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初歩

 エンテに魔術を教える上でクロノはまずどこから教えたらいいのかを考えていた。

「(僕の行動を真似して出来ると思っていたところを考えると、まずはどうやって魔力を扱うのかっていうところから始めた方が良いのかな)」

 とりあえずの方針を決めたクロノは改めてエンテを眺める。そして、今までの彼女の行動を思い返しながらどう伝えようか考えあぐねる。

 口頭で教える分野では問題ないだろうが、実践的なことになると話は変わってくる。その理由として、普段の会話もまともに出来ないのも然る事ながら、近くに寄られることも極力避けられているからだ。実践にもなると否が応でも相手に近づき触れることになったりもする。それなのに、今まで通りそういった態度を取られてしまったら魔術を教えるのも難しくなるだろう。

 勿論それも問題ではあるが、一番の問題は彼女のやる気があるのかどうか、といったところだ。やる気があるのなら何も問題はないが、やる気がないのなら教えるのを(はばか)られてしまう。それは単に、やる気がない状態で教えても身に付かないどころか、お互いに危険が及んでしまうからだ。だが、クロノの真似をするほどにはやる気があるとみていいのでその心配は杞憂なのだということが分かる。



 いろいろと考えを巡らせた結果、どういう方針にするのか決めたクロノは早速エンテに確認を取ってみることにした。

「よしっ! それじゃあ、魔術を教えていくよ。魔術を全く使えないということを前提で教えていくから、もしその中で分かることがあるんだったら遠慮なく言ってほしい」

「…………」

 相変わらずクロノの言葉に対して相槌すらしないエンテだが、魔術を習う意欲があるのか黙ってクロノが言おうとしていることを待っている。そもそも単に、魔術に興味があるからということも考えられるが……。いずれにせよ、やる気がないという訳ではないようなので安心して教えることが出来るだろう。

 少しは反応してほしいと思いつつ、クロノは話を続ける。

「まず、魔術を使う上で最も重要な工程が3つある。その3つとは、"放出"・"具現化"・"操作"の3工程だ。最初に自分の身体の中にある魔力を放出する。次に、その放出した魔力を具現化させる。さっきは重要と言ったけど、この工程は省略してもらってもいい。そして、最後に放出した魔力を操作する――これが一般的な魔力の使用方法で魔術を使う絶対条件になるんだ」

 一度に全部言ったとしても理解出来ないと考えたクロノは一旦一区切りし、エンテの反応を確かめてみる。変わらず無表情ではあるが、考え込んでいるのを見ると自分なりに考え理解しようと努めているというのが分かる。しかし、彼の言っていることが分かったとしても、実際の言葉や原理が理解出来るというものではない。そのことはクロノ自身、よく分かっているので続けて実演してエンテに見せてみることにした。

「言っていることを理解するのは難しいと思うから簡単な魔術を実際に段階毎にやってみるね。ゆっくりやるからよく見てて」

「…………」


 今までと違って真剣に聞いているエンテに内心驚きながらも魔力の操作を順々にやっていく。

 エンテに見えやすくするために右手を前に差し出すと、1つ目の工程である放出を実演し始めた。

「魔力っていうのは体中に駆け巡っている。これは生物だったらどのようなものにも言えることなんだ。その駆け巡っている魔力を身体の外に押し出すようにする。すると――こんな感じで放出されるんだ。分かるかな?」

「右手の中だけ景色が揺らいでいる? ……ように見えます」

「そう。本来はあまり知覚されないようになっているんだけど、今は分かりやすいように放出すると同時に具現化もしているんだ。ついでだから次の具現化もやるとこのように――」

「……さっきよりもはっきりと見えるようになりましたね」

「さっきも言ったように、具現化自体あまり意識してやる必要はないんだ。この工程はあくまで魔力をその場に留める作業だからね。放出を完全に使いこなすことが出来たらこっちは自然と習得していることにもなるからあまり深く考えなくてもいいよ」

「それだったら、放出が出来ないということは具現化は出来ないということでいいのですか?」

「うーん。基本そうではあるんけど、例外もあるから絶対に出来ない、とは言い切れないね。他に聞きたいことはあるかな?」

「……いえ、特にないです。続けてください」

 エンテの予想外な発言に何か意図があるのかとクロノは考えてみる。それというのも、彼の祖先・アインハルトが言っていたことを思い出したからだ。エンテ(彼女)以外の2体の人形は魔力の塊を武器等にしていたと聞く。そのことから、彼女も同じようなことが出来ても不思議ではないと考えることが出来る。実際、彼女は具現化という現象に引っ掛かりを覚えたことからもそれが窺えるだろう。だが、特に問題らしい問題もないようなのでただの考え過ぎなのかもしれないが……。

