第33話 策謀の盟友たち
「まさか、リンダー先生自ら楽器を取っていただけるなんて!」
皇帝ゼフィリアス2世は、拍手をしながら熱っぽい声音で言った。組曲「朝の泉」作曲者リンダー自らの演奏が終わったところだ。
「こちらこそ、陛下の御前で演奏することができるとは感激にございます。ですが"鷲の帝国"といえば、音楽と芸術の国。私めの演奏などお耳汚しではありませんでしたか?」
「何を言われる。あなたは、我が国でも盛んに演奏されている偉大な音楽家です」
帝都・ベルーサ宮。マルフィア大公リアンのサロンに、ゲストが招かれていた。"鷲の帝国"の皇帝ゼフィリアス2世である。
もともと公式の日程には組み込まれていなかったのだが、帝国第2位の権威を持つ皇弟リアンが、ぜひうちのサロンにきて欲しいと、強引に異国の皇帝を誘った。おかげで、外務省の官僚たちは大慌てで日程調整をする羽目となった。
……と、ここまでは公式に記録され、多くの人々が知る事実である。が、実はこのときもう1人のゲストがベルーサ宮を訪れていたことは、ごく限られたものしか知らない。
「素晴らしい演奏をありがとうございます、リンダー先生。それにリアン殿、こうして兄妹水いらずの時間を作っていただいたこと感謝……」
「おっと、それ以上はいけませんな」
壁際にいた、この離宮の主人は人差し指を唇に当てながら言った。
「あなた様は私の友人が紹介してくれた、このサロンの新しい会員。それ以上でも以下でもありませぬゆえ」
「あっ、そうでしたわね」
新会員と呼ばれた盲目の女性は、あわてて口をつぐんだ。それを見たゼフィリアス帝はふふっと口元を綻ばせる。
「この後は文士のペルシュワン君が、自作の短編の朗読したいそうです。"鷲の帝国"の実在の土地を舞台とした作品だそうです」
「ほう、それは楽しみです」
「私は席を外しますので、どうぞお二人ともごゆっくりお過ごし下さい」
リアンは一礼すると、サロンを退出した。
* * *
「君には本当にいつも驚かされるぞ、アンナ。まさか皇妃まで連れ出すとは」
サロンから戻ってきた皇弟は開口一番そう言った。
「お二方が楽しんでおられるようで何よりです」
「よくあの口うるさい女官長が許したものだ」
「許すも何も、ペティア夫人には何も話してませんから。皇妃様は今日一日、新たな居館の設計のために、私や建築家たちと東苑にいることになっています」
「なるほど、それで北苑の裏門から抜け出したか。歴代皇帝がお忍びで帝都を訪れた時と同じ手口だ」
リアンは、アンナが座っている向かい側のソファに腰を下ろした。
「君がゼフィリアス帝と悪巧みをするから、私の家を貸して欲しいと言ってきた時は何事かと思ったぞ。私は今回の来訪に関わるつもりなどなかったのだがな」
「こんな楽しいことに殿下を誘わないのはもったいないと思いましたので」
アンナは白々しく言う。
アザミの間でゼフィリアス帝との接見に使えた時間は30分だけだった。
"獅子の王国"との和平に関する具体的な話をする必要があったが、そう何度も宮廷内で彼と接触することはできない。そこでリアン大公にこの話を持ちかけたのだ。
「しかしだな、アンナ。俺を遊び相手に誘ってくれるのは嬉しいが……」
リアンはそこまでにこやかに話すと、一転して露骨に嫌そうな表情を作ってみせた。
「余計なおまけが2つもついてくるとは思わなかったぞ」
心底嫌そうな声音を向けた先には、2人の男がいる。帝都防衛総監ラルガ侯爵と、その息子で帝国軍人のエイダー男爵だ。
「芸術の心を理解しない無骨者を2人も、我が邸内に招き入れることになるとは、いささか不本意である」
「失礼ながら殿下。私ども親子とて、芸術を愛する心を少しばかり持っているつもりです。このような吹き溜まりに、芸術家たちが押し込められていることを嘆くくらいには、ですが」
「吹き溜まりだと? 言ってくれるではないか」
いつも飄々としているリアン大公が、珍しくこめかみに青筋を立てている。
「ここに入る前に、少し中庭を歩きました。相変わらず、怪しげな連中に出入りを許しておるようですな?」
ラルガが言っているのは、ベルーサ宮の庭にたむろしている革命運動家や娼婦たちの事だろう。
閑職の色合いが濃いとはいえ、ラルガは帝都の防衛を任されている身。治安悪化の要因となりうるベルーサ宮の存在は面白くないらしい。
貴族、皇族でありながら、ヴィスタネージュの宮廷ではなく、王都のど真ん中に拠点を構えるラルガ侯と皇弟リアン。どうやら犬猿の仲であったようだ。
「知り合いの警察官がぼやいておりましたぞ。大公殿下は不穏分子に優しすぎると」
今度は息子エイダー男爵が、リアンに苦言を呈する。
「いま少し、捜査に協力なさってはいかがですかな?」
「官憲の連中こそ、厳しすぎるのではないか? 私は庭にいる紳士たちとはよく酒を酌み交わしているし、ご婦人方には心のこもった接客を受けているが……皆、誠実で善良な帝都市民だぞ?」
「見解の相違ですな。あまり野放図にしていると、我が配下に強行捜査をさせざるを得ないことはご承知ください。グリージュス公の一件のようにね」
皇帝の弟に向かってここまで言えるのが、ラルガ親子が気骨の人物である証だった。こういう性分だからこそ、クロイス派に疎んじられヴィスタネージュから遠ざけられることとなったのだが……。
「なぁ、アンナ。こいつら抜きで話を進めることはできないのか?」
「私のかけがえのない同志です。どうかご辛抱ください」
「同志、ね。俺が言うのもなんだが、君の交友関係もだいぶ変わってるな」
確かにそうだ。ホムンクルスの近衛兵に始まり、芸術と混沌を愛する皇弟、反骨の軍人貴族親子、盲目の皇妃。そして東の大国の皇帝が加わろうとしている。
自分の計画は、だいぶ人の運に恵まれている。今更ながらにアンナはそう思った。一癖も二癖もある人物たちだが、彼らの助けによって彼女は順調に宮廷内での地歩を固めてこられたのだ。
それからしばらく、帝都市民たちに関する雑談や、リアン大公とラルガ侯との嫌味の応酬、そしてクロイス派の悪口などで時を過ごした。
2時間ほど経つと、隣の間の扉が開いた。
「素敵な時間をありがとうございました、マルフィア大公」
"鷲の帝国"の皇帝兄妹がこちらの部屋に入ってくる。アンナはすかさず立ち上がると、マリアン=ルーヌ皇妃の手を取ってソファまで案内した。
「ご兄妹のお時間は、もうよろしいのですかな?」
「ええ。これほど自由な時間を過ごすことなどもう二度とないと思っていましたから、感謝に耐えません」
「それはよかった」
「ここからは、本題と参りましょう。我が帝国と貴国、そして"獅子の王国"の未来の話を……」
肉親思いの青年皇帝の顔は、数百万の民の未来を預かる為政者のものへと変わった。




