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第23話 一夜明けて

「宮廷からのご使者です。本日、皇帝陛下ご隣席の臨時閣議があるため、ラルガ侯爵ならびにグレアン伯爵は出席せよ、とのこと」


 マルムゼの報告は予想通りだった。

 ラルガ侯爵の家で残務処理を手伝った後、自邸へ戻り数時間の仮眠をしたアンナは、正装に身を包んで使者を待っていたのだ。


「わかりました。準備はできています。すぐに参内いたしましょう」


 アンナが今日選ぶのは、淡い緑色をした昼用のドレス。色を合わせた帽子を被り、それには豪奢な羽飾りをつけている。これが今日の戦装束だ。



 ヴィスタネージュ宮殿に到着すると、役人たちが騒然としていた。

 無理もない。帝都防衛武官が、宮廷の承諾なしに手勢のみを率い、帝都各所で戦闘を起こしたのだ。

 反乱と判断され討伐されても仕方ない暴挙である。その上、彼らは大量の小麦袋をはじめとした闇物資を押収した。

 しかもその一部は、前線へ到着する前に横流しされたと思しき軍需品なのだ。


「グレアン伯爵が参られました」


 宮廷付きのドアマンが、高らかにそう呼び上げてから、大会議室の扉を開く。

 中にはすでに閣僚たちが勢揃いしていた。そのほとんどが帝国宰相クロイス公爵の息がかかった大貴族たちだ。


 ここから、クロイス派貴族たちとの応酬が始まる。彼らは私とラルガ侯爵の暴挙を糾弾するだろう。

 だがこちらも正当な理由があり、何より膨大な証拠品がある。

 

 大丈夫、負けはしない。決意を固めて会議室に足を踏み入れた。


 だが会議は、クロイス公爵の思わぬ一言から始まった。


「グリージュス公爵は自殺なされた」


 議場がざわつく。アンナも思わず声を出しそうになった。グリージュスが……死んだ?


「今朝方のことだ。これは彼が残した遺書だ」


 クロイスは懐から一通の所管を取り出した。

 

「昨夜、ラルガ侯爵が捜査をされた錬金工房跡地。あそこを拠点に公爵は大規模な物資横領と市場価格操作を行っていた。その事に対する告白が綴られていた」


 綴られていた? 綴らせたの間違いだろう。いや、本人が書いたものかどうかすら怪しい。


「彼は小麦の買い占めを行い市場価格を不当に釣り上げ、その利鞘で私腹を肥そうとしていた。そればかりか、帝都市民が困窮したところで闇物資をばら撒いて人気を集め、帝都市長の椅子も狙っていたらしい。実に嘆かわしいことだ」


 白々しい。それだけのことを考えていた悪党が、昨夜のことだけで自ら命を絶つほどしおらしいワケがない。

 彼が自殺ではなく殺されたのは明らかだ。ここにいる閣僚も全員そう思っているだろう。だが口に出すものはいない。それこそが、これ以上誰も傷つくことがない、最善の方法だと知っているからだ。


 反吐が出る。


 アンナの心の奥底にドス黒い炎が燃え上がった。こいつらを全員葬らなければ、いずれ帝国は滅びる。こいつらに食い物にされ衰弱死する。

 そうはさせるものか。


「陛下」


 クロイス公爵は、会議室の最奥に座る皇帝アルディス3世に頭を下げた。


「グリージュス家は現在、夫人が当主代行を務め、陛下のご沙汰をお待ちしております。何卒寛大なご処置を……」

「うむ」


 皇帝はうなずく。


「グリージュス家は、帝国建国以来の名門。今回の不祥事を許すわけにはいかぬが、断絶は余も望まぬ。いくばくかの領地を召し上げ、爵位を侯爵へと格下げすることで家門の存続は許そう」

「ありがたきお言葉。グリージュス夫人もさぞや喜ぶことでしょう」


 ぬるすぎる。

 こいつらの私利私欲のために罪なき帝都市民が餓死するかもしれなかったのだ。財産を失うかもしれなかったのだ。そして前線の大地には、横領によって物資が届かなかったがために非業の死を遂げた兵士たちが、大勢埋葬されている。


 断じて許すことはできない。私だけは絶対に許さない。


 しかしその言葉をあげるには、グレアン伯爵家当主という肩書では不足だった。

 まだまだアンナには力が必要だ。権力、財力、武力……クロイスと皇帝を打倒し、復讐を達成するにはあらゆる力を蓄える必要があった。


 * * *


「グレアン伯爵」


 会議が終わり宮殿の中央ホールから庭園に降りようとしたところを呼び止められた。声の主はクロイス公爵だった。


「これは、宰相閣下」


 アンナはうわべを取り繕い、最上級の礼儀を持って帝国の政治の実権を握る男にお辞儀する。


「……我々はおごっていた」

「はい?」

「3年前、血塗られし錬金寵姫を我々は倒した。彼女の取り巻きだったフィルヴィーユ派を壊滅させ、我々に敵はいなくなった。それゆえに油断が生じていたのだろう。そこを、そなたに突かれた。今回は負けを認めようではないか」

「何のことでしょう? 私はグリージュス公爵の不正を糾弾したかっただけで、閣下に敵対するおつもりは……」

「そのような取り繕いが通用するとは思っておるまい、グレアン伯!」


 クロイスの声音が抜き身の剣のような鋭さをおびた。


「理由は知らぬが、そなたが我々に対抗しようとしているのは明白。そなたがグレアン派、あるいは皇妃派とでも言うべき集団を作ると言うのならそれもよかろう。が、そのときは我々も本気を出すと心得よ」

「……」


 腐っても帝国の重鎮といったところか。宮廷のど真ん中での堂々と権力闘争の挑戦状を投げつけてくる。その尊大さと大胆さがない混ぜになった気迫は、さすがあらゆる権謀術数を駆使してきた男だった。


「それにな、我々には皇帝陛下がついておられる」


 クロイスの口元が不敵に吊り上がる。


「我々がどのような窮地に立たされようとも、常に陛下は我々のお味方だ。我々のつながりはそなたと皇妃のそれよりもはるかに強いもの。せっかく伯爵にまでなったのだ、分をわきまえた方が楽しく暮らせるぞ?」

「……ご忠告、感謝いたしますわ」


 皇帝との繋がりが強い? ええ、知っていますとも!


 それをアンナは身をもって味わっているのだ。最愛の人だと思っていた。

 それなのにあの男は、クロイスらを選び、エリーナを切り捨てたのだ。

 わかっている。私にとっては、皇帝もクロイス同様に敵なのだ。結束しているなら一度に倒す。それだけだ。

[7/14]誤字を修正しました。ご報告ありがとうございます!

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