61.最悪な暴走
それからもモリリナが王城にセシルへの差し入れを持ってくる度、アマリリスに声をかけられた。
どこで見ているのか謎なのだが、必ず見つかるのだ。
護衛が守ってくれるので、モリリナは挨拶だけして後は無視している。
アマリリスから少し離れた茶会のテーブルには、いつも母がいてモリリナを睨む。
最初は驚いて悲しくなったけれど、今ではモリリナも母に怒っているので睨み返している。
よくよく考えたら、睨まれるような覚えはないし、母のしていることは間違っているのだ。
◆◆◆◆◆
他国からの賓客や、ルイの婚約者候補など続々と到着し、城はますます賑やかになった。
城の警備の兵士も増え、安心も増した。
......と思った。
最初はモリリナも気付かなかったが、今はわかる。
城内に増えた兵士達の中に、アマリリスに傾倒する人間が出始めていた。
数人の兵士がまるで守るかのように近くに立ち、時折アマリリスに声を掛けられ、嬉し気に笑みを返す。
母とテーブルを囲む大人の貴族も増えているようだった。
離れた場所にいる他の兵士や、貴族たちが苦々しい顔でそれを見ている。
それはそうだろう。成人もしていない12歳のアマリリスが集団の中心にいるなんて異様だ。
他国の人間に関わっている様子は無いので、誰かがそれは阻止してるのだろうけど、なんだか凄く嫌な予感がする。
ウィル殿下は言っていた。『アマリリスの能力がどこまでのものなのか、知りたいからある程度までは放置する』と。
モリリナには代わりのもっと良い案なんて出せないけれど、甘いかもしれないが、取り込まれた人間の未来とか将来のことをどうしても考えてしまう。
アマリリスのせいで、彼等が人生を壊されてしまうかもしれないことが怖かった。
それに、アマリリスはウィルに恋をしてから変わった。
狂気を隠す余裕を無くして、何をするかわからない危うさがある。
その予感は最悪な形で当たった。
アマリリスの取り巻きが、他国の王族を侮辱するという大変な事件を起こしたのだ。
被害者は貧しい小国から来た、まだ8歳の幼い姫だった。
姫はお茶会の席で、ウィル王子のことをステキだと言ったらしい。
だったそれだけ。
それだけなのに、取り巻き達は空いた化粧室に姫を引きずり込んだ。
身の程知らずの泥棒猫の貧乏姫と罵倒し、一国の姫に膝を付いて謝罪させた。
姫の綺麗に結われた髪はバラバラに乱れ、丁寧に手入れのされていたドレスは汚され破かれていたらしい。
城から帰ったセシルに話を聞いて、モリリナは信じられない思いだった。他国の姫にそんなことをするなんて絶対に許されることではない。
「誰も止めなかったの?」
「うん。信じられない話なんだけど、とても小さな国の姫だったから、誰も注意して見ていなかったんだ。連れてきた護衛もヨボヨボのお爺ちゃん騎士1人だけだったし、そのお爺ちゃんも姫の父親、国王に付いていた。こっちから警備も付けれたんだけど、邪魔だからいらないって断られてそのままにしてしまったんだ」
「じゃあお姫様1人で行動していたの?」
「そう。色々と問題のある姫なんだ。本当は連れてくる予定もなかった。王子様が見たくて、王の衣類箱の中に隠れて勝手に付いて来ちゃったんだよ。入国リストにも載ってなかったから対応にも隙が出来たし。でも完全にこちらの手落ちだ」
「そうなんだ......お姫様はきっととても怖かったでしょうね。今はどうしているの?」
「姫はピンピンしてるから彼女のことはそこまで心配ないよ。僕が城を出る時も、犯人を死刑にしろって騒いでた。でもこれはアドリレナという国として、大変な失態だ。ウィルは陛下にアマリリスのことを任されていたのに失敗した。僕も心配になるくらい落ち込んでたよ」
セシルは心配ないと言うけれど、モリリナはそうは思わない。
8歳の女の子が知らない人達に囲まれて、罵倒されて、ドレスを汚され破かれるなんて怖かったに決まってるじゃないか。
モリリナだって経験がある。
セシルやウィル王子みたいに強い人にはわからないかもしれないけれど、人の敵意はとても怖いのだ。
お姫様は強がって平気なんじゃなくて、平気なふりをしてるのだと思う。
モリリナもそうだったから。
なんてことないふりをして、悪意なんて気付いてもいないふりをした。
そうしないと立っていられなかったからだ。
「アマリリスには止めれたはずなのに......そんなことしたら、ウィル殿下にも迷惑がかかるに決まってるでしょう? 考えたらわかるのに。殿下が好きなら、どうしてそんなことさせたの」
「頭がおかしいからでしょ」
モリリナにも結局のところそれしか理由は無いように思えた。
数日後、城から戻ったセシルが、アマリリスと母ジーンの謹慎が決まったと教えてくれた。
他国の姫に暴行した4人の令嬢達は、家族共々捕らえられて牢に入っていて、家門の取り潰しも決まっている。
今は立太子の式典前であり、賓客も多く滞在しているので執行は後日になるが、極刑は確実のようだ。
アマリリスや母ジーン、その他の取り巻き達は事件に関わってはいなかったが、犯人達と親しくしていた。計画を知れる立場で、止めれる立場でもあったと見なされた。
処罰は後日に持ち越され、式典が終わるまでは謹慎。
本人も家族も屋敷から出ることが禁じられ、王城の兵士が屋敷に派遣されて監視下にある。
モリリナは母や父、祖父母がこれからどうなってしまうのか心配だった。
だがこんな事件を起こしてしまったらもうどうしようもないのだと理解している。
しょんぼりしたモリリナをセシルは抱き締める。
「セシル......」
モリリナも抱きついて、セシルの匂いに安心した。
モリリナは今まで、セシルが自分の匂いを嗅ぎたがるのが意味がわからなかったし、少しだけ嫌だったけれど、意味がわかった気がした。
「わたしの家、どうなるんだろう......」
抱き合ったまま2人で話す。
「死刑はないと思うけど......もし家門が潰されたらうちで引き取るよ。空いてる屋敷もあるから、そこに住んだらいい」
「ありがとう......もしもそうなったら、よろしくお願いします。わたしの家族が、迷惑をかけてごめんなさい」
「何言ってるの。モリリナに尽くすことが、僕にとっては幸せでしかないんだ」
「ありがとうセシル」
「うん。でももうアマリリスは終わりみたい」
「終わり?」
「今迄みたいに緩く探るとかはもう無い。こんな失敗して、仕切っていたウィルの経験不足なんて言い訳にもならないし。さっさと終わらせるみたいだよ」




