9.モリリナとジェイコブ=フラン
アマリリスの料理を食べた祖父母と父母、厨房のスタッフ達、そしてアマリリスの料理にチャレンジしたその他の勇気ある者達は、強烈な腹痛と嘔吐に下痢に襲われた。
城の医者の診察で生の魚介類にいる寄生虫が原因とわかり、3日間の絶食を言い渡された。
水と白湯は取ってもいいが、安静に寝て治るのを待つしかないらしい。
その寄生虫は人の体内では生きられず2~3日で死んでしまうのだそうだ。
治療師の癒し魔法は、体内の活性化を促進し自己治癒力を促進するので、寄生虫が元気になるおそれがある。本来の各自の回復力だけで治るしかないと医者は呆れて言った。
大騒ぎにはなったが、命に別状はないようなので良かったと皆胸を撫で下ろす。
厨房スタッフはほぼ全員が動けなかったので、モリリナや城の皆の食事をメイド達が作ったのだが、
それは彼らの生まれ育った土地の庶民の家庭料理であった。
これはこれでなかなかいける。とモリリナは思った。
「ククク。なるほど、それでこの数日の料理が貴族料理ではなく田舎の煮込みがでてくるのか」
西の塔の一番上。
小さな部屋の窓辺で、立ったままワインを飲んでいるジェイコブ=フランが笑って言った。
主人家族が寝込んでいるので城の雰囲気も暗く沈んでいる。
雨も降っていてフライとも遊べないし、城は雰囲気が良くないので、モリリナはジェイコブ=フランのいる西の塔に来ていた。
今までも何度か遊びに来ている。
ジェイコブ=フランは晴れた日はどこかに行っていて留守にしているが、雨の日だけは塔に居るのだ。
モリリナは午前中は勉強をしなければならないが午後は自由だ。晴れた日はフライと遊んでいて、雨の日だけこっそりジェイコブ=フランに会いに来る。
自分と会ったことを秘密にするように言われていたのもあるが、なんとなくアマリリスにジェイコブ=フランのことを知られたくなくて、塔に来ていることは誰にも言っていない。
塔に来て何をするかというと特になにもしない。
本を持ち込んでソファに寝転んで読んだり、愛馬フライの話や、ただの世間話をしたり、遠い遠い国の話を聞いたりする。
ジェイコブ=フランはアマリリスを知らないし、他の皆のようにアマリリスの事を可愛いとも何とも思っていない。全く興味を持っていない。
それがモリリナにホッとするし、とても安らぐのだ。
「ふむ。サシミに干物か......東の果ての小さな島にそんな料理があったよ。モリリナの姉は良くそんな物をしっていたな」
「階段から落ちる前はそんなこと絶対知らなかったよ。本当のアマリリスはちょっと我が儘で甘えん坊で猫みたいで可愛いの。王子様のお妃様になるために凄く頑張ってた。とても素敵な子だったもの。変わっちゃったんだ」
「ほう。興味深い」
「......ねぇ。死んで体を誰かに奪われるってあると思う?」
「そうだと思うのか?」
「......うん。でも皆気付かないの。それに前のアマリリスより今のアマリリスの方が愛されてる。いけないことだけど、わたしあの子を見るとすごく嫌な気持ちになる」
「そうか」
「アマリリスに前みたいに優しくできなくて、叱られて。それを見た皆が、わたしが叱られるのは当然だって顔をする」
「そうか」
「いやになるよ」
「ああ」
「それで王都では庭師のペーターの所にばっかり行っちゃってまた叱られて、領地ではフライの所にばっかりいちゃう」
「うん」
「フランさんちゃんと聞いて!」
「聞いてるよ」
「もう!」
「ククク」
「......自分が嫌な子になったみたい」
「そんな事は無いだろう」
2人用のソファにゴロゴロしながら、溜め込んでいたモヤモヤを吐き出すモリリナは、とても小さな迷子の子供のように見えた。