84…本③カノの足掻き
息が出来ない……
カノは意識が保てなくなってきた。
他人の腕が自分の腹を貫くと、こんな感じなんだと冷静に思うのは、きっと何度もコレを経験しているから。
もうカノの視界に何も映らなくなってきた。
ただ、魔神がブチ切れながらもカノを優しく抱きしめてくれているのは分かる。
カノは抱きしめ返すことができないのが辛い。
ああ、油断した。
2人が来てくれたことに安心しきってしまった。
折角、連れ戻してくれたのに。
『お前、何してるの?! 何も罪のない人間に!!』
先ほどから聖神は男とやり合っているのだが、互角で全く勝負がつかない。
『罪ならあるだろう? 俺の所へ来ないのが、もう罪だろう?』
男は数メートル後に後退した。
逃げたというより、戦いに飽きたようだ。
『毎回違った方法にしてるんだけど、次はどうしようか?』
『気狂った事言ってんじゃないわよ!!』
聖神の攻撃を避けて、男は手に付いたカノの血を愛おしそうに一舐めした後、空高くへ消えていった。
男の速さには、聖神と魔神ですら追い付けない。
「ごめ……ね」
『逝かせるわけないでしょ。次は必ず記憶持ちになんかならないようにしなきゃ』
記憶持ちは監視されやすいように、神に見つかりやすい核になる。
聖神と魔神がカノの身体に手を置き、神力を練り始めた。
眩い優しい光が辺りを包む。
"そのまま逝ってしまった方が良かったのかもしれない。2人を不自由な存在にしてしまったから。一瞬の出来事で人生は狂わされる。"
"あの瞬間さえ無ければ。だから、この日記のような物を書こうと思ったの。何かの役に立てたら。"
◇
「やっと最近まとまってきて分かってきたの。毎回あの男に終わらされるみたい」
カノが、黒い剣と白い剣に話かけている。
『記憶持ちはね、神に処刑されて成るものなのよ。自分の罪を忘れないようにさせるために。そして見張るために探しやすいようになるの』
もう助かる見込みもない命を元通りにする事は、神としても禁忌を破る事になる。
聖神と魔神の神力をほぼ使いきり、カノを絶命寸前のところで取り戻した。
神力切れで神としての形を保つことができず漂いかけたところに、カノが出してきた剣に移れたのだ。
魔神と聖神にプレゼントするために、カノが隠し持っていた物だった。
『自分を思い出させるために、探しやすくするために、毎回お前を殺して故意的に次も記憶持ちにしてるってことね……』
『あんなヤベー奴に気に入られてんのか、カノは。クソが』
「2人にならされても良いかも、ふふっ」
『んなこと冗談でも言うな。こいつが本気にする』
『したくても、残念ながらできないわねぇ』
ごめんね。
その言葉をカノは飲み込んだ。
それしか言っていないくらいだったので、もう二度と言うなと2人がかりで怒られたのだ。
「いつもはもっともっと早くに遭遇するみたい。小さな子供の頃に、いつも現れるの。そこで、何か綺麗な物を渡されるんだけど……何だったかしら」
"人間として生きようと思って、オウカ家へ戻り、魔力を武器に公爵家へと成り上がった。この国が魔力主義なところは、当時の私はラッキーだと思っていた。"
◇
数年後の月の綺麗な夜、他国の使節団をもてなす立食の晩餐会が開かれた。
公爵家の出席は必須で、カノは辟易としながら参加中だ。
「とりあえず、タダ飯いただいて帰ろうかしら」
カノはお皿を持って張り切って食事を物色している。皇城の食事はどれも美味しいのだ。
『タダ飯なんて言葉使ったら、またあの子たちに怒られるわよぉ』
髪飾りになって付いて来ている聖神がカノに突っ込んだ。
カノはふふっと笑っている。
"公爵なんかにならなければ良かった。"
次から次へとキラキラしている料理をお皿に乗せながら、カノは飄々と言葉を吐き捨てるように言った。
「最近、人間であることが嫌になるの」
カノはバルコニーに避難して、そこで特別に軟らかい肉を頬張り始めた。
「どいつもこいつも」
『荒れてるわねぇ。公爵様であり学園長様であり色々忙しいものね。それより、今日のドレス似合ってるわ。どいつもこいつもより輝いてるわよ』
ふふっとカノは笑った。聖神と一緒に来て良かったと心から感謝した。
"でも、連れて来てはならなかった。"
コツコツ……
足音がしたのでバルコニーに人がやって来たのがわかった。
やばっ、使節団のお偉いさんだわ。
カノが口を拭いて皿を隠しながら隅に移動しようとした、その時。
『カノ?! 気を付けて!!』
「痛っ」
他国の皇太子に、カノは突然腕を掴まれた。
お皿やカトラリーが落ちて、夜の暗闇に無機質な音が広がっていく。
その顔を見上げると、一気にカノは顔面蒼白になった。
あの男だ。
「君は何故あの2人と居たのかな? 何故僕はダメであの2人は良いんだ。同じだろう?」
カノはキッと男を睨んだ。
「同じなわけないでしょ? 私は2人を愛し」
気付いたらカノの首が体から離れ、転がっていた。
聖神が何か言っているけれど、カノはもう聞き取れない。
カノは最期に自分の意識に集中した。
"聖神ごめんね、見せたくなかった。折角くれた2度目のカノを台無しにしちゃった。"
"何故最期まで書けているかって?この本は私の意識で文字を書いてるの。そろそろまずいから一気にいくわ。"
"本を手に取れて読めたということは、私と同じ様な核を持っているの。せめての足掻きで核に誓約を施してみたから、だから、どうか、生き抜いて。"
"私で断ち切れなくてごめんなさい。"
"あなたは、あなた。過去に引きずられないで。ただ、警戒をすることは必要かもしれない。竜神とい"
そこで、カノの文字は終わっていた。
男は竜神、気狂いで有名な、神の1人だった。




