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ディードリヒ

 せっかく久しぶりに来てくれたのだからと、ゆっくりと話せるようにディードと共に客間へ移動することになった。客間へ向かいながらクロノはディードに粗方の事情を説明した。説明といっても、本当のことを言う訳にはいかないので遠い親戚の子でしばらく預かることになった、と伝えることにしたようだ。ディードに本当のことを言わなかったのは、彼のことを信用していないからという訳ではない。単に、彼に余計な心配を掛けたくなかったからそれっぽい嘘を吐くことにしたのだ。心苦しく思うが、彼にも彼の生活があるのだ、仕方のないことだろう。

 そんなこととは露知らず、ディードはクロノの()()()をすんなり聞き入れていた。

 肝心の話の種になっているエンテはというと――先ほどの出来事ですっかり目が冴えたのか、クロノ達から少し離れたところからちょこちょこと付いて来ている。クロノが親戚と言っても何も反論しなかったことから、彼女もその嘘に乗ってくれたのかもしれない。いや、単に興味がないからだろうか……。

 いずれにしても、いきなり嘘がバレてしまうようなことにならなくて良かったと言えるだろう。



「へぇ、なるほどな。親戚の子か。お前も大変だったんだな。しかも、女の子だろ? よく親が預ける気になったな」

「そこはまぁ、アルスさんがいるからね。エンテもアルスさんに懐いているからそこまで大変でもないんだよ」

「ふーん、そうか。まぁ、何も心配することがないんなら別にいいんだがな」

 ディードは不思議そうにエンテの方を覗見る。すると、そのことに気を悪くしたのか、エンテは近くにいたクロノのローブを掴むとディードから見えないように顔を隠した。

「? どうかした、エンテ? 急に引っ張られたからビックリしたよ」

「……っ! 別に、何でもないです」

 クロノに声を掛けられたエンテは慌てて服から手を離すと、何事もなかったといったように顔を逸す。彼女の様子から考えて、どうやら無意識でやっていたようだ。極めて平静を装っているが、何処となく頬も紅潮しているようにも見える。

 いつもとは違う行動を取ったエンテに驚くクロノだが、彼女にもこんな子供っぽい一面があるのかと思ったら何故だか頬がゆるんでしまいそうになる。(へそ)を曲げそうなので彼女には内密だが……。

「ん? どうかしたか、クロノ」

「いや、何でもないよ。それよりも、伝書を持ってきたのは分かるんだけど、何できみだったんだい? 僕はてっきり違う人が来ると思っていたから」

「本当にヒデぇな!? 流石に傷付くぞ……」

「そういうわけじゃないよ! 役職柄、きみは忙しいだろ? それなのに、しょっちゅうここに来てもいいのか、って言いたかったんだよ」

「…………。クックックッ、そんなに動揺すんなって。お前の言いたいことは分かってるよ。まぁ、確かに忙しいと言えば忙しいが、時間なんて作れりゃいいんだよ。違うか?」

「別に動揺してるわけじゃないよ。きみの場合、時間を作るといってもそんなに簡単なものじゃないだろ? それを言ってるんだよ」

「そこはほら、俺の周りには()()()()ばっかりだからな。意外とどうとでもなるんだよ。だから、お前が心配するほどのことじゃねぇから安心しろ」

「それならいいんだけど……。逆に言うと、迷惑とか掛けてないのかな?」

「俺を何だと思ってんだよ……。そこら辺は弁えているぞ。……多分」

 互いにからかいながら進んでいるとクロノは何かを思い出したかのように急に立ち止まる。

「あっ、そういえば――」

「……ふぎゅっ!?」

 クロノの後ろに付いてきていたエンテは情けない声を上げて彼にぶつかってしまう。

「ごめん、エンテ! 大丈夫かい?」

「…………」

「おいおい、何やってんだよ。……それで、何を思い出したんだ?」

「いや、エンテの紹介はしたけど、きみの紹介はしていなかったと思ってね。……どうしようか?」

「お前なぁ……。まぁ、いいけどよ。そんじゃ、軽く自己紹介といくか! 俺の名前はディードリヒ・フォン・フルンツベルクって言うんだ。いろいろと呼ばれることはあるが、お前の好きなように呼んでくれ! 一応、騎士団にも所属しているから何か困った事があったら何でも相談してみろ!」

