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記憶の糸1

 アルスが屋敷から出るのを見送ったクロノベルトは他にやることもなかったので一旦、自室へと戻ることにした。

 自室へと向う途中、クロノベルトは手紙に書いてあった内容をぼんやりと思い出していた。

 手紙を読んでから彼が気になっていたのはアインハルトの遺したという秘宝よりも、父が自分に手紙を寄越した意図が気になっていたのだ。



「親愛なる息子へ、か……」

 クロノベルトは自虐めいた声で呟く。

 そんなこと思ってもいない言葉だというのは分かっている。問題は何故、自分に碑文を探し出しその謎を解き明かすように仕向けているのか、ということだ。

 流して読んでいたからあまり内容を覚えていないが文脈から察するに、おそらくギルバートは碑文の安置している場所を知っているのだろうということだ。

 それなら何故、碑文の謎を解き明かさなかったのだろうか? そして、何故今更自分に向けてこのような手紙を寄越したのか。何年も口を利くこともなかったというのに……。

 父は魔術師としての実力は勿論、頭の方もそれなりに聡明な部類の人物だった。そんな人物でも解けない謎だったというのだろうか? 或いは、謎を解くことが出来たがその条件を満たすことが出来なかったか……。

 いや、それも考えにくいだろう。

 なぜなら、(あの人)は地位も、名声も――あらゆるものを欲しいままに手に入れた人だったのだから。

 だから、そんな人物が碑文の条件を満たせなかったということも考えにくい。

(大体、今更僕に何を期待しているっていうんだ。…………いや、初めからあの人は僕に期待なんてしていなかったか。元々家庭を、家族を蔑ろにするような人だったんだ。僕のことどころか母さんですら、あの人にとってはどうでも良かったのかもしれない。そうでなかったらあの時、母さんは――)


 手紙の内容のことよりも父のことを考え出したためか、苛立ちや不快感といったものが胸から込み上げてくるのが分かる。

 あの人に関することになると大抵こうなってしまうのが分かっているのでなるべく避けていたのだが、今回はそうもいかなかった。

 手紙を読むことを促したアルスのせいというわけではなく、自分自身、これで最後だというケジメのつもりで読んだつもりだったが結果としてこうなってしまったのだから世話がない。

「くそっ……!」

 やがて耐えられなくなったのか、クロノベルトはとうとう吐き出すように悪態を吐いてしまう。



 母親が亡くなってから今まで、彼は唯一の肉親である父親を恨まないことはなかった。

 父なら母を救うことが出来たのではないのか? どうして何もしてやらなかったのか?

 恨み、憎み、妬み――そういった嫌悪感からいろいろな負の感情が胸に湧き上がっていくのを覚える。

 それは、世界でも名を馳せるほど腕の立つ魔術師であった父に比べ、その父に認められないどころか自分1人では何も為すことが出来ないという劣等感からか。それとも、家族を捨ててまで地位や名声を手に入れることに執着したことへの憎しみからなのか。或いは、どちらともなのか……。

 いずれにせよ、彼は酷く父親の影に囚われてしまっているのかもしれない。

 その父を見返そうにも、もうすでに亡くなってしまっている。だから、彼が長年胸の内に閊えている蟠りが解消されることはなくなってしまったのだ。



 嫌なことを思い出し気分が悪くなったのか、クロノベルトは吐き気を催す。しかし、吐き出すのを堪え、自分の内にある感情を無理やり押え付けるようにしてその場を済ませようとする。それでも気分は優れないのか、胸元にある首飾り(ペンダント)を手に取ると自分の抱えているものを吐き出すかのように深く息を吐いた。

 その首飾りの形は何かを連想するような不思議な形状をしており、青味の強い菫色の鉱石が装飾されている。

 幼い頃からこの首飾りを身に付けているようで、何度もこの首飾りに助けられているのだ。例えば、心が落ち着かない時や不安に感じた時。その時に首飾りを握っていると段々と落ち着いてくるのだという。

 気のせいや思い込みだと思われるだろうが、彼にとってはそれは現実的なものでとても大切にしている物のようだ。それに、魔術師にとって宝石や鉱石というものは身を守るための武器にも成り得る簡易魔道具でもあったりする。なので、彼の思っていることも強ち間違いではないのかもしれない。

 その不思議な首飾りを強く握り締めると吐き出すかのように呟く。

「僕は、どうしたらいいんだ。…………」

 誰に聞かれるということなく、ぼんやりと呟いた。その様子はまるで何かに縋るかのような、祈りを捧げるような印象を受ける。

「……やっぱりそう何度も都合よく()()()()()が起こるわけないか」

 首飾りを手放すと溜息混じりに一言、そう呟く。どうやら本当に頼っていたようだ。その頼るものがただの石ころなのはどうかとは思うが、彼の言葉からは何やら理由があるような素振りだ。

 何にせよ、当の首飾りは何の反応もしなかったことから当てが外れてしまったことに変わりないだろう。


 久しぶりに嫌なことを思い出しどっと疲れたクロノベルトはベッドへと腰をかけ、乱暴に倒れ込む。そして、嫌なことを忘れるかのように目を閉じる。

 すると間もなくしない内に、彼の意識は夢へと誘われるように深い眠りへと落ちていくのだった。



◇  ◇



 少年は走る。

 この、無限に続くとも思えるような深い暗闇の道をただひたすらに走り続ける。

 何のために走るのだろうか? いつまで走り続ければいいのだろうか? そもそも、この暗闇に出口はあるのだろうか……?

 そう思いながらも、少年は我武者羅に暗闇の中を走り続ける。真っ直ぐ走っているのか、それとも曲がりくねって走っているのか、それは分からない。

 だが、走らなければならないということだけは分かった。



 しばらく走っていると前方に"何か"が見えてくる。その"何か"に気付いた少年はそれに近づくために更に足を速く走らせる。

 近づくにつれ、その"何か"が何なのかが分かってくる。人だ。人が立っているのだ。それが分かった途端、その人物の元に辿り着くことが目的なのだということを思い出す。

 遠くからなので分かりづらいが、髪の長さからその人物は女性のようだ。

 何故その女性の元へ行きたいのかは分からない。だが、その女性の元へ行かなくては行けないということだけは分かった。

 そのことに思い出すと、疲れている身体に鞭打つように少年はその女性の元へと更に駆け出した。しかし、走れど走れどその女性の元に辿り着く事が出来ない。それどころか距離が段々と遠ざかってしまうばかりだ。

 このままでは追いつく事が出来ないと思った少年はその人物を呼び止めるために叫ぶ。

「はぁ、はぁ……、待って!」

 少年の静止が聞こえないのか。それとも、無視をしているのか分からない。

 そうこうする間にも、女性との距離は離れていくばかりだ。これ以上距離が空いてしまったらその女性の元に辿り着けないと思った少年はもう1度女性を呼び止めようと試みた。

「待って……、待ってよ、――――ッ!」

 今度は静止の言葉とともに名前のようなものが口から零れ出ていた。

 すると、その呼び掛けに気付いたのか、女性は少年の方へと振り返る。そして、少年に優しく微笑むと少年に向かって穏やかに言葉を返す。


「あなたなら、きっと大丈夫。だから、…………」



 最後の方は聞き取ることが出来なかったが、それだけを言うと女性の体は淡く光り、少年の前から消えるかのように霧散してしまうのだった。

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