約束
少女の分と自分の分を持ってテーブルに並べると、それに倣うようにクロノベルトは椅子に座る。
並べられた皿を訝しむように少女はまじまじと眺める。やがて、目の前のものが何なのかという疑問をクロノベルトへと投げ掛ける。
「これは一体……?」
「ん、あぁ。パンケーキなんだけど……あんまり食べたことがなかったかな?」
「……パン、ケーキ? これが……、彼女が作ってくれたものと違います……」
「彼女っていうと……ヒルデ卿のことかな?」
「!? 彼女のことを知っているのですか!?」
そう言った少女は立ち上がると初めて感情を籠めたような表情と声音でクロノベルトへと詰め寄る。
いきなり感情らしい感情を見せた少女を見たクロノベルトは驚きながらも、少女に自分の知っている情報を説明をする。
「詳しくはないけど、大体の事は分かっている……かな? ヒルデ・ノートリス――二百年前の戦争を終わらせた2人の英雄の1人。ちなみに、僕の先祖がもう1人の英雄になるんだけど……今はどうでもいいかな?」
クロノベルトの問い掛けに対して、少女は何も応えることはない。むしろ、話の先を促すように目が物語っている。
「……そして、彼女は"3体の人形"を創った――その3体の内の1体がきみになる、ということくらいしか分かっていないんだ。彼女がどの様な性格で、どうして人形を創ったのかまでは――」
「ヒルデ、ノートリス……。それが、私を創ってくれた彼女の名前、なんですね……」
少女は、呟くように弱弱しく言葉を吐き出す。
そんな少女の様子にクロノベルトは僅かに疑問を抱く。そして、その疑問を少女に聞いてみることにした。
「ちょっと待ってくれ。きみは、彼女の人形、なんだよね? 今まで彼女の名前を知らなかったのかい?」
クロノベルトの問いに少女は今にも泣き出しそうな子供のように震える声で言葉を吐き出した。
「私は……何も、分からない。彼女のことも! 自分のことさえ!!」
少女の信じられないようなことを聞いたクロノベルトは少女を宥めると、1つずつ簡単な質問をしてみることにした。
「えーっと、そうだな……よしっ! まずは、きみの名前……、彼女がきみに付けた名前だけど、それは分かるかい?」
「……思い出せません」
「……ふむ。それじゃあ次は、きみ自身のことだけど――どういったヒトなのか分かるかな?」
「それは……、あなたが誰かと話しているのが聞こえて思い出すことが出来ました」
「なるほど……。それじゃあ……、自分が人形だということ以外に何か覚えていることとかはあるかな?」
「……以前と身体の感じが変わっているような感じがしました。ですが、もしかすると私の記憶違いなのかもしれないです」
「うーん、そうか……。じゃあ彼女、ヒルデ卿の話になるけど、彼女の名前は僕が言ったことによって思い出した……それでいいかな?」
「……思い出したというわけじゃなくて、何か曖昧な感じがします。ぼんやりと靄がかかるような……」
「ということは、彼女のことは全く覚えていない、ということでいいのかな?」
「いえ、そういうわけではないです。微かにですが、彼女のことを覚えています」
「うーん……。ということはきみは封印されていた理由を知らない、っていうことになるのか……」
「それは……恐らく、私が欠陥品だったからなんだと思います」
「欠陥、品……? どういうことだい? 確か、きみはヒルデ卿の最高傑作だということを聞いているんだけど……」
「私は、彼女の……創造主であるはずの彼女の名前を忘れるような人形です。それに、彼女が死ぬ時に私にこう言った気がするのです。あなたを創らなければ良かった、と――」
