6.領地へ
ジョコボが逃げてアマリリスは荒れた。
よくわからないが、ストレス? とかいうものが溜まるとかで、発散のために必要なのだと物凄い食欲で食べまくっていた。
そして食べ過ぎてお腹を壊し父母を心配させた。
だが10日ほどすると、いきなりモリリナの部屋に押し掛け、
「ちょっと思ってたパターンと違かったみたい。お約束だと、魔族の王子とかあるのよ黒髪赤目って。スラムの酷い生活から救いだして懐かれてヤンデレ有能お色気執事の溺愛とか大好物だったんだけどさぁ」
と、1人でペラペラ喋ってスッキリした顔で部屋を出ていった。
モリリナはアマリリスの言ってる意味が何一つわからなかった。
ジョコボを魔族の王子だと思っていたのだろうか。
魔族は自由を好み、たいてい旅をしているので国というものがない。
国がないのだから王様もいないし王子様もいない。
それは階段から落ちる前のアマリリスと2人で家庭教師に習ったことだったし常識である。
ちなみにお伽噺とか本の中では魔王とか出てくる。
そこでは魔王に拐われたお姫様を騎士が助けたりする。
だけどそれは子供でも知っている完全なる作り話で、実際の魔族は敵ではない。
ふと、今のアマリリスも王子様のお妃様になりたいのかなとモリリナは思った。
お妃様になるために頑張っていたアマリリスを思い出し、胸がギュッとなる。
大好きな姉にとても会いたかった。
◆◆◆◆◆
その後はアマリリスが早朝にラジオ体操とかいう、自作の体操を始めたくらいで何事もなく過ぎ、社交シーズンが終わった。
そして父母とアマリリス、モリリナの4人が領地に帰る日がやってきた。
ラベンロッド領の領都ロックは、王都から南に馬車で14日ほどかかる海沿いにある。
まあまあ栄えた中くらいの港街だ。
王都の西にもっと近い港街があり、そちらの方が貿易の主流になっているので、王都から離れたロックはマイナーな港だ。
そのため治安も良く、住民の気性も穏やかで住みやすい。
モリリナは領地が大好きだった。
祖父母にも、早く会いたい。
着くまでの馬車の旅は退屈だが我慢である。
◆◆◆◆◆
旅路は退屈であったが順調に過ぎた。
何事もなければ今日中にはロックに入れるだろう。
馬車の中から退屈そうに外を眺めていたアマリリスが突然話し出す。
「お父様、わたし乗馬が習いたい!」
母の隣に座り、仕事の書類を読んでいたラベンロット伯爵が驚いて顔を上げた。
「乗馬? アマリリスは馬が怖いって言って乗馬を嫌がっていたのに?」
「あら、そうだった? 覚えてないわ」
「もう怖くないのかい?」
「うーん。怖いかはわからないけど。馬に乗る護衛を見ていたら、かっこいいと思ったの」
「そうか。かっこいいか......まぁ馬は乗れた方がもちろんいいからね。向こうについたら手配させよう」
「領地にはお祖父様がくださったアマリリスの馬もいるのよ」
「えー!! ほんとっお母様?! わたしの馬?!」
「2年前の誕生日にアマリリスとモリリナに子馬を1頭ずつくれたのよ」
「うわぁ! 素敵!」
「モリリナは動物が好きだからすぐに夢中になって一生懸命お世話をしてたけれど、アマリリスは馬が苦手だったから。全然構ってなかったわね」
「モリリナ、わたしの馬はどんな子?!」
父母とアマリリスの会話を黙って聞いていたモリリナは、アマリリスの馬を思い出して笑顔になる。
「えっと。アマリリスがミューズって名前をつけてた。白馬だよ。女の子。とても綺麗なの」
「ミューズ!! プッ! ギャハハハ!!」
「ちょっとアマリリス、そんな下品な笑いかたしないでちょうだい」
父が顔をしかめ、母が叱るのを無視してヒーヒー笑い転げるアマリリス。
「ミューズ、可愛いよ!」
ムカッとしたモリリナであった。
「あー。ごめんね。なんだか乙女チックだなって笑えて」
「乙女チック?」
「いや、何でもないって。それよりモリリナの馬は何て名前なの?」
「フライ......」
モリリナの馬は青毛の男の子なのだが、子馬の頃はジャンプばかりしている問題児のお調子者だった。
祖父に自分の馬を自分で選ぶように言われた時、
人間の言うことなど無視して、楽しそうに跳ねまくっている元気な子馬にモリリナは一目惚れしたのだ。
乗れるようになるまで普通の馬の何倍もかかったが、すごくすごく可愛いのだ。
フライはいたずらっ子で陽気でいつも機嫌が良い。
「なんか揚げ物みたいな名前ね。......ミューズかぁ。しかしまさか自分の馬を持つようになるとはねぇ。セレブだ」
アマリリスが何かごちゃごちゃ言っていたが、フライを揚げ物と言われ腹が立ったので知らんぷりをする。揚げ物というのがなにかは知らないが、バカにされてるのはモリリナにだってわかるのだ。
アマリリスとしばらく話したくないので、目を閉じる。
寝たふりだ。
「あら。なんか怒ってる?」
「あの子はフライをとても大切にしているのだからアマリリスが悪いわ」
「そうだな。後できちんと謝りなさい」
「えー。めんどー」
と父母とアマリリスが話してる声が聞こえていたが、知らないふりをして目を閉じていたら本当に眠ってしまっていた。
けっこう長いこと眠っていたようだった。
母に起こされて目を開けるとすでに領都ロックに入っていた。
馬車の窓から海が見える。
海だ海だ。と騒ぐアマリリス。
港は相変わらず活気があって賑やかだ。
下町から商業エリアを抜けて住宅街を過ぎ、小高い丘を上ると、海とロックの街を一望できるラベンロット城があった。
「城ぉーーーー!!?」
叫ぶアマリリスがうるさかったが、やっと到着した我が家だ。