54…真夜中の訪問者
夜が更けて、ほとんどの者が寝静まっている。
執務室で残りの仕事が終わり、皇帝が本棚で書類を戻している時だった。
「父上」
突然、背後から呼ばれた。
何ヶ月も呼ばれていなかった、その声が信じられず、皇帝はゆっくり振り向いた。
「?! お前っ、どうしたんだ、どこに……」
皇帝は夜中の突然の訪問者を、まるで会えなくなった亡者に会ったかの様に見ている。
「突然すみません。俺が居なくなって帝国に隙が出来てしまうことは、俺の望みではありません。魔剣に関して知っているのは極少人数で、箝口令を敷いてもらっているなら、公務は可能でしょうか」
アキラが畏まって淡々と話をしているが、それでいてとても緊張しているのが皇帝には分かった。
「戻ってくることは……」
「出来ません。特に、リリと会ってしまうかもしれないので。リリにとって、俺は危険な存在になるはずだから」
「リリー嬢だけなのか」
「はい。あ、もしかしたらユウも……なので、リリとユウに会えないようにしていただきたいです」
「良いのか? お前はリリー嬢を……」
「良いも何も、リリに害するものは誰であっても排除したいので。それが自分なだけです」
アキラも皇帝も、話したい事は山程あるけれど、自制して淡々と話している。
「魔剣で人は変わるのか?」
「……正直、俺もマリル嬢のようになるのかと思ったのですが。そうでもないようです。ただ、リリと会わなければ、普通通りということが分かってきたので、今日父上の元に参りました」
アキラは切なそうに説明している。
皇帝はアキラと今後について話した後、自分が心底ホッとしていることに気付いた。
しっかり者の長男のアキラに、やはり頼っていたのだと改めて実感している。
そんな父親に気付いたのか、アキラは申し訳なさそうな顔をして話を変えた。
「あ、オウカ公爵の所へ今から行ってきます。俺の処遇は、お2人で決めて下さい」
アキラはそう言うと、音もなく消えてしまった。
「魔剣はアレだが、移動は羨ましいくらい便利だな。……え、今から行くのか? オウカ公爵の元へ?」
大丈夫だろうかと、皇帝は心配になった。
明日、苦情がきませんようにと祈るしか無い。
「オウカ公爵」
バタン!!!
オウカ公爵はピョンっと椅子から飛んで、すっ転んでしまった。驚き過ぎたらしい。
「?!?!?! はっ?!」
「あ……夜分に突然、申し訳、ない」
今まで見たことのない間抜けな姿でオウカ公爵が居るので、アキラは本当に申し訳なくなった。
皆寝静まっている我家の執務室で、オウカ公爵は静かに1人で執務をしていただけなのに、突然アキラが現れたのだ。
そんな不可解な現象を、オウカ公爵は想像もしてなかったし、心の準備なんて勿論していない。
こういった怪奇現象のような理解の範疇を超える事が、オウカ公爵は最も苦手なのだ。
「来る時は連絡をお願いします。私はこういうの得意ではありません……心臓が止まったかと思いました。寿命は確実に縮まったと思います」
とりあえず、アキラに座るようにすすめて、オウカ公爵は服を正して椅子に座りなおした。
「本当に、申し訳ない……」
アキラが皇帝に説明したのと同様に、オウカ公爵にも説明した。
「そういった事情なら、私より適任がいるんですが……事情を知っていて、私の様に誓約をしていないという者がいることは、いるんですけど。いるんですけどね」
オウカ公爵がうーんと悩んでいる。
「公爵が渋る理由は?」
「……殿下も納得する者だと思います。あの、悪巧みも上手な、剣の名手です」
アキラは彼しか思い付かなかった。
「ああ、あいつか。いや、受けて立つ」
アキラが席を立ったのを見て、オウカ公爵は焦って制止した。
「あー! ダメです!! 瞬間移動ですぐ行かないで下さいね。機嫌を損ねると本当にダメになるので、殿下が返り討ちに合って終わりになります。連絡してからでお願いします。ここで少しお待ち下さい」
返り討ちと聞いて青褪めたアキラを確認して、オウカ公爵はパクツと連絡を取るため部屋を出た。
「よろしく頼む」
アキラはオウカ公爵に頼むしかなかった。
「殿下。どうなるかはわかりませんが、行ってみて、事情を説明して下さい」
「ああ、助かった。あいつは、正面から真向勝負の方が案外いけるだろうな!」
アキラは瞬間移動で消えた。
パクツの攻略法も間違っていないし、きっと大丈夫だろうとオウカ公爵は心配せずに送り出せた。
「……所有者にはなりたくないけど、移動は便利そうだなぁ。どういう創造なんだろう。移転魔法に応用出来ないのかな」
オウカ公爵は魔法を練りながら、アキラが消えた場所を見ていた。
オウカ公爵が知ったら激怒する案件だが、まずアキラが移動した先はリリーの部屋だった。
リリーは眠っている。
昔から寝入ったらなかなか起きないので、アキラは安心してベッドに腰掛けた。
「リリ、ごめんな」
「ん……アキ、ラ、」
アキラはリリーが起きたかと背中に緊張が走る。一瞬で変な汗をかいてしまい、硬直してしまった。
リリーは目を閉じたままで、薄っすら涙が見える。
「はは、リリは起きないよな」
アキラは安堵して、リリーの涙を拭いた後、そのまま枕元に覆い被さってリリーの唇にキスをした。
なかなか離れられず、このまま貪ってしまいそうで……アキラはその欲に抗うのが辛そうだ。
何とかアキラはリリーから口を離し、そのまま枕に顔を埋めた。
「クソっ。聞こえないはずなのに……うるさい」
イライラしながら起き上がり、イヤリングを荒く手で掴んで姿を消した。




