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97…ジキルとハイド

「あの子を何よりも大切にしてくれているのは知ってるから、責めたりはできない……確かにすぐ手を掛けられたりはないはずだけど」


 皇城の執務室で、オウカ公爵は護衛のようにパクツを連れて皇帝を睨んでいる。


 騒動があったのは他に人が居ない場所だったので、秘密裏に処理することができた。


 ここ以外は全く普通の日常がながれているに違いない。


 マルティ国への対応や他の関係者の拘束等の対応を一切抜かり無くするために、オウカ公爵は苦渋の決断で自分とパクツとで残り登城したのだ。



「あの2人は悪くない事は分かっているんだよ、分かっているんだけど、目の前で連れ去られるなんてされて、リリが無事でなかったら……。許せない」


 パクツがオウカ公爵の横で静かに聞いている。


「ああ、それで良い」


 皇帝は即答した。



 リリーに来るなと言われたとしても、その時行くべきだったと、アキラとユウこそ思っているだろう。

 目の前で何よりも大切にしてきたリリーが連れ去られたようなものだ。



「あと、この事が少しでも漏れたら、その人間の存在を徹底的に潰しに行くからね」


 オウカ公爵は大体の貴族の弱みを握っているので、社会的に抹殺することは容易い。


「ああ、それも、それで良い」



 ご令嬢が連れ去られたなんて知られたら、傷物にされたと噂され、表で生きるのが難しくなるのだ。


 そんな事は絶対に許さないと、オウカ公爵は静かに淡々と言葉を紡ぐので、余計に恐ろしく見える。

 皇帝は先程から蛇に睨まれた蛙だ。



 皇帝も未来の義娘になるだろうリリーを大切に扱ってきた。

 幼い頃から知っており、自分の娘よりも会っているかもしれない。


 なので、とにかく無事に戻ってくるようにと願う者の1人なのだ。



 どうか、どうか……





ピチョン……


ピチョン……


 冷たいわ。何かしら。


 リリーは自分の頬に落ちてくる水に気付き、目をゆっくり開けた。

 薄暗く、地上ではなさそうなそこは、昼なのか夜なのか全くわからない。


「ここは……私、どうし」


 ゆっくり起き上がりながら、言葉の途中でリリーは思い出した。


 扉を閉めて、竜神に抱き上げられた後、空を飛ばれた為リリーは気を失ったのだ。


 そしてリリーは気付いてしまった。ここは記憶の中で見たことがあると。

 10代で連れ去られた娘が20才を超えるまで閉じ込められていた……

 逃げようとしたら足を、大声を出したら喉を、手で拒否したら腕を、睨んだら眼球を、失ってしまう場所。


 兎に角、耐えられる事なら受け入れて無事でいて欲しいと、先日リリーが母に懇願されたばかりだ。


 緊張で心臓が張り裂けそうになりながら、リリーは聞こえてきた足音に耳を済ませた。



 暗闇から現れた竜神は穏やかな優しそうな顔をして、リリーを見た。


『目が覚めたかい。君はもう思い出しているんだろ?』


 普通に話しかけてくるので、リリーは呆気に取られ力が抜けた。


「……ええ。全てではないけれど」


 もし連れ去られたとしたら、嘘をついて誤魔化して逆鱗に触れるより、正直に話した方が良いと、リリーは腹を括ることを決めていた。


 それにしても、剣術大会迄の竜神とは別人の様で、リリーは調子が狂う。


 リリーのいる場所に竜神が腰掛けた。



「あ……ら?」



 リリーは首をひねり、竜神を遠慮がちに覗き込んだ。


「何?」


 竜神は何故か嬉しそうに尋ねた。


 リリーは少し自信がなさそうに、でも竜神がリリーの返事を待っているようなので、ゆっくり答えた。


「あの、えっと、首と顔のホクロが、無くなってる、気がして」


 一瞬目を見開いて驚いたかと思えば、竜神は子どもの様に笑った。そして、寝台に片膝を上げてリリーの方へしっかり向いた。


「ははっ、君、凄いね?! 初めてだよ。余所行き用の変化の細かい部分に気付いた子は」



 その瞬間リリーの首を勢いよく掴んだ。


「ゔっ」


 気が緩んでいたのでリリーの顔が余計に苦痛に歪んだ。

 竜神はその唇に愛おしそうにキスをしてから、リリーの首から手を離した。


「魔力の質といい、剣の腕前といい……名前はリリーだっけ?本当、良いね」


 苦しそうにむせるリリーが何とか呼吸を整えていると、今度はリリーを押し倒し喰らうようにキスをして、竜神は満足そうに囁いた。



「リリー、君は今迄で最高のお気に入りになりそうだ」



 ゾッとしたリリーは全力でお断りしたかったが、剣術大会で消耗した体力が何故かまだ戻らない。


 髪飾りにして持っている神杖の存在を感じながら、今は機ではないと、自分に言い聞かせた。




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