少女がそう言ってからしばらく沈黙が続いた。
その間にも、クロノベルトは考えながら少女が答えてくれた内容に矛盾が生じていることに気付く。そして、その矛盾していることを彼女に言ってみることにした。
「少し、いいかな?」
「……何ですか?」
「僕が先祖……アインハルトから聞いていた内容と日記、そしてきみの言った内容に少し矛盾が存在するんだ」
「矛盾、ですか……?」
「そう、矛盾。さっき、きみから聞いたヒルデ卿の内容なんだけど……きみは確か、微かに覚えているって言ったよね? そして、次の質問できみは自分のことを欠陥品だと言った。そして、こうも言ったよね。彼女から創らなければ良かった――と。その部分がどうしても引っ掛かるんだよ……」
「引っ掛かる、とはどういう意味ですか? 私は、嘘なんて言っていませんよ!?」
「まぁ、まぁ、落ち着いて! きみが嘘を吐いているなんて思っていないよ。それじゃあ、僕が見聞した彼女のことを言うよ?」
クロノベルトの言葉に不快感を表した少女はソッポを向いてしまう。しかし、全く話を聞くつもりではないのか、体はまだクロノベルトの方へと向けている。少女の態度を確認しつつ、クロノベルトは話を続ける。
「アインさん……僕の先祖はこう言っていた――きみを創った人、ヒルデ卿はきみのことを最高傑作だと言っていたということ。更には、そのことを彼に誇らしげに自慢までしていたらしい。そんな人がきみのことを欠陥品になったからといって封印しようと考えるかな?」
「…………」
「これは僕の推察になってしまうんだけど、彼女はきみのことを心の底から愛情を持って接していたはずなんだ。そんな人物がきみを創らなければ良かった、なんて言うはずがないと思う。ましてや封印を施すなんて、何か事情があったとしか考えられない」
「じゃあ――」
クロノベルトの話を黙って聞いていた少女は、何かを恐れ縋るかのような顔で彼へと詰め寄るように言葉を投げる。
「じゃあ、何で彼女は私に呪いを与え、眠らせるようなことをしたんですか!? 私だって、彼女がそんなことをするはずがないと信じたい! でも……でも、私には確かに、彼女にかけられた呪いがあるんです!!」
今までとは打って変わって、声を荒げ何処か落ち着かないような印象を受けてしまう。
実際には少女の表情も声音もさほど変わってはいない。だが今の少女は、まるで追い詰められた小動物かのように見えてしまう。
そんな少女に圧倒されそうになるが、彼女の言った"呪い"という言葉に引っ掛かりを覚えたクロノベルトは少女へ呪いの存在を聞き出す。
「呪、い……? どういうことだ……それは聞いていないぞ。本当に呪いをかけられているのかい?」
「はい。彼女が私にかけた呪い……それは――『誰かを愛することも、愛されることもない』という呪いです」
少女に掛けられているという呪いを聞いた時、クロノベルトはアインハルトが言っていたある言葉を思い出す。
『ただ――その子を見棄てるようなことだけはしないでほしい』
もしかすると、アインハルトはこの事を言っていたのではないだろうか?
彼女を棄てることによって呪いが進行してしまう――そう考えたのなら、そんなことを言ったとしてもおかしくはないだろう……。
しかし、そこまで考えて少し違和感を覚える。
何故ヒルデはそんな無駄なことをしたんだ、と。わざわざそんな無駄なことをするくらいなら壊すなり廃棄したりするはずだ。
そもそも、アインハルトも何故呪いがあることを言わずにその事を暈すような言い方をしたのか。アインハルトの言い方や日記を見た限りでは、彼もヒルデも確かに少女のことを心配し、案じていたことが窺い知れる。あれは嘘だったのか……?
