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第87話 真の勝者は

「クロイス事変の勝者は誰か?」


 この時期、貴族たちのサロンから、下町の酒場まで、身分の上下関係なく白熱した話題であろう。


「敗者はクロイス公爵家。これは間違いない」


 この話題に興じる人々で、ここに疑問を持つ者はいない。


 皇宮で前代未聞の騒乱を引き起こしたあげく、当主は娘であるルコット前寵姫によって処断されることとなった。公爵家は、嫡男であるレナルドが継ぐこととなったが、良くも悪くも政治的手腕に優れていた父とは違い凡庸な人物で、貴族の盟主という立場は完全に崩れ去ったと言っていい。


「新当主は、領地の3分の1を帝室に返上することになったそうだ」

「それだけじゃない。公爵家が運営していた事業の多くで、経営権を譲渡するそうです」

「実はホテル・プラスターも競売に出されていましてね。実は今日の相談とは、この件なんです」


 そんな会話が今、帝都やヴィスターネージュ近郊の貴族の邸宅で交わされている。


 * * *


 では、この騒乱のきっかけとなった顧問アンナが勝者なのか?


「いや、そうではあるまい」


 そんな声が聞こえるのは、国務省の下級官吏たちが集まるレストランだ。爵位を持たない準貴族や、平民出身者の多い彼らは、心情的には顧問びいきなのだが、この件に関する評価はやや辛辣だ。


「確かに顧問殿は、旧体制の打破に成功した。我らも多少は仕事をやりやすくなるだろう」

「出世の可能性もあるぞ。大貴族が占有していたポストがこれからどんどん空くだろうしな!」

「ああ。だが、今回のことで顧問殿ご自身が利を得たかというと……」

「そうではないか。陛下のご不興を買い、不仲というお噂もある」

「陛下は、クロイス公から召し上げた領地を近臣に分配したというが、顧問殿への配分はなかったそうだ」

「では、勝者となると、やはりあの方々……」


 * * *


 さらに別の場所。某男爵の邸宅では。


「やったぞ! ベルラーイ伯爵夫人が、わが娘を茶会に招きたいと言ってくれた!」

「あなた、本当ですの!? ベルラーイ夫人といえば、今をときめく真珠の間の常連ではないですか!」

「ああ。茶会でお気に召していただければ、真珠の間に入ることも叶うかもしれぬ。そうなれば、娘は陛下のご友人ということに……!」

「さっそく、明日から礼儀作法の家庭教師を増やしましょう! 粗相があれば大変ですから!」

「ああ、これで我が家も新時代の勝ち組になるぞ!」


 * * *


 帝都から遠く。旧クロイス公爵領・ベールーズ。

 先日、帝室に献上されたばかりのこの荘園である。この地を治める城館に、帝都から1人の使者が訪れていた。


「なんと。ではこの城と荘園はダ・フォーリス大尉に与えられると?」


 ベールーズ代官であるヴリソンは、使者の言葉に目を丸くした。


「ですが、ダ・フォーリス大尉は死亡されたのでは? 少なくともここに入ってきた情報では、そのように……」

「それは事変を伝える第一報でありましょう。大尉は命からがら窮地を脱し、3日後に陛下に拝謁されました。そして、此度の事変の最大の功労者として、この地をはじめ6箇所の荘園を賜ることになったのです!」

「6箇所!? その規模の荘園を持つのは伯爵クラスの大貴族では……」

「いかにも。最大面積のこの地の名を取り、ベールーズ伯爵の称号も内定しております」

「ここの伯爵位を?」


 ヴリソンは戸惑う。


「しかし、大尉は外国人のはず。いくら功労者といえ、それほどの褒賞が与えられるとは……」

「……ここだけの話ですぞ」


 使者は少し声をひそめた。


「おそらくダ・フォーリス大尉はさらに出世されると思います」

「と、いいますと?」

「ヴィスタネージュではもはや公然の秘密となっているのですが、彼は陛下の恋人となられました」

「恋人!?」

「今後、あのお方が功績を上げられればさらなる褒賞が。そればかりか、陛下の配偶者となられる可能性すらある」

「つまり……大尉がこの帝国の共同統治者ということに?」

「あくまで、可能性の話です。しかし、もしそうなればお世継ぎが生まれれば、国父となられる可能性やもしれません」

「……」


 ヴリソン代官は沈黙した。女帝も、ダ・フォーリス大尉も外国人である。その間に子が生まれれば、貴族たちは黙っていない。

 ヴリソンの頭の中に天秤が現れる。一方の皿には女帝とダ・フォーリス大尉の名が、そしてもう一方には旧主であるクロイス公爵家の名が載せられた。次期皇帝を約束されているドリーヴ太公は、クロイス公爵家のお方だ。今回の大尉の入封を機に、代官職を辞してクロイス家に戻ると言う選択もある。

