95…緊張の剣術大会②エキシビション
鼓動だけが聞こえる。
足音も、歓声も、確かにあるのに、耳に入ってこない。
震える足を一歩一歩前に進ませ、会場の中心へ向かっていく。
中心へ着いたら、相手と一礼をする。
それまで見ないようにしていた、その男と目が合った。
すると、にっこりと薄気味悪く笑って剣を振ってきた。
重いっ……
「ねぇ、もう思い出しているかな?」
囁くように言われ、リリーはゾッとしながら剣をいなして距離を取った。
深呼吸をして、リリーはムロレイ皇太子に剣を向け、目を見て用意していた言葉を口にした。
「……何の事を仰っているのか、わかりませんわ。はじめまして、マルティ国皇太子殿下」
ムロレイ皇太子は面白くなさそうに剣を振ってきた。
この男に最期を経験させられる記憶を何度も何度も見た所為か、目の前にするとリリーはどうしても震えてしまう。
けれど、それを見せないように振る舞わなければ、この大会を無事に終わらせなければと、リリーは自分を必死に動かしている。
「君の護衛をしているのは、誰かな?」
ハッ
リリーは一瞬呼吸が乱れてしまった。
「動揺したね」
ムロレイ皇太子は涼しい顔で剣を振り続ける。
「何のっ、ことでしょう」
リリーも上手く受けていて、歓声は去年の様な盛り上がりになっている。
「君、なかなかの腕前だね」
もう返事もできないくらい、リリーは防戦一方だ。
打ち合いも長く続き、なかなか終わらないことに少し苛つきを見せたムロレイ皇太子が力を込めて剣を振るうと、リリーの剣が宙に舞った。
しかし、場外には出なかったので、まだ勝敗は決まらない。
剣を拾おうとするリリーの髪を、ムロレイ皇太子は観客に見えないように掴み、リリーを引き寄せた。
そしてリリーを押し倒し、嬉しそうに首を掴んだ。
「うっ……」
苦しそうにしているリリーを見て、下を向いて髪で隠れた顔で満足そうにニタリと笑いながら、ムロレイ皇太子はリリーの耳元まで近付き囁いた。
「今回はどう終わりたい?」
リリーは目を大きく開いた。もう隠しきれない。
息ができずリリーに限界がきた時、ムロレイが手を離し、剣先をリリーの首元に強く押し付けた。
痛いっ!!!!
リリーの苦痛に歪む表情を見て、ムロレイ皇太子は満足そうに鼻で笑った。
そして、丁寧にリリーを起こして客席に穏やかに手を振る。
エキシビションマッチも、ムロレイ皇太子が勝者になり、歓声が上がり拍手が起こった。
今年も花火が上がっている。
観客が賑やかな中、リリーは咳き込みながら剣を拾いに行こうとしたが、ムロレイ皇太子が先に剣を拾い、そして紳士の様にリリーに渡す。
リリーが受け取ろうとした時、
「君より先に、君の婚約者殿を、始末しようか」
信じられない言葉が、歓声や拍手に打ち消されることなくリリーに届いた。
「やめて……」
リリーが震える声で小さく返すと、ムロレイ皇太子は子どもの様に笑った。
「エスコートしよう」
手を出せと言わんばかりに、ムロレイ皇太子が強引に手をリリーに向けてきた。
リリーは目を閉じ呼吸を整えて、エスコートに応じた。
大歓声に応えるように2人でお辞儀をして、会場に手を振りながら去っていく。
傍から見ると、王子様とお姫様のようだ。
ズキズキ痛む首元を気にしないように、リリーは精一杯の笑顔を作った。
◇
「大会中は何があっても、そのまま進行してほしいの。少しの事では、皆動かないで下さい」
リリーが剣術大会の前日にオウカ公爵邸で最後の打合せをしている時にお願いしたことだ。
「あ、勿論、命に関わるような事があれば、魔神に瞬間移動で助けて欲しいのだけど。アキラは貴賓だから動けないだろうし」
アキラと魔神を見てリリーがお願いをすると、アキラは不服そうに頷いた。
『大丈夫だ、俺がすぐ行ってやる』
「ありがとう」
緊張しながらも真剣に言うリリーに、誰も反対はしなかった。
「無事に、何事もなく、終わらせたいの。外交のためにも、学園のためにも……」
そこには沢山の人達がいるから。
◇
「大会はもう終わってるだろ?!」
ユウが叫びにも近い大声でアキラに話し掛けた。
「ああ、終わってるな!!」
2人で貴賓席の奥にある部屋へ駆け込むや否や、アキラはユウの肩に触れ、消えていった。
ちょうど竜神とリリーがいる部屋の扉の前に、アキラとユウは出ることができた。
「来ないで!!!!」
現れたアキラとユウを見て、青褪めて叫んだリリーは、涙をボロボロと零しながら泣き始めてしまった。
何がどうなっているのか、初めて見るリリーの姿に、アキラもユウも戸惑っている。
「来たら、ダメ。お願い、来ないで」
リリーが竜神の目の前に立って、部屋へ近付こうとするアキラとユウに訴えている。
竜神が2人の方へ行こうとしたので、リリーは2人が部屋の外に居ることを確認して呟いた。
「ごめんなさい」
バタンッ
魔法で風を起こし扉を閉めた。
閉まり切る最後まで、涙で歪むアキラとユウの顔を見ながら。
そしてリリーは防御魔法を施し、外から開けられなくした。
「お願い、他の人を巻き込むのはやめて。用があるのは私でしょう?!2人は関係無いわ」
竜神は無表情でリリーを抱きかかえた。
「なら私の相手をしてもらえるのか?」
驚きと恐怖で、リリーの涙はもう出ない。
目に溜まっていた涙が一粒だけ落ちていった。
首元の痛みが煩い。




