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triangle  作者: arisa
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(上)

「死にたい」

確かにそう書いてある。書きなぐってあるわけでも、消えそうなか細い字でもない。ほかの出来事と全く同じ字で娘の日記帳には書いてあった。驚きとショックで思考停止し、理解するのに時間がかかった。心臓を握りつぶされてるようで痛くて苦しい。膝から崩れ落ち、息がうまく吸えず涙と鼻水とよだれが止まらない。

小さい頃の笑顔、泣いた顔、話した言葉全てが真っ黒に崩れていき見えている世界がガラッと変わった。


カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。新婚旅行先のイスタンブールで購入したトルコランプが置かれたサイドテーブルに手を伸ばし、眼鏡を取る。眼鏡をかけて壁に取り付けた時計を見ると、あと5分ほどでアラームが鳴る時間だった。40歳を超えてから毎日アラームより先に起きている。隣を見ると夫がすやすやと眠っていた。

トルコランプの明かりを消し、カーテンを少し開ると夫が眉間にしわを寄せ、寝返りをした。パジャマからジーンズとTシャツに着替える。部屋を出て、階段の手前に娘の部屋がある。寝顔を見たいが中学2年生の思春期で、部屋にこっそり入るのは嫌だろうなと思い、部屋の前で少し立ち止まるだけに留まり階段を降りる。

洗面所へ行き、昨夜回すだけにしておいた洗濯機のスイッチを入れてから髪を1つに結び、顔を洗う。かすかにスマホのアラーム音が聞こえる。また寝室へ置いてきてしまった。アラーム音はだんだん音量が大きくなるように設定しているがすぐに止まった。夫が止めてくれたのだろう。

軽くうがいをしてキッチンへ向かうと、炊飯器の蒸気口から湯気が出ていた。朝ごはんはいつも決まっていて、白米、みそ汁、卵焼き、昨日の夜つけておいた糠漬けだ。たまにチーズやヤクルトが追加されるが基本はこの3つで、毎日みそ汁と糠漬けの具材を変えている。今日はカボチャのみそ汁と、きゅうりの糠漬けだ。いつもみそ汁は夫の弁当と、夕飯にも出すため多めに作るが、今日の夕飯はカレーのためいつもより少なめに作る。朝から手を動かすと気持ちがいい。みそ汁を作り終え糠漬けのタッパーを冷蔵庫から取り出すと、制服に着替えた娘が「おはよう」と言いながらリビングへ降りてきた。

「おはよう」

娘がコップを2つ取り出し冷蔵庫で冷やしておいたお茶を注ぐ。私と娘の分だ。それとお箸をテーブルに持って行き、眠そうな顔で座っている。

ごはんとみそ汁をよそい、卵焼きをお皿に移しそれらをお盆へ載せテーブルへ移動する。向かい合って座り、「いただきます」と言って食べ始めると「かぼちゃのみそ汁好きなんだよねー。」と眠そうな顔のまま娘が言った。幼稚園の頃を思い出す。あの頃はフォークだったが嬉しそうに食べていた。スーパーでかぼちゃを見るとその顔が浮かび、みそ汁にしようと思い購入する。好きなのは知っているよ。と思いながら「美味しいよね」と返事をした。

娘の方が先に食べ終わり、「ごちそうさまー」と言って食器をシンクへ置いてから洗面所へ向かった。その後すぐ食べ終わり、コーヒーを淹れる。新聞を読みながらゆっくりしていると、娘があわただしくリビングに置いていたカバンを手に取って「いってきます」と玄関の方へ向かった。私も慌てて玄関の方へ向かうと靴を履いているところで「行ってらっしゃい」と声をかける。

「行ってきます」振り返らずにそう言って足早に出ていく。鍵を閉め、リビングへ戻るとコーヒーの香ばしい香りがする。無音になりテレビをつけると、ちょうど天気予報がやっていて晴れを確認した。最近は曇りや雨が多く部屋干しが続いたが、今日は外へ干せそうだ。スマホを開き写真で撮っておいた娘の時間割表を確認すると、今日は体育は無いみたいだった。

のんびりニュースを見ていると占いが始まり、番組も終盤になっていた。夫は着替えているころだろう。朝食はいつも食べないが、家を出るまであと30分となり、次のニュース番組になったテレビを付けたまま弁当を作り始める。

