60.結局のところ、捕まるのがモリリナという子
その日、セシルに差し入れを持ってきた帰り、いつもの様にアマリリスに声を掛けられた。
「モリリナ、たまには一緒にお茶でものみましょう? 私久しぶりに話したいわ!」
まるで本当に仲の良い妹みたいに、会えて嬉しいと話しかけてくる。
「アマリリスごめんなさい。これから急いで帰らないといけないの。午後の家庭教師の先生を待たせるのは悪いもの」
モリリナもとても残念そうに、悲しそうな顔で答える。
最近、腹芸も覚えたのである。
アマリリス対策として、セシル相手に何度も練習したのだ。
「ごめんね。時間がある時はぜひ参加させてね」
今日も乗り切ったぞ。そう思い、アマリリスの横を通り抜けようとした時、
「モリリナ、たまにはこちらにいらっしゃい。私も話したいわ。それにお茶会で皆様と親しくなるのは大切なことなのよ」
母だった。
いつもは少し離れた所から見ているだけなのだが、今日はこちらにやってくる。
優しく微笑んでいて、まるで昔の母のようだった。
護衛が遮ろうとしたが、モリリナは止めた。
母と話したかった。
仲直りが出来るかもしれない。そう思わせる程に母は優しくモリリナを見ていた。
「大丈夫よ。ありがとう。少しだけ話してみる」
こそっと小さな声で護衛に囁く。
護衛はモリリナを見て小さくうなずき、後ろに引いた。
母に連れられお茶会のテーブルに着く。
モリリナが席に着くと、母はスッと隣のテーブルに行ってしまった。
空いている隣の席には、当然のようにアマリリスが座る。
騙された。
テーブルにはモリリナとアマリリス、そして知らない年上の令嬢が4人。
赤いドレスの令嬢と、緑のドレスの令嬢、黄色いドレスの令嬢、紫のドレスの令嬢だ。
アマリリスはウィルの瞳の色、青いドレスである。
赤いドレスの令嬢が、バカにするような口調でいきなり話しかけてきた。
「モリリナ様はジマーマン家のセシル様と婚約されてるそうね。でもまだラベンロッドの方でしょ? もう少しご家族を大切にした方がよろしいのではないかしら?」
黄色がノリノリで乗って来る。
「私もそう思いますわ! 社交を怠って孤立しているモリリナ様を、心から心配しているアマリリス様がお気の毒で、見ていられませんの!」
緑の令嬢はおちょぼ口だ。
「ええ。確かにジマーマン家は特別なお家柄ですけれど。モリリナ様、あなたが偉いのではないのよ。それなのに勘違いして家族を見下すなんて心得違いよ」
紫は黒髪美人。
「皆さま、あまりそんな事を言ってはいけないわ。ほらモリリナ様は、アマリリス様や使用人に暴力を振るうと噂ですもの。もしかして私たちにも殴りかかって来るかも!」
赤黄緑「「「キャァッ! 怖いわ!」」」
モリリナはなんだか困ってはいたが、ちょっと面白い気もしていた。
令嬢と話すのもほぼ初めてなので、嬉しさも少しある。
紫「あら? モリリナ様あなた笑ってらっしゃるの?」
黄「バカにしてらっしゃるのね! 本当に噂通りの方だわ!」
赤と緑「「なんて方なの! 酷いわ!」」
紫「そういえば、モリリナ様は、アマリリス様とウィルドリフ殿下の邪魔もしているのでしょう?」
赤「そうですわ! 婚約者がいらっしゃるのに他の殿方に懸想するなんてはしたないですわ!」
黄「しかも姉の恋人にだなんて!」
緑「私、軽蔑しますわ!」
紫「もしかして今モリリナ様の後ろにいるその護衛も......」
黄緑「「いやぁぁ!」」
赤「ハレンチィィィ!」
紫が令嬢たちを煽っている! モリリナはピンときた。
さっきまでモリリナの隣でニヤニヤしていたアマリリスが、いきなり泣きながら会話に入ってくる。
「皆さま! いいのです! モリリナにそんな態度をとったら何をされるか......私は、私の事はいいのです。私はウィルさまの愛を信じていますもの。でも......あなた達の気持ち、嬉しいわ......ありがとう」
赤黄緑紫「「「「アマリリス様!!」」」」
赤「なんて健気な......私、応援しますわよ! 味方ですわ!」
黄「殿下もそんなアマリリス様の優しさを愛しているのですわね!」
緑「モリリナ様の嫌がらせになんて、負けないでくださいませ!」
「皆さまありがとう」
涙を滲ませて微笑むアマリリスは、文句なしに可愛らしかった。
赤黄緑紫の令嬢がウットリしてホゥッと息を吐く。
モリリナは令嬢たちのやりとりを夢中になって見入っていたが、アマリリスに両手を包むように握られて正気に戻る。
「モリリナ、お願い。もう意地悪は止めて」
「いじわる」
「ええ。いくらあなたがウィル様に私の悪口を言っても、私達を引き裂くことは出来ないわ。だからあの方のことは、諦めて欲しいの」
「あきらめる」
「ええ、そうよ」
「えと......」
「......それで今日はウィル様に会ったの?」
「え? 会ってないよ。あのねアマリリス。立太子が終わるまで殿下は忙しいから、大人しく待っていた方がいいと思う」
優しげに微笑んでいたアマリリスのオデコに、ピキッと太く青い血管が浮いた。
「忙しくったって! 私が会いたがっているのを知れば、会ってくれるに決まってんだろが! あんたが嫌がらせで私を遠ざけているんじゃない!」
アマリリスが一瞬で逆上したので、ビクッとしてしまう。
「......僕がなんだって?」
声がして振り向くと、にこやかに微笑むウィルドリフ殿下と、仏頂面のセシルが立っていた。
「セシル!」
モリリナは立ち上がり、セシルの所に行く。
「モリリナ、なんともない?」
心配したセシルに顔をのぞき込まれる。
「大丈夫よ。こんなこと言ったらいけないんだけど、面白かったの」
「そうなの?」
「うん。屋敷に帰ったら教えるね」
「わかった。じゃあ帰ろう」
「いいの?」
「後はウィルがどうにかするよ」
セシルに背中を抱かれ、お茶会の場から離れる。
歩きながら後ろを振り向くと、モリリナの席にウィル王子が座って、微笑みながら令嬢たちと話をしていた。
アマリリスも令嬢たちもモリリナの事はもう忘れているみたいで、誰一人こっちを見ていなかった。
「セシル、迎えに来てくれてありがとう」
「いいよ。モリリナが虐められてると思って焦ったけど、楽しかったみたいで良かった。それに今日は一緒に帰れるから嬉しいよ」
影の人がセシルに知らせてくれたらしい。
ウィルはセシルが無理矢理、連れてきたのだそうだ。
モリリナが母に釣られてしまったのが原因なので、なんだか申し訳ない。
ウィル殿下には後でお詫びの御菓子を、差し入れようと思う。




