いや、本当にそんなもんがあるのかなぁって……。誰かに愛されることも愛することもない、だっけか? どうも胡散臭いと思わないか?」
「うん、わたしもディード君の意見に賛成かな。呪いをかけられているにしてはかなり限定的で意味のあるものには思えない……。本当にエンテちゃんに呪いがかけられているかな、クロ君?」
ディードの言葉に同意し自分なりの見解を伝えたリシェはクロノに真意を問い質す。
「2人の言いたいことは分かるよ。僕もあの子に聞いた時に同じことを考えたからね。だけど、ここ数日あの子と過ごしてみてその考えが揺らぐことがあるんだ。本当に呪いをかけられてるんじゃないか、って……」
「それじゃあ、呪いがかけられてるのかも、かけられていないのかも分からない、っていうのが現状か……」
「少なくとも、僕はそう考えている。だから、かけられてるにしろ、かけられていないにしろ、どう転んでもいいように対策を考えているんだ。そんなものが使われないに越したことはないけどね」
「そうか……。ん? そういえば――俺、アイツに『お前なんか嫌いだ』って言ったんだよな……。呪いがあろうとなかろうと、俺のその一言で傷ついたんじゃないか、アイツ……」
ディードは自分の言った言葉に後悔するように顔を歪め、頭を抱え込む。そんなディードを気遣うようにクロノは彼を励まそうとする。
「あの時はディードが悪いわけじゃないよ。咄嗟だったとはいえ、何も言えなかった僕の責任だ。だから、あまり気にしないでほしい」
「……あぁ、すまんなクロノ。次からは気を付けることにするぜ」
反省して気を取り直したディードはクロノに今後の予定をどうするのか問い質すことにした。
「それで? これからどうするつもりだ、クロノ。お前の考えを聞きたい」
ディードの問い掛けに対してクロノは目を閉じ考える。
エンテとの約束。そして、自分で誓いを立てた言葉。そのどちらも自分にとって大切なものだと思うし、彼女にとっても大切なんだと考えたい……。だからこそ、クロノは自分の考えていることを、目の前の2人にはっきりと表明し覚悟を示そうと試みる。
「僕の考えていること、か……。僕は、あの子がやりたいことを手伝いたいと思っている」
「やりたいことを、手伝う? それって記憶喪失を治すことか? それとも、呪いをどうにかすることか?」
「それもあるけど、叶えられることなら出来るだけ協力したいと思っている。あの子と約束したっていう建前もあるけど、それ以上に僕がやりたいと思っているんだ。だから、全部っていうのが答えかな? ただの押し付けかもしれないけどね」
困った顔で答えているが、決意は変わらないことを目が物語っている。そんなクロノの決意に対して、ディードとリシェはどちらともなく声を揃えて彼に願い出る。
「俺達もそれに協力させろ!」「わたし達もそれを協力してもいいかな?」
「はは、息が合ったな!」
「……ふふ、そうだね♪」
緊張していた空気も、2人が仲良く笑ったお陰で幾分か緩やかになった気がする。勿論、狙ってやったわけではないのは見て分かる通りだ。おそらく、こういった才能があったからこそ、クロノを救うことが出来たのだろう。
しかし、クロノはそんなことはお構いなしに、2人にすかさず異議を唱える。
「いや、そういうつもりできみ達に言ったわけじゃないんだ! これは、僕の――」
「何だ? 俺達じゃ役に立たないって言うのか?」
「そんなわけ、ないだろう……。きみ達にはきみ達のやるべきことがある。これは、僕の問題なんだ。だから……!」
「お前の言いたいことも分かるぜ? だがな、俺達はもう話を聞いてしまったんだ。それで、俺達は何もせず終わりだなんて、それはないだろ?」
「そうだよ、クロ君! わたし達だって、クロ君やエンテちゃんの力になりたい。もう、前みたいなことになって欲しくないから……。だから、わたし達も手伝わせてほしいの!」
「お前が断っても、俺達は無理やり手伝うつもりだ。お前が覚悟を決めているように、俺達の覚悟も揺らぐことはないぜ!」
真剣な眼差しでディードとリシェはクロノを見据える。こうなってしまっては梃子でも動かないことが分かっていたクロノは、頭を悩ませながらもどうするべきかを考える。しかし、考えても彼らの協力を断ることが出来ないと悟ったクロノは観念したように愚痴を零す。
「はぁ……。こうなると分かっていたから、出来れば話したくはなかったんだ……」
「はは、もう遅いぜ! 諦めて俺達の協力を受けることだな!」
「……分かったよ。降参だ。きみ達にも、協力してもらってもいいかな?」
「初めからそう言えばいいんだよ。本当に、お前も強情なヤツだな」
「……きみに言われたくないよ。それと、協力は仰ぐけど、くれぐれも仕事の方を優先してくれよ? それが出来ないんだったら協力の話はなかったことにするから。いいね?」
「……言われてるぞ、リシェ。お前も結構やんちゃなところがあるからなぁ」
「きみに言ってるんだよ、ディード。リシェはそこら辺弁えてるから心配はない……よね?」
クロノは不安そうな顔でリシェを見つめる。クロノに見つめられたリシェは動揺しながら顔を逸らすと、誤魔化すように言葉を返す。
「や、やだなぁ、クロ君。わたしもディード君もちゃんとお仕事はするよ~。ね、ディード君?」
「おぅ! そんなもん当たり前だろ!」
「……はぁ。先が思いやられるよ……」
息の合った掛け声をする2人に、クロノは頭が痛くなる思いで彼らの言動を承諾するのだった。出来るなら、その有り余った体力を仕事で使ってほしいと思っているが、彼らの性格上、それは無理なのだと諦めるほかなかったようだ。