 そのことは一旦頭の片隅へとやり気を取り直すと、クロノは最後の工程の操作の説明をすることにした。


「最後に操作の説明をするよ。この留めた魔力の塊をこのように前に掲げる。そして――」

 そう言うとクロノは目を閉じて念じ始める。すると、拳大以上の留まっていた魔力がみるみる小さくなり手のひらに収まるまでになった。

 エンテはというと、今までの出来事を見逃さないといったように目を見開き最後までクロノがやることを見守っている。やがて、集中し終わったのかクロノはゆっくりと目を開けると「行け」と小さく呟く。その瞬間、魔力の塊はエンテのいる場所からそこそこ離れた所を横切る形で通り過ぎていった。魔力の塊が自分の左側を横切ったことに驚いたエンテは声を上げることなくそのまま地面へと転倒してしまう。

「……っ!!」

「大丈夫か、エンテ!? 結構離れた所を選んだつもりだったけど――ごめん。それでも、きみに向けて放つものじゃなかったね……」

 尻餅をついてしまったエンテに即座に駆け寄るとクロノは申し訳なさそうに彼女へ謝罪をする。すぐさま、彼女を起こすために手を差し伸べる。だが、クロノの気遣いを無視するように自分で立ち上がると、何もなかったかのように土埃を(はた)くのだった。

「気にする必要はありませんよ。急に来たのでビックリしただけですし」

「そうだとしても、もしもっていうこともあるだろ? その仮定を無視するのはよくなかった。だから、ごめん」

「…………ですね」

 エンテは聞こえるか聞こえないかの声で何かを呟くと小さく息を吐く。このことがきっかけで2人の間に重い空気が流れてしまう。このまま魔術の説明が終わりになってしまうのかと思われたが、意外にもエンテがこの静寂を破った。

「……続きをお願いします」

「うん、……分かった。今さっきやったことが操作になるんだけど、操作と一口に言ってもいろいろ種類があるんだ。結構複雑だからとりあえず操作の工程は放出を完璧に熟せるようになってから覚えていこうか」

「……別にまとめてやっていけばいいのではないですか。多分ですが、私の体はそう簡単に壊れることもないでしょうし」

「そういうわけにはいかないよ。きちんと順序を守ってやらないと出来るものも出来ない。それに、体も丈夫だといっても何処まで大丈夫なのか分からないだろ? あまり過信し過ぎるのは良くないよ」

「ふん。私の体をどうしようが私の勝手でしょう。貴方にとやかく言われたくありません」

 クロノの言葉に迷惑そうに鼻で笑うと不貞腐れたように投げ捨てる。エンテのそんな投げやりな言葉を聞いたクロノは思うことがあるのか、口を挟むようにエンテに言葉を返す。

「……、そういうことは例え思っていても言わない方がいい。僕も昔似たようなことを言っていたことがあるんだ。その結果、大切なものを失くしかけた。きみにはそうなってほしくない、だから――」

「次は説教ですか……。うんざりですね。魔術を教える気がないのなら屋敷へ戻ります」

 今の彼女に何を言っても駄目だと思ったクロノは大きく息を吐くと肩を落としてしまう。自分も同じだったのだから気持ちは分かる。今は言葉は届かない――だけど、出来ることはある。そう考えたクロノは頭を切り替えて魔術の説明に戻るのだった。

「……魔術はちゃんと教えるよ。ただ、さっき言ったことは頭の片隅にでもいいから覚えていてほしい。余計なことかもしれないけど、きみにとって必要になる時が来るから」

「…………」

「気を取り直して……。まずは放出をしっかり出来るようになる所から始めよう。早く覚えたいのも分からなくはないけど、これが上達するための一番の近道になるんだ。さっきも少し触れたように、放出が出来れば、自ずと具現化が出来る。操作は時間が掛かるかもしれないけど、きちんと出来るようになるよ」

「……分かりました。貴方の指示に従います」

 不服そうにしながらもクロノ言うこと聞くしかないと思ったエンテは彼の指示に従うのだった。

「それじゃあ、次は属性について教えていくよ」

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