91…刻々と
夏の暑さも弱まってきて、そろそろ秋の足音が聞こえてきそうな季節。
話合いの後、リリーとユウは学園に生徒会の用があるので2人で馬車に乗っている。
そろそろ剣術大会が開催されるので、今2人はなかなか忙しい学生なのだ。
「あれから1年か。リリは今年はエキシビションの相手として出るんだな」
前回の優勝者がエキシビションで相手になることになっている。
リリーの時は、優勝者が卒業していたのもあり相手がユウだったのだ。
「ええ、頑張るわ! あの、ユウに聞いてもらいたい事があるの」
真剣なリリーの表情に、空気が張り詰めた。
「何か、あったのか?」
リリーは緊張しながら、ユウの目を真っ直ぐ見た。
「私、皆の前で明言はしなかったけど、記憶持ちのようなの」
ユウは驚き過ぎて息をするのを忘れている。
それに気付いて、リリーはユウの背中を摩りながら、続けた。
「皆には、言わないでおきたいの」
リリーは伏せ目がちになってユウを摩っていない方の手でスカートを掴んだ。
「それにね、記憶があるといっても、全ての人の記憶を夢で見たけど、物語を見ている様だったの。カノ様の意識が出てきたりとか、そんなことも無いの。私のままよ」
ユウはホッとしたように深呼吸をしてリリーを見た。
「カノ様の本に、何故日記を付けていたのか、何となく分かったの」
「カノの本か……」
リリーは少し悲しそうな顔をして、ユウの服を掴んだ。
「あの、ユウ……お願いがあるの、ええっと、カノ様かカノ・オウカと呼んでもらえるかしら」
「あ、ああ、すまない。失礼だったか」
リリーは顔を赤くしながら目を逸らして、顔を隠すように手を上げた。
「ち、違うわ」
どんどん真っ赤になりながら、リリーは恥ずかしそうに言葉を振り絞った。
「あの、えっと、ユウにほ、他の人を、名前で呼んで、欲しく、なかった……だけなの」
ユウの目が大きくなっていく。
この可愛過ぎる存在が、リリーが、自分の婚約者で、これ以上幸せな事ってあるんだろうかと、ユウは不意打ちぎみなリリーの発言に暫しやられた。
「もし次の命があったとしても、その人とユウが仲良くなるのは……嫌なの。きっと、カノ様も。」
リリーが可愛くてどうしようもなくなったユウは、リリーにキスをして抱きしめた。
「だから、日記を付けて伝えたかったのかも……」
リリーはユウの背中に手を回して、涙が滲み始めた目を閉じた。
「きっとそうだな、人間はどんな偉人であっても欲のある生き物だからな」
自分ほど欲に抗って真面目に生きている人間が他に居るのだろうか、居るなら会ってみたいとユウは最近思っているけれど。
「他の生物と人間との違いは、理性を持っているか否かくらいだからな」
自分に言い聞かせるように、ユウはポツリと呟いた。
記憶持ちだから、自分の元へ竜神がいつか来るかもしれない……
震える手を隠しながらリリーが言おうとした時、馬車が止まり、学園に着いた事が知らされた。
◇
コンコン
ガチャ
「遅くなった」
ユウとリリーが生徒会室に着いたのを生徒会の面々が気付くと、直近の報告会をする会議の席へと案内した。
剣術大会まであと1ヶ月と少しなので、決定事項は最後の追い込みの段階だ。
そして準備へと移ることができる。
「2枚目が今回の剣術大会の出場メンバーです。先ほど連絡があったので資料には無いですが、数年振りに国際交流で他国からの参加者1名が追加されるかもしれません。間に合わない事が無いようにと、先に学園に連絡をいただきました」
そんなイレギュラーなこともあるのかとユウは不思議に思いながら、セイチの話を聞きつつ資料に目を通している。
「皇城からの許可が下りると、そこに加わります」
リリーの入学前に他国の要人の息子が参加していたことがあり、アキラが案内役をしていた事をリリーは思い出した。
「そういえばアキラが経験して知っているはずだから、対応等は聞いてみたら良いわね」
この部屋にいるメンバーは全く経験が無かったので、その一言で空気が和らいだ。
話を続けようと、ホッとした表情でセイチが資料に視線を向けた。
「その方ですが、フィズガの北側に位置するミルティ国のムロレイ・タツ・マルティ皇太子です。今日にでも外交から皇城へも連絡するとのことでした」
マルティ国の皇太子、ムロレイ・タツ・マルティ
今日2回目のその名前を、リリーもユウもただただ聞くしかなかった。
もう、そこまで来ている。




