92…オウカ公爵家の母娘
「リリ、いらっしゃい」
オウカ公爵夫人はにっこりと笑い、流れるように娘を迎え入れた。
リリーは久しぶりに母親とお茶をすることになって非常に緊張している。
昔から作法やマナーに厳しく、淑女の中の淑女という母親に、リリーは散々叱られてきた。
つまりリリーは母親が恐いのだ。
「ご招待、ありがとうございます」
リリーが緊張気味に挨拶をすると、オウカ公爵夫人に「あちらに」とソファへ促された。
「お茶の前にリリーに少し話があるの」
侍女たちを部屋から退出させ、2人きりになると、リリーはもっと緊張してきた。
しかしソファの隣に座ったオウカ公爵夫人は珍しく伏せ目がちにしているので、リリーは心配になって覗き込んでみた。
「お母様?」
オウカ公爵夫人は深呼吸をして、リリーと目を合わせた。
「リリ、驚かずに聞いて。お母様ね、貴方がお腹の中にいた時だけ見ていた夢があるの」
「私がいた時だけ……」
「とてもリアルで物語を見ている様だったの」
自分が先日ユウに説明した通りの言葉を聞き、リリーはオウカ公爵夫人から目が離せなくなった。
「リリを産んでからは全く見ていないの。だからきっと、リリの影響を受けていたんだろうと……当時お父様も仰っていたわ。怪奇現象の類は苦手なのにね」
ふふっと笑いながら、それでも真剣にオウカ公爵夫人はリリーに向き合っている。
「お父様も……」
先日の話合いの時にオウカ公爵が1人で青褪めていたのを思い出して、リリーは胸が苦しくなった。
「物語の人物は、数人いたけれど、多くはカノ・オウカだったわ」
リリーは手で顔を覆って、固く目を閉じた。
「ごめんなさい」
「あら、何故リリが謝るのよ」
オウカ公爵夫人はリリーの背中を優しく摩りながら、ふんわり笑った。
「私は感謝しているのよ。当時は意味がわからなかったけれど、少しずつ心を強くして受け止める準備が出来たの」
ポロポロト涙を落とすリリーの頬をハンカチで拭きながら、オウカ公爵夫人は笑顔で話を続けている。
「きっと貴方は私には言わなかったでしょう? そうだと、リリの不安や心配を一緒に共有することができなかったわ」
母親がこんなに悲しそうな顔をしているのを、リリーは初めて見たかもしれないと、また涙を止められなくなってしまった。
「不安や心配を話せる信頼できる相手がいるだけで、少し楽になるものよ?」
オウカ公爵夫人は不安そうにリリーを覗き込み、リリーが話し始めるかどうかを待っているようだ。
「私、本当は怖いんです。今まで助かった人は1人も居ないから、きっと私も……でも今までの中で私が一番武術に長けているのは確かで、でも自信がないの」
震える手を握りしめながら、リリーは言葉を絞り出している。
「リリもそれなりに強いのでしょう?」
「記憶で、神同士の戦いを少しだけ見ました。けど、今の私では何とか防戦できるくらいで、最後はきっと確実に負けます」
オウカ公爵夫人がリリーの震える手を取り、ふわっと手で包んだ。
「リリ、でも貴方は1人ではないわ。1人では全てのトロフィーを得ることは出来なかったでしょう?」
リリーは何事も要領よくこなすため、人に頼らず1人でしようとする癖がある。
それは大切な事ではあるけれど、全てにおいてそうだときっといつか上手くいかなくなるので、母親として心配していた。
四大大会で少しは周りに頼ることを覚えたように見えたが、やはり直ぐに上手くできるものではないようだ。
「1人ではない……」
そう、そうだわ。
リリーは暗闇に光を見た気がした。
1人で戦おうとしなくても良い、誰かを頼ったら良い。
有難い事に、周りに助けてくれる人達が沢山居る。
"人として孤独だった"
カノも教えてくれていた事が、リリーはやっと分かった。
「お母様、ごめんなさい。きっと、これからも心配をかけます」
オウカ公爵夫人は母親の顔をして笑った。
「そんな事は気にしないで、おやりなさい。まだ知らないでしょうけど、子どもの心配をするのは、親の役目の1つなのよ」
リリーは何年か振りに母親の胸に飛び込んだ。
その後のお茶は、リリーは久しぶりに肩の力が抜けて楽しんでしまったので、色々とオウカ公爵夫人からお叱りを受けた。
「あと、飛び込むにも加減なさい。お母様はパクツのように頑丈ではありません。まだ貴方が飛び込んだ時にぶつかられた場所が痛いです」
との小言も一緒に。
リリーはにこにこ笑いながら謝った。