いや、そんなはずはない。彼はそんな演技が出来るような人物ではないような気がする。
そうすると――仕方なく呪いをかけるしかなかった、ということが考えられるんじゃないか――と。
そして、もう1つ考えられることは、そもそも呪い自体が存在しないということだ。
少女が嘘を吐いているとは思えないが、先のことを考えて呪いのことを詳しく聞き出しておいたほうがいいのかもしれない。
いろいろな可能性を考えたクロノベルトは、目の前にいる今にも泣き出しそうな少女に向かい慎重に言葉を選びながら再び質問を続けた。
「きみにかけられているという呪い……僕にはよく解らないけれど、本当にあるのかもしれない――」
クロノベルトの言葉を聞いた少女は怯えるようにビクッと肩を震わせる。そして、子供とは思えないほどの暗い顔でクロノベルトの方を一瞬だけ見た後、項垂れ震える声で絞り出すように言葉を吐き出す。
「やっぱり、彼女は……私がいらないモノだったから封印なんて事をしたんですね……」
「っと、ごめん。言い方を少し間違えたよ。そうだな……確認のためにちょっとその呪いのことを詳しく知りたいんだけど、いいかな?」
「……どうぞ」
少女の了承を取ると、クロノベルトは気付いた事や気になったことを聞いて試してみることにした。
「その呪いってどんな感じなのかな?」
「どんな感じ、とは?」
「きみに今掛かっている呪い――"愛することも愛されることもない"、だっけ? それがどういったものなのかよく分からないんだ」
「……私にも、よく分かりません。ですが、言った言葉の通りなのではないですか?」
「言った通りか……。それなら、例えばなんだけど、僕が今――『きみを愛している』と言ってみるとどうなるのかな? 何か辛かったり苦しかったりしないかな?」
「…………別に、何ともありませんが。愛するということは私にはよく解りませんが、少なくとも出逢ったばかりの人物を愛したりすることはないと思います。それに、私を愛することは呪いが掛かっているのでありえないことです」
「……ふっ、あははは!」
少女の言葉を聞いたクロノベルトはアインハルトの言葉を思い出し、堪らず噴き出し笑い出してしまう。
突然笑い出したクロノベルトを不快そうに見ながら、少女は不愉快だと言わんばかりに口を開く。
「……何がおかしいのですか」
「いや、ごめん。一昨日出逢った人が似たような台詞を言っていてね。なるほど、確かに有り得ないなんてことは有り得ないんだ、ということを理解したよ」
そう言うとクロノベルトは空を仰ぎ見る。その表情は清々しく、何か希望を見つけたように晴れやかだ。
再び目の前の少女に向き直ると、自分が笑った理由を話し始める。
「確かに、きみの言うようにいきなり愛することなんて出来ないのかもしれない。だけど、僕はきみのことを少なからず"好き"だと思っている。『好き』っていうことは、ちょっとでも『愛情』がないと思えないことだろう? で、今の台詞を言ってきみが何も感じないんだったらきみの呪いは根本的に何かおかしい、ということになると思ったんだ」
「……例えそのセリフが本当だとしても、人と人形が結ばれることなんてありえない話です。そう、彼女が言っていたから……」
「なるほど。きみの言うように、最終的にその呪いを解く鍵がきみと結ばれることになるんだったら、人と人形だと無理なのかもしれないね。でも、一つだけ方法が存在するかもしれない……。"魔法"、もしくは魔導具を使えば、もしかするときみを人間にすることが出来るのかもしれない」
「馬鹿馬鹿しいですね。そんな方法を探すだけでもどれくらい掛かるのか分からないのですよ。そもそも、そんな方法があるのかすら怪しいものじゃないですか」
「でも、もしかしたらっていう可能性はあるだろ? 可能性が少しでもあるんだったらそれに賭けてみてもいいんじゃないかと、僕は思うんだけどなぁ」
「……いいでしょう。百歩譲ってその方法があったとします……。ですが、私を愛し、愛する人が居なければこの呪いを解くことは――」
「それは僕が協力するよ」
クロノベルトは全く言い淀むことなくそんなことを言ってのける。
そんな迷いなく言い切る彼に、少女はほんの僅かな動揺を見せる。だが、少女はそれを悟られないようにクロノベルトへと言葉を返す。
「……は? 正気で、言っているのですか!? そんなことをすればあなたの人生を棒に振ることになってしまうのですよ!? それに、あなたが生きている間にその方法が見つかる保証なんて何処にも――」
「それも大丈夫! 僕が生きている間にその方法を見つけ出す……必ずね!!」
「ふん。本当に馬鹿馬鹿しいですね。あなたに付き合ってらいれません」
淡々とした冷ややかな声でそう言うと少女はこの場から去ろうとする。
(予想とは違うけど、やっぱり去っていくことになってしまったか……。それなら――)
「あーそうそう。実はきみの封印を解く時に魔力の大半を吸われてしまってね。魔力がほとんどない状態なんだ」