 しかし、今やクロイス家に来るべき混乱を制するだけの力があるとも思えない……。


「……実は我が家は男爵位を持っていましてな。代々、このベーリーズを治めてきました。クロイス家が入る前より、この城館から見える麦畑と大小4つの村を守り続けてきたのです」


 ヴリソンは口を開く。そう、ベーリース代官家はもともとベーリーズ男爵という爵位もちの貴族だったのだ。6代前の先祖が、政争に敗れクロイス家の麾下に入ってから、表立って男爵を名乗ることを控えてきた。

 よくある没落貴族の姿。領地に代官として残ることができた分、まだマシと言ったところか。


「存じております。故に、爵位をダ・フォーリス大尉へ譲渡いただく必要がある。私が来た目的は、実はそこなのです」

「でしょうな」


 クロイス家に臣従しつつも誇りを失わなかったのは、この爵位があったからこそだ。爵位をたかが外国人軍人に手渡すなど、家門の誇りを捨てるようなものなのだ。交渉は難航する。使者はそう思っているだろう。


「……相応の費用はいただきます」

「なんと。それでは……?」

「先ほども申し上げたとおり、我が家にはこの荘園を守る責務があります。爵位ではそれをなすことができないことは、クロイス家麾下として過ごしてきたこの百数十年でよく知っておりますので」


 そう言ってベーリーズ代官ヴリソンは頭を下げた。今年の大凶作は数年に渡り影響を与えることはほぼ確実だ。となれば中央の混乱は、このベーリーズにとっても忌むべきものになる。ならばせめて勝ち馬に乗らなくては。


「我が家は、此度の事変の勝者であるダ・フォーリス大尉に全てを賭けることとします」


 * * *


 そして帝都職人街。帝国国内で最も顧問アンナを支持しているであろうこの街区でも、今回の政変の結果を楽観視するものは少なかった。


「これじゃあクロイス家に代わって、真珠の間の連中が宮廷を牛耳るようなもんじゃねえか」

「納得できるか! 我らが顧問様は、女帝様のためにこれまで尽くしてきたんじゃねえのかよ……」


 顧問アンナが、今回の再編に際してなんの褒賞も与えられなかったばかりか、領地返上と減俸処分が下されたことは、職人たちに大きなショックを与えていた。


「俺たちも身の振り方を考えたほうがいいんじゃないか?」

「どういうことだ?」

「女帝様との強い繋がりがあるからこそ、顧問様は様々な偉業を達成してきた。そして俺たちもそれに乗っかっている。だが、お二人の関係が崩れたとなれば、俺たちもこのまま顧問様べったりというわけにも……」

「お前! 顧問様を裏切るってのか!?」

「そうは言ってない! けど、他の貴族様たちとの繋がりも必要だろう……?」


 酒場に重苦しい空気がのしかかる。顧問アンナの時代が終わるのなら、別の庇護者を探さなくてはならない。好むと好まざるとに限らず、だ。


「おいおいおい、お前らには人情ってもんがないのか!? 血塗られた寵姫エリーナのせいで崩壊したこの街が、今こうして活気を取り戻したのはだらのおかげだと思ってやがる!?」


 声高にそう叫ぶのは大工頭のダンだ。

 確かに彼の言う通り、彼女の協力なくしてこの街の復興はなかった。

 彼女には大恩がある。さりとて彼女と共に心中するわけにもいかない。


「たとえお前らが、別の貴族様に尻尾を振ろうが、俺は顧問様一筋だ。俺はあのお方に大きな借りがあるからな!」


 職人街の崩壊に絶望し、強盗に落ちぶれたダンを更生させたのは顧問アンナなのだ。当人にその意思はなかったのだが、堕落から救い出してくれた彼女に、ダンは強い恩義を感じていた。


「では"別の貴族様"がマルフィア大公閣下だとしたらどうだ?」

「え?」


 その場にいた全員の視線が、酒場の入り口に集中する。いつの間にかこの街の顔役、ガラス職人のケントが立っていた。


「どうだ? それなら依存ないだろう?」

「こ……皇弟殿下か……」


 その名を持ち出されて、ダンも歯切れ悪そうに口を閉じた。

 マルフィア大公リアン。先帝アルディス3世の実弟であるその青年は、帝都では顧問アンナと人気を二分する大人物である。


「商工会の役員は全員、会館へ来てくれ。そのお二人、顧問様と皇弟殿下がお越しだ」

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