禁忌(タブー)
ここまで読んでくれてありがとうございます!前書きは読んでもらっても飛ばしてもらってもいいです。
今回の小節タイトルを見れば何となく分かるかと思いますが、いろいろと悩んで書いた話になります。いろいろな作品で取り沙汰されている話なのでどう取り扱おうか、というところですね。
非常に難しい話なので人によっては考えや答えが違うかと思います。一応物語上、答えは用意していますが、どれが"正解"というのはあってないようなものです。前の補足でも言ったように、これも考えの1つと捉えてもらえれば嬉しく思います。
それでは、長くなって申し訳ないのでこの辺で終わります。話の続きを楽しんでください!
「さて、魔術について一通りの説明はこれで終わりだ。……今日はもう遅いし、鍛錬をしていくのは明日からにしようか。説明だけになって申し訳ないけど、焦ってやってもいいことにはならないからね。今日は我慢してほしい」
「…………」
クロノの話を聞いているのか聞いていないのか、エンテは先程から変わらず俯いて何やら考え込んでいる。時折クロノの方を見るなどしている所から聞いていいものなのかを悩んでいると言ったところか。やがて、聞くよりほかないと思ったエンテはクロノへと質問を投げ掛ける。
「少し、いいですか?」
「……何かな? 今までの話で何か気付いたことでもあったかい? それか、気になることとか……」
「そうですね、気になっていたことがあります。出来れば正直に、答えて欲しいです」
彼女にしてはすごく勿体ぶったように言葉が詰まっている。そこまで難しい話ということだろうか。或いは、聞くことに躊躇いを感じているのか……。いずれにしても、今までの彼女とは違う雰囲気を漂わせている。
クロノはそんなエンテの雰囲気に呑まれるように、彼女が言葉を発するのをただ待つしかなかった。何より、あまりに真剣な眼差しをしていたので黙って言葉を待つほかなかったといった方が良いだろうか。
しかし、クロノは彼女の言葉に返答してしまったことを後悔してしまうことになる。この時の彼にそれを知る由もなかった。
「貴方の話を聞いていて、魔術は何でも出来ると思ったのですが……違いますか?」
「うぅん……、そうだな。何でも、という訳ではないけれど、ある程度の事なら出来るかな? それこそ、魔術が使えれば日常生活がかなり楽になるくらいにはね。……それがどうかしたのかな?」
「やっぱり、そうですか。それなら――」
エンテは何かを言おうとしたのだが、再び言葉が詰まってしまう。はっきりと言う彼女にしては珍しく言い淀み、微かに息を呑む音が聞こえる。見るからに緊張しているのだということがひしひしと伝わってくる。
そんな状態がどれくらい続いただろうか、やがてエンテは意を決心したようにゆっくりと口を開いた。しかし、その彼女の口から零れた言葉は予想だにしない衝撃的な言葉だった。
「魔術が使えるようになれば――ヒルデは……、ヒルデを生き返らせることが出来ますか?」
そんな予想外なエンテの言葉にクロノは何も返せず言葉に詰まってしまう。何と返したらいいのかを迷っているという訳ではないことは彼の様子から窺い知れる。彼女の求めている答えというものは分かっている。しかし、その答えを言っていいのかどうか、というのを悩んでいるのだ。
例えここで沈黙したとしてもいずれ答えに辿り着くのなら、と今この場で彼女の求めている答えに応えるしかない。そう考えたクロノは言葉を選びながらエンテに返答するのだった。
「……きみの聞きたいこと、というのはそれだけかな? それなら、単刀直入に言うよ。答えは――出来ない。いや、正確に言うなら、出来ないというよりかはしてはいけないんだ」
「……してはいけない? それは一体どういう意味なのですか?」
「死者を蘇生させることは昔から禁じられているんだ。それも魔術が生まれた当初からね。だから、生き返らせることは出来ない。……きみの欲しい答えじゃなくて申し訳ないけれど――」
「何故、禁じられているのですか? 死んだ人を生き返らせることが出来るんだったら、いくら禁じられていたのだとしてもその方法を執りたいと思うのは間違いなのですか?」
「……きみの言いたいことは分かるよ。僕にも、生き返らせたいと思う人はいる」
「だったら!」
「それでも、駄目なんだ。きみはさっき何故禁じられているのか、って聞いたよね? その理由は、死者を冒涜することになるからだ。僕らのエゴで死んでしまった人をこれ以上動かせるわけにはいけない」
クロノはエンテを傷つけないように穏やかに優しく諭す。しかし、当のエンテはそんな思いなど知らないといったようにクロノへと食い掛る。