みそ汁を温めなおし、その間に弁当箱とスープジャーを用意する。会社はウォーターサーバーが設置され、お茶パックやドリップコーヒー等が充実しているらしく水筒は持っていかない。なかなか洗うのが面倒なため助かっている。

弁当箱に白米とよけておいた卵焼き、昨日の晩御飯を少し味付けを変えて入れ、いろどりの為ブロッコリーと、弁当が腐らない様に梅干しを入れる。湯気が上がっているみそ汁を保温機能のあるスープジャーへ入れる。沸騰ギリギリまで加熱しているが、昼食べるころにはぬるくなっているらしく今日から新しいものに変えた。口コミでよさそうだから購入したが、どうなんだろう。夏だからぬるくてもいいのではと聞いたが、冷房がかなり効いているらしく熱めでとリクエストがあった。弁当を保温バッグへ入れ机の上に置き、洗い物をしているとスーツ姿の夫がリビングへ「おはよう」と言いいながら入ってきた。いつもは洗面所で身支度を終えてからくるが、「スマホ持ってきたよ」と言いながら渡してきた。「ありがとう」そう言うと目が無くなるくらい細めて微笑み、「うん」と言って洗面所へ行った。洗い物を終え、ソファでニュースを見ていると支度を終えた夫がリビングへやってきて弁当を手に取りながら「りかはもう行った?」と聞いてきた。りかは吹奏楽部で朝練もなく毎朝同じ時間に家を出るが、毎朝聞いてくる。中学一年生のころはおなかが痛いと言って休むこともあったから、それが心配で聞いてるのだろう。

「行ったよ」たったこれだけの会話だが、娘の事を大切に思い気にかけているのが分かり頬が綻ぶ。ソファから立ち上がり、玄関へ行く。

「行ってきます」「行ってらっしゃい。気を付けて」

娘を見送る時は、ドアが閉まってそのあとすぐ鍵を施錠する音が聞こえると嫌な気分になるよな、と思い一瞬待ってからゆっくり施錠するが、夫の時はドアが閉まるとともに音も気にせず施錠している。

リビングに戻ってしばらくすると洗濯機から音楽が鳴り、テレビを消して洗面所に向かう。洗濯機の扉を開けてから歯磨きをして顔を洗う。今日の夕飯は冷蔵庫に余ってる野菜でカレーを作る予定で、ヨガ教室も休みで1日中家にいることになりそうだから化粧はしない。化粧水と乳液を塗り、日焼け止めを塗るだけで終わりにした。髪を一つにまとめ、洗い終わった洗濯物をカゴへ移す。脱水が終わっているとはいえ3人分の洗濯物は結構重いが、階段で数回休憩しながら2階へ運ぶ。寝室からベランダへ出ると太陽が照って気持ちの良い暑さが身を包む。洗濯日和だ。

洗濯物を干し終え、録画していたドラマを見ているとインターホンが鳴った。

「鳴島です」

隣の家の奥さんだ。

「はーい。今行きます」

私の親世代の老夫婦で二人で暮らしをしている。2、3年前から市民農園で野菜作りをしていてよくおすそ分けをしてくれるのだが、かなり元気な野菜で味もおいしく、なにより形がスーパーで並んでいるものとは異なるいびつな形をしており、家族での楽しい話題の1つとなっている。

