魔術
「魔術というものはさっき教えた3つの工程が出来ているのは前提だ、というのは覚えてるよね? そこから術式を用いたものを呪文として唱えることにより発現される事象の1つとされているんだ。それゆえ、術式が滅茶苦茶だと命令が上手くこなせなかったり、間違えると発現されなかったりする」
「呪文……、術式……」
「そう。次はその術式と呪文の説明をするよ。まず術式というのは、数式や空間座標、術に使う物質の構成などを指している。それらを頭の中でより早く、精確に思い浮かべることにより術の威力や効力が増すようになるんだ。そうだな、例えば――」
そこでクロノはエンテを見ると再びポーチに手を突っ込む。そして、ポーチから1本のペンを取り出すと説明の続きする。
「ここに1本のペンがあるだろう? これをエンテのいる場所まで精確に放り投げるのに必要な情報というのは『僕とエンテとの距離』になるよね。それにもう少し詳しい情報を加えるとより精確に届くことになる。だからさっきの情報と『僕とエンテの身長差』、『投げ方』、『風の有無』を取り入れると届きやすくなるんだ」
先程、自分が言った情報の凡その条件を目測し、クロノはペンを投げる準備を整える。
「(距離は……6m弱。身長差は34、いや5か? 気にするほど風も吹いていないし、このまま下投げで投げれば届くかな。)それじゃあ、試しに投げてみるよ」
エンテの返事を期待していなかったクロノは返事を待つことなくそのまま投げる。
彼の手から離れたペンは綺麗な放物線を描きながらゆっくりと少女のいる場所へと向かっていく。やがて、力を失ったペンは少女の場所目掛けて落下していく。だが、エンテは落下してきたペンを掴もうとせず、ペンはそのまま彼女の少し手前の地面へと落下していくのだった。
「…………」
これは容易に予想できたことだが、それでも出来れば掴んで欲しかったとクロノは思わずにはいられなかった。そんな彼の気など知らず、少女はただ落ちてしまったペンを眺めている。すると、誰に聞かれるでもなく小さく呟いた。
「…………4cm」
そんなエンテの呟きを聞くこともなく、クロノは明後日の方向を見る。彼なりにショックを受けた自分の姿を見られたくないのだろう。なるべくエンテに顔を見られないようにすると、気を取り直し説明の続きに戻る。
「――と、このように普通は物を投げる時にこんなことを考える必要はないんだけど、魔術を使う時はこれが必須といってもいいくらいには大切な要素なんだ。始めの内は慣れないだろうから上手くいかないことが多いと思う。それでも、1つ欠けるだけでも大変なことになるから怠ってはいけないよ。まぁ、これは訓練すれば無意識で出来るようになるから、それまでは術式を完璧なものにするために知識を付けることからしていこうか」
「…………」
術式の説明が終わり、一息付いたクロノはエンテが今の説明で理解しているのかを確認してみる。するとどうだろうか、彼女は何かを考え込むように俯いていた。
何か自分の説明におかしなところがあったのかとクロノは思い返してみるが全然検討もつかない。今までの話を理解出来ているのなら今話した説明も理解出来るはずだ。それならば、彼女なりに何かしらの疑問に思うことがあるのだろう。そう考えたクロノは彼女に質問があるか尋ねてみることにした。
「今ので術式の説明は終わりだけど、今の説明で分からないところや疑問に思うところがあったかな?」
「……、いえ、ありません。続けてください」
クロノに尋ねられたことでエンテは我に返ると、何事もなかったかのように話の続きを促す。そんな彼女の行動をクロノは少し不思議に思ったが、これまでのことを考えると別におかしいということでもないと思うことにしするのだった。
説明は続く。次は呪文についての説明だ。
初めの内に出来れば呪文を用いた魔術の成功例と失敗例を見てもらっておいた方がいいと考えたクロノは何かいい例がないか探し始める。探している最中ふと、エンテの方を見てみる。彼女の足元には今もペンが落ちたままだ。
後で取りにくいつもりだったが、ちょうどいいのかもしれない。本来、このような使い方をするのは極力避けたいと考えているが、今エンテはやる気を出しているのだ。こちらもそんな些細なことを言っていられないだろう。そう考えたクロノは彼女の足元に落ちているペンで例を挙げてみることにした。
「さて、エンテ。次はいよいよ魔術を発言するための呪文の説明をするよ。呪文というのはそれぞれにあった文言を唱え、紡いで発現したもの――それを総じて魔術と呼んでいるんだ。それゆえ、他の魔術と違うということを区別するためのモノ……、とでも言ったらいいのかな?」
「区別するためのモノ……? どういう意味ですか?」
