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第60話 怨念の継承者

「……と、このような具合で、グレアン侯爵は断頭台送り。彼女に味方した者も一人残らず監獄に入れて一生出てこらないようにするのです」

「とても素敵ね、その策も悪くないわ。でも……」

「……なにかご不満でも?」

「いえ、単純に断頭台に送るだけでは面白みに欠けません? 公開処刑というアイデアははいいのだけど、もう少し悲惨な目に合わせてやりたいわ」

「なるほど……では、別案を明日までに考えておきましょう」

「ええお願いね、ウィダス殿。ふわぁ……私、なんだか眠くなってきましたわ」

「夕食の後、2時間ほど話しっぱなしでしたからね」

「あら、もうそんな時間?」

「お腹の御子のためにもそろそろお休みになられては」

「そうね、そろそろ失礼するわ。あなたが来てから本当に楽しいの。明日もお願いね」

「ええ、お休みなさいませ」


 ルコットから解放され、応接室に一人残されたウィダスは、ふぅ……と、ため息をついた。


 クロイス公より、娘の警護を依頼されてから3週間。毎晩こんな感じだ。

 初日に、アンナ・ディ・グレアンの殺害を約束してからというもの、彼女はその詳細を妄想するという遊びの虜となってしまった。毎夜毎夜、彼女をどれだけ残虐に殺すかのアイデアを考え、ウィダスに披露する。

 正直、護衛任務そのものよりこちらの方が疲れる。


 ここ数日は、ただ殺すのではなく大罪人として告発し、貴族と民衆の支持を得た上で処刑する方法はないか熱心に探している。

 とはいえルコットは法の知識に乏しく、告発内容も失笑ものなので、その道で一流の才覚を持つグレアン侯を処刑することなど夢のまた夢なのだが……。


 およそ健康的とは言い難い趣味だが、それを始めてからというもの彼女の身体に、良い変化が現れ始めた。

 食欲が増進し、言動に活力が現れ、一日中寝室で悲嘆にくれる日々がぴたりと止まったのだ。

 

 同時に、それほど大きくなっていなかったお腹が再びふくらみはじめ、今や来月出産予定の妊婦と言われても違和感がないような体型となった。

 もちろんこれには理由がある。

 ルコットが精神的な活力を得たことも多少は影響しているだろうが、そもそも今現在ルコットは妊娠などしていない。マルムゼ=アルディスにかけられた強力な暗示が、肉体に影響を及ぼしているだけなのだ。

 そして、その暗示の続きを、他ならぬウィダスがかけ直していた。毎晩毎晩、こうして血生臭い妄想に付き合っているのはそれが理由なのだ。


 彼が持つ()()()()は、相対している人間にしか通用しない。それに何度も何度もかけ続ける必要がある。だから、彼女の出産予定日よりも前にこの家に潜り込む必要があった。年内に母体の準備が整わなければ、錬金術師どもが用意した「御子」を彼女の胎内に入れることができない。

 我が祖先たちの魔力なら、この程度のこと造作もなくできたであろう。だが黄金帝の簒奪から130年、正統な血筋の魔力もここまで低下してしまった。残された時間は少ない。


「俺が帝位を奪還し、サン・ジェルマンが秘匿した賢者の石を手に入れれば、全てがあるべき姿に戻る……」


 偽帝リュディスの血を引く者と、奴らに協力した貴族たちを皆殺しにする。

 それを実現させる戦いは、今が最終局面だった。


 ここまでくるのに何年もかかった。

 全てが順調というわけではなかったが、大局的にはほとんど彼の望んでいる通りに、事は動いている。


 名君の片鱗を見せていたアルディス3世を殺し、自分が操るホムンクルスにすり替えた。そして、この替え玉を使ってクロイスたち堕落貴族どもを増長させ、民衆の憎悪を煽る。今や、帝都の水面下では静かに革命の機運が高まっているという。

 あとは、頃合いを見てリュディス1世の血を引く正統なる皇位継承者を名乗って奴らを皆殺しにし、民衆の支持を得るのだ。

 それで名前と帝位を奪われた高祖父リュディス5世とその末裔である自分たちの復讐は達成される。


 我が一族が再び歴史の表舞台に出るのだ!


「問題は、グレアン候と、新女帝だが……」


 この二人をどう扱うかについては、ウィダスは決めかねていた。彼女たちの真価を見極めるため、わざわざマルムゼ=アルディスへの命令を変更し、クロイス派と皇妃派を競わせたほどだが……ウィダスは彼女たちに対しての結論を、いまだ出していない。

 

 グレアンは極めて優秀な人材だ、可能ならば自分が創建する新帝国に要職をもって迎えたい。しかし、彼女自身がそれに応じるかわからない。

 かつて似たような女性がいた。フィルヴィーユ公爵夫人エリーナ。彼女の場合、アルディス3世の恋人だったため引き込むことは不可能だった。だから殺した。グレアン侯爵も、もしウィダスの意に沿わないとなれば殺すしかないだろう。

 そして、新女帝マリアン=ルーヌ。"鷲の帝国"との同盟を担保するだけの、お飾りの皇妃だと思っていた。生前のアルディス3世もそう扱っていた節がある。しかし、白薔薇の間の政変で彼女は覚醒した。

 "百合の帝国"の皇帝を騙った罪で殺してもいいが、他の選択肢もあるのでは、と今は考えている。


「結論を出すのは、もう少し先でも良いか」


 ウィダスはつぶやく。

 年明けには女帝の戴冠式があり、そしてルコットの「御子」が生まれる。帝室を巡る勢力図が大きく変わることは疑いない。

 その様子を見てから決めれば良いのだ。


 ずっとそうやってきた。綿密に決めた計画というものは案外もろい。ちょっとした綻びから全てが破綻する事だってありうる。

 だから、予想外の事態に左右されないように、状況に応じて変更可能な弾力性が必要だ。

 これまでだって、計画を修正することも一度や二度ではなかった。それでも、悲願成就の日は着実に近づいている。


「来年こそは全てが決する年。再来年の新年祝賀会の時は、俺が玉座に座っているだろう」


 ウィダスはそう遠くない未来の自らの姿を思い描き、笑みを浮かべた。

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