「こんにちは。これ回覧板。あと、京都へ行ってきたの。そのお土産と、昨日採れた野菜」

野菜の入った方の袋をのぞくときゅうりとトマトとじゃがいもが入っていた。

「わあー。こんなにたくさん。いつもありがとうございます。りかが鳴島さんのトマト大好きで。」

「わー。嬉しいわ。」

「ふふっ。京都はどちらへ行かれたんですか?」

「修学旅行で行くようなところばかり。テレビで特集してたのよ。」

「そうなんですね。清水寺とかですか?」

「そうそう。やっぱり綺麗だったわ。でもお父さんが疲れちゃてね。」

「ふふっ。確かに広いですもんね。」

「あ、ごめんなさいね」鳴島さんがそういいながら時計を見た。

「お昼に親戚の所へ行くのよ」

「そうなんですね、お気をつけて」

「ありがとう」

「これありがとうございました」両手で抱くようにして持っていたお土産と野菜の入った2つの袋を少し上げながらお礼を伝えた。

「はーい」

玄関から見えなくなるまで見送り、家の中へ入る。

リビングへ入り時計を見ると11時を回っていた。いつもは17時くらいからだが、カレーを煮込みたいためスマホで音楽を流しながら夕飯のカレーの準備をする。鳴島さんにもらった野菜をカレーで使うのはもったいないからサラダで使おうと思い、冷蔵庫へしまう。それと入れ替えるように余ったりして古くなった野菜たちを取り出す。

カレーの準備が終わってもまだ11:30で少し早いが、昼食をとる。朝から保温したままの白米を茶碗に盛り、余った分は小分けにしてラップへ包み冷凍庫へしまう。冷凍ご飯が溜まってきているのに気づき、明日の夕飯をチャーハンにしようかと考える。少し残っていたみそ汁を温めなおし、白米に卵を載せて醤油をかけ、ダイニングではなくリビングのローテーブルへお盆へ載せて運ぶ。テレビを付けると時間が早くまだ昼のバラエティは始まっていなかったため、録画したドラマの続きを見ながら昼食をとる。

時計をふと見ると12時を回っていて、まだドラマは見終わってないが生放送のお昼のバラエティに変える。東京の飲食店やテーマパーク等の紹介ばかりで、地方に住んでいる身からしたらすぐ行ける訳では無く情報としては意味がないのだが、お笑い芸人さんが沢山出ていて面白く、しかし、夜のバラエティとは少し違い、人を貶したりする笑いではなく、鋭いツッコミが入っている時でも何となくのほほんとしていて、見ていて心がぽかぽかと元気になるので見ている。

コーナーが2つ終わり、ファッションチェックのコーナーへと変わった。番組はまだ続いているが少し飽きてきて、テレビをつけながら掃除を始める。

玄関先の掃き掃除を簡単に済ませ、1階は掃除ロボットがいるためウエットシートをクイックルへ着け拭き掃除をする。夏は足の汗をかいてるせいか、冬よりシートが黒く汚れる気がする。我が家には来客用しかスリッパがなく、履く習慣がない。

冷房を付けず窓を開けているだけだったせいか、一階の拭き掃除を終えると少し汗をかいていた。汚れたシートを内側に変えて、綺麗な方で拭き掃除をしながら階段を登る。階段の真ん中で疲れてしまい少し止まって休憩する。一息つくと喉が水分を欲しているのに気づき、クイックルを壁にかけて一階へ降りる。キッチンに入ると階段より涼しく感じた。冷蔵庫からお茶を取り出す時にチョコが目に入り、少し早いがおやつタイムにしようと思い、ダイニングの椅子は座る。いつもは前に娘が座っているが、人がいないとその先のタンスが目線に入りその上に置いてある家族写真や、幼稚園で母の日、父の日に作ってくれた似顔絵の書いてある紙の置物が置いてある。娘が前に座っていなくても、なんだか居るみたいで幸せな気持ちにしてくれる。

その置物を見て思わず微笑み、YouTubeでクラシックを聴きながらお茶を飲むと乾いた喉に染み渡った。水分補給をつい忘れてしまい、飲むとこんなにかわいていたのかと驚くことが多い。チョコを食べると潤った口の中がまた水分を欲し、飲みきってしまってまた冷蔵庫へお茶を淹れに行く。氷をひとつ入れ、もう一度座って休憩しながら夕飯のことを考える。カレーを温めお米を炊き、サラダは鳴島さんに貰ったきゅうりとトマトを切っていれ、あとキャベツを千切りして、コーンの缶詰があるからそれを入れよう。コーンの缶詰は安売りしいて多めに買ったからコーンスープも作ろうと思ったが、今日は午前中に夕飯を作り夕方は楽できると思っていたからなんだか面倒に思ってしまい、また今度にしようと決めた。