「死者を、冒涜する……? そんなもの、死にたくなくても死んでしまった人にも同じことが言えるのですか!? 貴方や蘇生させることを禁止にした人も、綺麗事ばかり言うだけでその人の意思を尊重していない……、寄り添ってなんていない! そんなもの、上っ面だけ取り繕っているだけ……、欺瞞ですよ!!」
「……確かに、きみの言うことも一理あるよ。だとしても、死んでしまった以上、僕達が手を出すのは間違っている。それが不慮の死を迎えてしまった人なのだとしてもね。僕達がその人たちに出来ることは彼らを安らかに休ませてあげること――ちっぽけだけど、それだけしかないんだ」
「何ですか、それは……。そんな安っぽいことをして自分を慰めて何になるんですか。そんなことをするくらいなら、私は禁忌に手を染めてでも彼女を――」
今にも感情が爆発しそうなエンテを制するようにクロノは強めの口調で彼女の発言を阻む。
「1つだけ、言っておこう。きみが今口に出して実行しようとしすることはただの善意の押し付けでしかない。いや、人によっては悪意を降りかけるだけにしかならない」
「――だから、何ですか……」
「え?」
「彼女が――ヒルデが生き返るのなら、私は悪にだって何にでもなります! 恨まれても、憎まれても……、例え嫌われたとしても! 彼女が生きてさえいれば!! 彼女は、死ぬべき人じゃなかった!!」
「エンテ……、きみは、そこまで彼女のことを……」
エンテのあまりの気迫に、熱情に、クロノは押し黙ってしまいそうになる。しかし、ここで折れてしまって彼女が禁忌に手を染めてしまうのを黙って見過ごしてしまったら取り返しのつかないことになってしまうのは目に見えている。それならば、取る手段は1つだけだ。卑怯な手かもしれないが、彼女を止めるにはこの方法しかないのだから……。
「……きみが禁忌に手を染めるのを黙って見過ごすわけにはいかない。もし、本当に死者を蘇生させるつもりなら、きみの行動を制限させてもらう。それこそ、最後の手段としてもう一度封印することも辞さないつもりだ」
「本当に、勝手な人ですね……貴方は。私を起こしたのかと思えば、次は封印ですか。これだと、私の記憶や呪いをどうにかするなんて話も怪しいものですね」
「心配しなくても、その約束は守るつもりだ。ただ、今きみが考えていることを看過することは出来ないからそういう手段を取る、っていう話だよ。それで――どうするんだい? 今ここで制限をかけられるか、それともその考えを諦めるのか」
クロノに問われるエンテは恨みがましく彼を睨みつける。しかし、そんなことをしてもこの状況を覆すことなんて出来ないと分かっているエンテはあっさりと諦めて発言を撤回するのだった。
「貴方の指示に従います。彼女を生き返らせようなんてことはもう考えませんよ」
「……本当に、諦められるのかい? そんなに簡単に捨て切れるものではないと思うけれど……」
「制限を強いられるくらいならこの想いは消し去ります。初めからそんなことが出来ないと思えば、忘れることなんて簡単ですよ」
「今この場を収めるためのでっちあげじゃないよね? 口ではなんとでも言える」
「くどいですよ。1人で出来ることなんてたかが知れています。そこまで私は愚かではありません」
「……分かった。そこまで言うならきみを信じるよ。そして、この話はこれで終わり。それでいいね?」
「…………」
「それじゃあ、暗くなってきてるし、屋敷に戻ろうか」
話を終えた2人は屋敷へと向けて歩を進めた。来る時はエンテに話し掛けていたクロノも、戻る時には話し掛けることをすることはなかった。それほどまでに、繊細で難しい話ということなのだ。
それに、彼が口を噤んだことや口振りから、過去に死者蘇生を行った者がいた、というのは安易に想像が出来ることだ。その結果、どうなってしまったのかも、おそらく彼は知っているのだろう。だからこそ、卑劣なことをしてまで彼女を止めようとしたのだ。当のエンテにそのことを言わなかったのがこれからどう響いてくるのか……それだけが問題なのかもしれない。
エンテと歩きながらクロノは内心安堵していた。それというのも、彼自身、彼女との会話で嘘を交えていたからだ。
「(はったりだったけど、エンテが諦めてくれて良かった。今の僕には封印をする余力なんてないからな。それにしても、死者蘇生か……。諦めたといっても予断は出来ないからしばらくは気を配っておくか)」
諦めたといっても完全に安心することが出来ない。クロノはエンテが道を踏み外すことがないよう彼女の挙動をに目を配ろう、と固く誓うのだった。
「(……聞きたいことは聞けました。別に、誰かの了承を取る必要なんてない。私はなんとしてでも――)」
クロノに気取られないようにエンテは邪な考えを胸に秘める。更に昏く深みを帯びた瞳の人形は、静かに闘志を燃やす。そんな不穏なことを考えているエンテにクロノは最後まで気付くことはなかった。




