74…バザー①刺繍という名の触媒
「私、自分のリリーという名前はもう自信を持って刺繍できるわ」
リリーがフンスッとドヤ顔で刺繍されたハンカチを見せながら、昼食中のオウカ公爵夫妻とタツァックに説明している。
バザーで出す物に刺繍をするのだが、リリーの担当はハンカチになり、シンが考えた刺繍内容は、リリー、オウカ、フィズガの3択だった。
その中で、唯一1つの文字だけで成り立っているリリーという自分の名前を選んだ。
色々な文字が並んでいる刺繍は、どうやらリリーにはまだハードルが高いらしい。
30枚のハンカチなんて、もう絶対お目にかからないだろうとリリーは思う。
最後のハンカチが完成した時は、もうしなくて良いんだとリリーは泣きそうになった。
「あら、それなら自分のハンカチに刺繍してみるのはどうかしら??」
オウカ公爵夫人がにっこり笑ってリリーに提案してきたが、リリーは「考えておきます」とだけ答えてそそくさと昼食を食べ続けている。
そんなリリーも何て可愛いんだと、オウカ公爵とタツァックはニコニコ愛でている。
今日はこれからバザーの品の確認のため、シンがオウカ公爵邸にやって来る。
リリーのたってのお願いで、シンが趣味として作った刺繍達を持って来てくれるのだが、リリーはそれが楽しみでしょうがない。
「これは……私が買い占めたいくらいだわ」
リリーはシンの作品を見て感嘆の溜息をついた。
「いやいや、そんなわけっ」
「あるわ!! シリイ、来て! ちょっと見てみて」
シリイがリリーの元に来て、シンの刺繍を真剣に見始めた。
「あら、これは繊細で丁寧ですね……貴族用のお店でも商品に出来ますよ」
「シリイは若い頃、刺繍で有名だったのよ」
お金は要らないと言うシンに無理矢理それ相応の金額を払って、リリーは刺繍のレースやショール、ワンピースを買い取った。
最後に「お店を出すなら私が出資するから」という言葉を添えて。
肝心のバザーに出す商品達は、リリーの刺繍も何とか合格出来たので、あとは当日を待つのみとなった。
◇
「ユウ、どうかしら? シンが作った刺繍のスカートなの」
シンから買い取った刺繍の作品に紺のスカートがあったので、バザーの日にそのスカートを着ることにしたのだ。
ユウは称賛しながら、リリーを眺めている。
「この刺繍、皇城でも使えそうだな」
「でしょう?!シリイも褒めていたのよ」
リリーは刺繍を見せるようにスカートをヒラヒラさせた。ユウは刺繍を真剣に見ている。
「着ている人物が映えるようになっているな……それはリリだからか? 俺が見てるからか? リリは刺繍が無くても綺麗だが……」
「えっ」
ユウが小声で独り言を言い始め、リリーはどう答えたら良いか言葉に詰まっている。
「殿下! 声が漏れてますよ」
慣れた対応でトウマが後から近寄って声をかけると、ユウは勢いよく振返った。
「漏れてます、声、全部。リリー様が困ってます」
フリーズしたユウとリリーを見ながら、トウマは生暖かい目をしながら2人から距離を取った。
確かにリリー様の美しさは格別だ。今日も平和だな……
「あ、あと、ユウに、これ……」
ユウの名前を刺繍したハンカチを渡した。
「ラッピングをしようか迷ったんだけど、今日使ってもらえたら嬉しいなと思って」
ラッピングなんてしてもらっていたら、そのまま部屋に飾られて確実に未使用のままだっただろうと、トウマは想像している。
ユウが何も喋っていないトウマに一言「煩い、何となく」と言った後、リリーに振返ってリリーの手を取ってキスをした。
「ありがとう。本当に嬉しい」
ユウは、リリーからもらったハンカチにキスして、ポケットに丁寧に入れた。
ああ、ラッピングしなくても使わず保管か、まぁ分からないでもないなとトウマは同意してしまう。
◇
「へぇ、刺繍のスカートか」
アキラが冷たい目でリリーを見ながら屋上に座っている。
今日は黒いピアスを付けて。魔剣に当てられてアキラは少し不安定らしく、解呪すると危険な日らしい。
「執務があって良かった……」
リリーから目が離せず、アキラはその場からなかなか動けない。
「他の男が作った服を着るのもなかなか腹が立つな」
「そんな物を着なくて良くなるように、もうリリーを……」
「それとも周りの男を……」
「どうしてやろうか」
独り言を言いながら、ゆっくり立ち上がったアキラは人知れず消えていった。