大根役者宛らな棒読みな台詞で少女に語り掛ける。自分で言ってて恥ずかしくなりそうになりながらも、クロノベルトはグッと堪えて少女を見据える。
そんなクロノベルトを余所に、少女は半歩ほど振り返ると忌々し気に彼へと言葉を投げ返す。
「……それがどうかしたのですか?」
「いやこのままだと何かと不憫でね。それに僕の元にくる依頼も熟すことが出来ない……。魔力が戻りきるまでの一年くらい――その間何も出来ないというのは流石にね……」
クロノベルトの言葉に少女は居心地悪そうに俯く。不愉快そうに彼を睨むが、どこか諦めたかのような声で生返事をする。
「……私にどうしろと言うのですか?」
「そうだね……魔力がない間僕の補佐――つまり、助手のようなことをしてくれないかな、と思って」
口から出任せのように言っているように聞こえるが、初めから助手になってもらうことを考えていたかのように少女にはっきりと言い切る。
提案された少女は冷ややかな声でうんざりしたようにバッサリと吐き捨てる。
「……要は、私を引き止めておくための口実ですか」
「んー、そうでもないよ。もし、嫌になったと思ったならいつでも僕の元から去ってもいい。そこはきみの意思に任せるよ」
「あなたの都合ばかりになりますね。別に私は眠っていたままでも良かったのに……」
恨めしそうに告げる少女を気にも留めず、クロノベルトは話を続ける。
「そうだね。だけど、目醒めさせてしまったからそこは割り切ってもらうしかない。んー……だったらこういうのはどうかな? 僕の助手をやりつつ、きみの記憶を取り戻す方法や人間になる方法を探す――もちろん、その時は僕も手伝うよ。僕の家系は封印に携わる仕事をしているから何かと魔導具に関わることも多いんだ。だから、役に立つと思う」
「…………」
「それにもし、きみの魔力が尽きてしまうようなことになるといろいろとマズイだろ? 一応ここに居れば食事を取ることも寝ることも安全に出来る……と、こんな感じの条件だとどうかな?」
少女が黙っているのを良いことに、クロノベルトはすらすらと舌が回るように少女にとって都合の良い条件を突き付ける。誰が聞いても彼に得がないような条件に聞こえるが、彼は彼なりに何かを考えて提案しているのだということが窺える。
黙っていた少女も流石に呆れたのか、溜め息を吐きつつクロノベルトの提案に異を唱える。
「……そうなると私のメリットの方が多くなるのではないですか? そんな上手い話に乗るほど私は愚かではありません」
「確かにそう思うかもしれないけど、そうでもないよ。きみの記憶を取り戻すことは僕にもメリットがある。……そう、アインさんが"ヒルデ卿を殺した"と書いていたけど、そんなのは信じたくないから――」
「? 何か言いましたか?」
「ん、あぁこっちの話だよ。で、どうするんだい? このまま去ってしまってもいいし、僕を信じてくれるならこのまま居てもいい――どっちを選ぶかはきみに任せるよ」
(確かにアインさんには手放さないとは言った。だけど、彼女の意思を無視してまで縛り付けるのは何か違う気がする……)
一種の賭けだと言わんばかりにクロノベルトは少女へ意思を委ねることにした。
少女はしばらく黙って考えて込んでいたが、何かを決心したようにクロノベルトへと語り掛ける。
「分かりました。これから一年間、あなたの手伝いをすることにします。――ですが、少しでもあなたのことを不信に感じたのならすぐさまあなたの元を去ります。それでいいですか?」
「そうか……。なら、僕との契約――いや、"約束"は成立だね! そうと決まったらいつまでもきみのことをきみ、って言うわけにはいかないね。名前、か……。うーん…………、エンテ…… 『エンテシア』っていうのはどうかな? この名前が嫌なんだったら――」
「別に名前なんてどうでもいいです。ですが、あなたがそう呼びたいのなら好きにしてください」
「そうかい? それならこれからよろしく、エンテシア! ちょっと堅苦しいかな……。そうだな……、よしっ! エンテ!」
エンテシアと名付けた少女にクロノベルトは嬉しそうに笑顔で手を差し出す。
そんなクロノベルトの顔を極力見ないようにそっぽを向くと、エンテシアはおずおずと手を差し出そうとする。
「ふん、どうでもいいですが私はあなたの事を――」
「あっ、そういえば僕の自己紹介がまだだったね! 僕は、クロノベルト・ルイ・コンスタン。皆からはクロノって呼ばれているけど……、きみの好きなように呼んでほしいかな」
「っ……! 私はあなたの事を信用していないし、あなたに好かれるようなことをする気はありません! ……ですが――」
少女は差し出されていた手を取ると、付け加えるように言葉を紡いだ。
「あなたをいつ見限るか分かりませんが、これから一年間よろしくお願いします」
一瞬だったが、そう言った少女はとても穏やかで歳相応の可愛らしい表情をしたように見えるのだった。




