90…15年前の湖で
タツァックが1つの釣書を机の上に置いた。
え……
リリーは息をするのを忘れて、釣書から目が離せない。鼓動が激しくリリーを揺さぶっている。
釣書の中に、記憶の中で見た、あの男がいる。
「りゅ……」
思わず出しそうになった名前を、リリーは自分の口を手で塞いで押し留めた。
「僕の話は後で良いよ。リリからどうぞ」
タツァックがリリーに進めるよう促した。
そのやり取りを睨みながら眺めている者が、リリーの真隣に1人。
リリーとユウの間に陣取っている。
「ちょ、あの、重いのだけっ……ど!」
自分に寄り掛かってくる魔神を、リリーは押し返している。
"私が思う敗因は、記憶をまとめきれず気付くのが遅かった事、人間として孤独だったことだと思うの。"
その一文から、リリーは周りの人達に全てを話さなければと、思っていたのだが。
前回はオウカ公爵がブチ切れてしまったのでお開きになり、まだ言い切れていないことを、今回こそはと同じメンバーにタツァックも加えて集ってもらったところだ。
アキラとユウとタイムは反省したようで、魔神をリリーから引き剥がしたくてどうしようもないが、頑張って静かに座っている。
「お願い、自分で座って、いただけるかしら!」
リリーがえいっと魔神を押しやると、とうとう魔神はリリーの座っている後に倒れ込み、肘置きを枕のようにして動かなくなってしまった。
大きな猫を拾ってしまったことにしようと、リリーはもう諦めて気にせず話を進めることにした。
「ではお兄様のお言葉に甘えて……人の魔法や力では神に抗う事は出来ないけれど、神杖は神力と互角にやり合えるのでしょう?」
リリーが魔神に確認すると頷いて肯定した。
「カノ様が1度死にかけた時に側になかった神杖が消えてしまったの。そのことから、何かしらの繋がりが出来るのだろうと予想しています」
次にリリーは聖神を見たが、こちらも頷いている。
先ほどタツァックが置いた釣書が恐くて目を向けられないでいると、魔神が指を振って神力だかで閉じてくれた。
安心したリリーは真っ直ぐ向いて話始めた。
記憶持ちについてと、カノ・オウカが記憶持ちであったこと、カノ・オウカは竜神という神にやはり殺められたということ。
「幼い頃に何かを渡されるそうなの。綺麗な、小さな何かを。カノ様はそれが無かった事もあって、油断していたとか」
タツァックが驚いた顔をしてオウカ公爵と目を合わせ、「すぐ戻ります」と部屋を出て行ってしまった。
「なら、次の記憶持ちも狙われるということですか?」
何故だか顔面蒼白になっているオウカ公爵が、聖神と魔神を交互に見て尋ねた。
『ええ、そうなるわねぇ』
もっと顔色が悪くなっていくオウカ公爵から、リリーは目が離せない。
「お父様??」
バタン
息を切らせてタツァックが何か箱を持って戻ってきた。
「これを……見て下さい。15年前に渡されました」
箱には様々な強力な魔法が施されている。
決められた者しか開けられないようにしてあるらしく、聖神が指を振って開けようとしたが開かず「あら、凄いことする子がいるのねぇ」と感心している。
タツァックが開けると、5センチにも満たない小さくて丸い薄いガラスのような物が入っていた。
10年以上も前の物と思えないくらいキラキラ輝いている。
聖神と魔神は急に怒りの表情になって、それを睨んでいる。
『ねぇ、コレどうやって手に入れたの?』
「リリーが3才の時に私と一緒に出掛けた湖の水辺で、見知らぬ男性がリリーに渡してきた物です。竜の鱗という異国の土産物だと言っていました」
タツァックが「覚えてないだろうけど」と確認をとるようにリリーの方を見た。
「綺麗だから、リリが離さなくて」
リリーは鳥肌が立ち、もう首を振るのが精一杯だ。
タツァックの言葉を聞き取れているような、いないような、リリーは誰とも目が合わせられない。
私はアレを渡されていたの?!
何人もの人がこれを渡されて場所を知られていた。
箱にはオウカ公爵の強力な防探知も施されているので、リリーは居場所を知られること無く過ごせたのだろう。
リリーの呼吸が乱れていることに気付いた魔神がリリーの手を掴むと、リリーは視線は動かさず、その手にしがみつくように握り返した。
怖い……
「話には続きがあります。こちらを見て下さい」
先ほど魔神が閉じた釣書を開いて出してきた。
「この男でした。15年も前と姿がそのままで、釣書にはマルティ国の皇太子、ムロレイ・タツ・マルティとあります」
一通りの話が終わり、リリーとユウは学園に用があるのでオウカ公爵邸を後にした。
まだ他の者たちは話合いをしている。
『おい、リリは記憶持ちか?』
魔神が小声で、珍しく聖神に話し掛けた。
『そんな発言は無かったわよねぇ。でも釣書も鱗も見ただけで明らかに動揺していたわね』
聖神も魔神もリリーばかり見ていたので、リリーの動揺に気付いたのだ。
ストーカーの様な男達が身の回りに増えてしまっているなんて、今頃馬車に揺られているリリーは気付いてなんかいない。
『記憶が無ければ、あいつの顔は知らねーはずだろ』
『ええ。記憶持ち濃厚ね……』
机上の釣書の中で男が不気味に笑っている。
参考→閑話休題9