 少々いかつい顔から想像出来ないほどの爽やかさでエンテへと言い立てる。しかし、エンテはさも興味を示すことなく、関わってほしくなさそうにディードに返答する。

「……どうでもいいです。私には関係のない話なので」

「なんだよ、可愛げのねぇ奴だな。それとも、最近の子供ってのはこんななのか? 帝都でもこんなのはいないと思うが……」

「はは……、ごめん。後でそれとなく言っておくよ」

 ディードに失礼な態度を取るエンテにクロノは申し訳なさそうに謝る。しかし、ディードはそんなことは気にした様子もなく、反対にクロノを気遣ったことを言う。

「いや、別にいいよ。考えてみりゃ俺らの子供の頃もこんな感じだったと思うしな。逆に、子供らしくていいんじゃねぇか?」

「そうだったかな? でも、ありがとう」

「まぁ、あんまり"やんちゃ"なんだったらその時はちゃんと言わないといけないと思うがな!」

「ふふ、そうだね。そうならないように気を付けておくよ」



 そんなやり取りをしつつ、一行は客間へと辿り着く。辿り着くや否、エンテは2人から離れた場所まで行くとソファーに座り、持っていた本を読み始めた。ディードはエンテの態度を不思議に思いながらも特に気にすることなく備え付けられているソファーへと腰を掛ける。

「それじゃあ、僕はお茶を用意してくるから適当に寛いでて」

「おう! 遠慮なく寛がせてもらうぜ」

 ここで違和感を覚えたディードはクロノにそのことを聞いてみることにした。

「――そういや思ったんだが、アルスさんはいないのか? いつもならお前が訪問者の対応を()()()()()()頃くらいに来てたと思ったんだが……」

「アルスさんなら今日は出掛けているよ。最近出掛けることが増えたんだ。それでいて屋敷のこともちゃんと熟しているんだからすごいよね。……何か用でもあったりした?」

「いや、用という用はないんだが、こう……目の保養がないとな。いつもは野郎ばっかりだから特に」

「ははは。それは残念だったね」

 2人のやり取りをエンテは遠くから本を読みながら時折眺めている。何か気になることでもあるのだろうか。それとも、ただ物珍しいだけなのかは分からない。彼女なりに何か思うことがあるのだろう。

 エンテの視線に気付いたクロノは思いついたかのように彼女へ話しかける。

「そうだ。今日は久しぶりにエンテも一緒にお茶を飲まないかな?」

 クロノから誘われたエンテは何も言わずじーっとクロノを見つめる。やがて、何を答えるでもなくそっぽを向くと読んでいた本へ視線を移した。

 そんなエンテの素っ気ない態度に苛立ちを覚えたディードは突っかかるように彼女に問い掛ける。

「おい、お前。クロノがお前を誘っているっていうのに何も答えない、っていうのはどういうことだ?」

 子供だからということもあり、なるべく言葉を荒げないようディードは冷静を装う。そんなディードをクロノは宥めるように間に入る。

「ディード。いいんだよ、あの子は。ちょっと気難しいところがあるんだ」

「そういうわけにはいかないだろう。気難しいからといってシカトはないだろ。そのままにしたら変わるもんも変わらねぇぞ」

 肝心のエンテはディードの問い掛けに全く答えないどころか、2人のやり取りにすら関心を抱くことはない。話し掛けられたことすらなかったかのように見向きもせず本を読み続けている。エンテのそんな態度に流石に癇に障ったのか、ディードは先程より言葉を荒げてエンテに食いかかる。

「お前……、ガキだからってそんな態度でいいと思ってんのか? 人が話し掛けてるのに無視しやがって……!」

 ディードの再度の問い掛けにもエンテは気にすることなく、ただただ黙り込み本を読んでいる。流石のディードもこれには頭にきてしまったのか、エンテのいる場所まで行くと読んでいた本を取り上げテーブルへ乱暴に叩き付けた。だが、それでもエンテは反応するどころか顔色一つ変えず、何の感情も籠っていない昏い瞳でディードを見つめる。

「こいつ……っ! いくらクロノの親戚だからといってもう我慢ならん……。お前……!」

「ディード! 乱暴は駄目だよ?」

「いや、そこまではしねぇよ! ただ、きつく言って分からせようと思っただけだ」

 いい加減自分に話し掛けてくるディードを面倒に思ったのか、エンテは重く閉ざしていた口をようやく開ける。

「……お茶なんて、いりません。あと、これ以上私に話し掛けないでください。迷惑です」

 気を悪くしているからか、エンテはディードの気遣いを邪険に扱う。そして、机に置かれた本を再び手に取ると何事もなかったかのようにもう一度読み始めるのだった。

「チッ……! はっきり言って、お前のような生意気で常識知らずなガキは嫌いだ!」

「…………」

 厚顔無恥なエンテの態度を見たディードは呆れつつ彼女へ悪態を吐くと、苛立ちながら自分の席へと戻っていった。

 そんな2人を心配しつつも、とりあえずクロノはお茶の準備をしに行くのだった。

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