「ちょっと説明するのが難しいな……。うぅん、そうだな……。例えば、僕とエンテは違う存在だよね? 名前であったり、今まで歩いてきた道程だったり――それぞれ違うからこそ意味があり、価値があるものになる。……話が逸れてしまったけど、これを魔術に置き換えることが出来るんだ。そうすると、名前が発現させるための術名、今まで歩いてきた道程っていうのが発現させるための文言というようになる。2つを合わせることで呪文となり、発現されるんだ」
「…………」
「ただ、呪文を知っているからといって発現されるという訳ではないんだ。それを人間関係で説明してみるね。エンテの名前を知っているからといって友人とは呼べないよね? エンテの名前と、少しでもいいからお互いに情報を知り合っていること――これで最低限、友人と呼べるような関係になる、と僕は考えているんだ。勿論その場合、逆も同じことが言える。……一応、それらしい例を挙げてみたんだけど、ややこしかったかな?」
例えを出しておきながらどれもややこしいことを言っている自分にクロノは内心苦笑してしまう。もう少し分かりやすい例えがないのかと考えていると、こちらのことをじっと見ているエンテにクロノは気付く。呆れられてしまったかとクロノは思ってしまうが、エンテの言葉によってその考えは間違いだと分かることになる。
「……つまり、呪文というのは名称や文言を知っていたとしても、肝心の発現しようとしているものがどのようなものか分からなければ全くの使い物にならない、ということなのでしょう?」
「……そう、だね。その通りだよ、エンテ! 理解してもらえていたようで良かったよ」
エンテが理解していたことに喜びに満ちた声でクロノは気持ちを伝える。喜んでいるクロノなど気にも留めず、エンテは顔を逸らすと素っ気ない言葉を彼に投げる。
「……別に、貴方の説明が難しいなどとは思いません。なので私に構わず、貴方の思うように説明してください」
冷たい物言いだが、彼女らしからぬ言葉にクロノは言葉が詰まってしまう。
彼女なりに気遣っているのか、それともただ先が知りたいだけなのか。それは彼女ではないので分かりようがない。彼女にとっては何気ない言葉なのかもしれないが、それでもクロノにとっては嬉しいと思えるような出来事だったので上手く言葉が出すことが出来なかった。
「……説明」
「え……?」
「まだ説明は終わっていないのでしょう? それなのに続きをしなくてもいいのですか?」
「あ……、そうだね。よしっ! それじゃあ、今の説明を踏まえて、呪文を交えた魔術を見てもらうかな。そこにさっき投げったペンがあるだろ? そのペンを僕の手元に戻してみようと思う」
言い終わるとクロノは集中するために目を閉じ、右手を掲げる。次第に彼を中心として柔らかい優しい風が吹き回る。やがて、全ての工程を終えたのか、クロノはゆっくりと目を開けると落ちているペン目掛けて魔術を放った。
「そよぐ風よ、彼の者を運び我が元へ。来たれ――静かな花風」
穏やかな風がエンテを包み込んだかと思えば、地面に落ちていたペンに風が纏わりつくように舞い始める。風が纏ったペンはゆっくりとエンテの目の前まで浮いてくると意思を持ったように急に止まってしまう。そして、止まってしまったペンはまるで突風が吹くようにクロノの元へと飛んでいった。クロノの元へと飛んでいった勢い余ったのか、彼を通り過ぎようとしたが寸でのところで掴むことに成功する。
「――っとと! 即興だったから少し調整が甘かったかな? でも、魔術を発動し発現させるとこんなことが出来るんだ」
「……すごいですね」
思わず感嘆の声を漏らすエンテにクロノは付け加えるように言葉を足す。
「普段、こういうことに魔術を使うのはよくないんだけど、今回は見本として見せたものだから特例だよ。魔術は人の暮らしを豊かにすることが出来るけど、それに頼ってばかりでは駄目なんだ。自分で出来ることは自分でやらないと、人でも、物でもいずれ廃れちゃうからね」
「…………そういう矜持(?)を私に語られてもよく分かりません」
「まぁ、こういうのはあくまで考え方の1つと捉えていいってことだよ。絶対に使ったら駄目、というとそういう訳でもないしね」
「……それよりも、貴方はさっきの魔術を即興でやったと言っていましたが、これよりもすごいことが出来るのですか?」
「うぅん、そうだね。時間を掛けたり、魔力を込める量を増やしたり――いろいろな要素はあるけれど、出来ないことはないかな? それこそ、一瞬で岩を粉々にしたりね」
「……やっぱり。そうですか」
含むようにエンテは口ずさむと、何かを考えるように俯いてしまった。またもや考え込むエンテを不思議に思いながらも、クロノはこれからの方針をエンテに話す。
「今日説明したことはあくまで基本中の基本になる。ここから切り込んだ話や応用なんかもあるけど、今は最初に言ったように基本からやっていくつもりだ。ちなみに、危ないことはしないようにしっかりと見ているから忘れないように!」
「……………」
注意しているクロノには目もくれず、エンテは何かを考え続けるのだった。