お茶を飲み終わり、一息ついてコップを洗ってから階段へ戻る。1段拭くとシートが滑らかにすべり、乾いてしまったことに気づく。水分補給したいことばかり考え、頭が回っていなかった。たまにこういう抜けていることをしてしまうなと、自分に対してほっこりした。そういう自分の部分にため息が出る時もあるが、ほっこりしたのは今の精神が安定しているからだろう。乾いていてもまあいいかと思い、そのまま残りの階段を拭きながら上がっていく。

2階の廊下の窓は全開だが蒸し暑い。少しでも風が入るようにレースカーテンも全開にする。廊下の端に洗面所があり、その隣に置いてある掃除機とクイックルを入れ替える。鏡にちらっと写った自分の顔が気になりもう一度まじまじと見ると、前髪が汗で額に張り付いていた。何気ない時の顔が、老けたなーと感じる。

充電式でコードレスの掃除機のスイッチを入れ、廊下と洗面所を往復する。次に私たちの寝室の部屋に入り、掃除機をかける。ベッド、タンス、ドレッサーとそれの椅子、オリーブの木の鉢植えが置いてある。椅子は4脚で下が空いているし、オリーブの木も重くて動かせないため特に移動しなくていいため楽に終わる。

掃除機をかけ終わり床に置き、網戸を全開にしてベランダへ出る。かなりカンカン照りで、洗濯物を何点か触るとカラカラに乾いていた。いつもより少し早いが洗濯物を取り込み、とりあえずベッドの上に全て置き掃除機を持って部屋を出る。次に隣の物置となっている部屋に入るともわっとした熱気が身を包む。窓を開けてから掃除機をかけるが、暑くて早々に終わらせた。開けたばかりの窓を閉め、鍵をかけてから部屋を出る。2階には部屋が3つで夫婦の寝室、物置、娘の部屋があり全て同じ広さで作られている。あと一部屋で今日の掃除は終了だ。

物置の部屋を閉め、隣の娘の部屋を開けると良い香りがした。1日おきに掃除をしているが日曜日の昼は感じなかった。友達と駅へ映画を見に行ったと話していたからその時にルームフレグランスを買ったのかな、と思い部屋を見渡すと、机の左隅にすりガラスの容器に木のスティックがさしてあるお姫様のようなリードディフューザーが置いてあり、娘が好きそうな感じだな、と微笑ましく思った。机に近づいて香りを嗅ごうとすると、右端に日記帳が置いてあるのに気づいた。いつもはどこかに閉まっているようだがたまに机に置きっぱなしになっている。ペンや紙が床に落ちていたら拾ってペン立てや机の上に置いたり、机の上に消しカスが溜まっていたら捨てたりするが、日記は触らないようにしている。机の上に日記帳が半分くらいしか乗っておらず、当たったら落ちそうでも何となく触ったらだめな気がしてしまう。何を考えているのか読みたい気持ちもあって手を伸ばしたことはあるが、触れたことは今まで一度もない。それは娘を一人の人として尊重しているのもあるが、毎日触っている大切なものが人に触られたら何となくあれ?と違和感を感じると思う。日記を書くのは娘がずっと継続してきた日課であり、それは娘の心の薬にもなっていると感じるから、それにまつわることで嫌な思いをさせたくないという気持ちもある。毎年お正月に親戚の家へ行き、帰りにお年玉で好きなだけ本を買っていてそれは絵本、小説、漫画、雑誌などなんでも良くて親から指図はしていなかった。ある時から日記帳も購入するようになり、小学生の頃は日記帳も多分こっちの方が良いと思うなと思っても言うのを我慢していた。続けていればどの形状のものが書きやすいか気づくと思うし、何よりこれが1番良いと思うと自分で選んでルンルンしているのに、こっちの方がいいよと理由を伝えてせようとするのは変えさようとするのはせっかく継続できている日記が嫌になってしまうのではないかと危惧したからだ。

しかし、小学校の2年生から始めているからもう6年ほど中身を見たいという気持ちを抑えてきたのになぜか見なければいけないような、変な感覚が今日はあった。いつもより時間があるからと掃除を丁寧にして、暑い中長くいたから頭がフラフラしているのか分からないがいつもと違う感覚だった。

だが、娘の事で頭がいっぱいのはずなのに、母親としてそうあるべきなのに、頭の片隅で夫に何て言おう。それとも隠すべきか。そんなことを考えている自分に絶望した。


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